カラクリピエロ

序(1)



「――苗字さん、ちょっといいかしら?」

山本シナ先生の授業が終わったあと、個別に呼び出された私は先生と一緒にくの一教室の廊下を歩いていた。

用件を伺うと、学園長先生から私に話があるらしい。
それを聞いて思い出したのは鉢屋の思いつき。だけど、本当に実行に移したなんて信じられなかった。

予想は外れているといいなあと思いながら、シナ先生に話を振ってみた。

「先生、学園長先生の用事って…もしかして委員会がらみでしょうか」
「ええそうよ。私にも相談してくれたらいいのにって先生思いました」
「え!?違いますよシナ先生、それは私が言い出したんじゃなくて」
「ふふ、わかっています。他の委員会に参加するなんて滅多にない機会でしょう。鉢屋くんの提案に甘えちゃいなさいな」

……先生はどこまで知ってるんだろう。
忍たまのにの字も出さないうちに主犯の名前を出されて、思わずシナ先生を見上げた。

苗字さん、委員会を変えたいと思っていたりは?」
「いえ、それは…ないです。私、作法委員会好きですから」
「そう。それは立花くんも喜びそうね」
「でも先生、学級委員長委員会にちょこっと顔出すだけなのに、学園長先生の庵まで行く必要があるんですか?」
「あら、まあ……そう」
「…先生?」

――なぜだろう。何か嫌な予感がする。

シナ先生の返答と綺麗な笑顔に不安を覚えて呼びかけると、先生は「頑張りなさい」と私の背中を優しく押してくれた。
普段なら励みになるのに、今回はそれに余計不安を煽られてしまった。

先生とは教員部屋前で別れ、一人学園長先生の庵に向かう。
飛び石のそばで見慣れたシルエットを見かけて足を止めた。

「こんにちは、立花先輩」
名前。どうしたこんなところで」
「学園長先生に呼ばれまして」
「お前が?……妙だな」

委員会の活動時間に他の委員会に顔を出すんだから、それを連絡するのに委員長が呼ばれてもおかしくない。
私はそう思ったのに、立花先輩は顎に手をやり、考える仕草で黙り込んだ。

「どうしたんですか」
「場違いだと思ってな」
「…………シナ先生経由で連絡を頂いたのですが」
「ああ、そこは疑っていない。お前は呼ばれでもしなければこちらの方まで足を運ばないだろう」
「…そうですね」

さすが先輩だ、私のことをよくわかっている。
まだ考え込んでいるらしい立花先輩の邪魔をするのも気が引けて、これ以上話しかけるのをやめた。

立ち止まったまま動かない立花先輩を横目に、庵に入ろうか迷う。
いや、ここはさすがに六年生である先輩を先に通すべきじゃないだろうか。

(どうしよう…)

「あれ、名前じゃない」
「善法寺先輩、食満先輩もお揃いで…こんにちは」
「おう。仙蔵は何してんだ?」

立花先輩のそばで立ち尽くしていた私は、六年生二人の登場に正直助かったと思った。
同じ六年生なら立花先輩を無理にでも庵に押し込んでくれるだろうし、私はその後から入ればいい。

――と思ったのに。

「仙蔵、入らないのかい?」
「その前に。留三郎、私たちの集合理由を言ってみろ」
「は?今更なんの確認だよ……委員長と、その代理に召集命令が出たからだろ」

時間指定つきで。学園長先生から。

食満先輩のその言葉に、ぽかんと呆けた顔をしてしまった。
立花先輩の言う通り、その面子では私だけ浮いている。思いっきり場違いだ。

「…あ、シナ先生が時間を間違えたのかも…そう、そうだよ。だって…どう考えたって変だし…」
「…名前も把握していないとなると……まあ考えてもわからないものは仕方ないな。入るぞ」
「あの、先輩すみません、私はまた時間を改めて」
「学園長先生、失礼致します。六年い組立花仙蔵と、くの一教室の苗字名前です」

(なぜ私の名前まで名乗るんですか!?)

叫びそうになるのを必死に抑えて、私は立花先輩に習って入室した。
私のあとに続いて六年は組の二人も入ってくる。

名前、こちらだ。おいで」

小声で言う立花先輩について彼の斜め後ろ辺りに正座すると、既に揃っていた顔ぶれにビクリと震えた。

潮江先輩、中在家先輩、七松先輩。それと久々知くん、鉢屋と竹谷。
立花先輩に善法寺先輩、食満先輩まで加わったらまさに委員長(+代理)会議だ。

静か過ぎて空気が痛い。
そう感じるのは私が明らかに忍たまに混じる異分子だからで――

「……ふむ、揃ったようじゃの。では、苗字名前
「は、は…はい!」

名を呼ばれて学園長先生の前に手招きされる。なんだか罪人にでもなった気分だ。

びくびくしながら正面に座ると、学園長先生は次に鉢屋を呼び寄せて、懐から出した巻物を二人で広げた。

「題して、“苗字名前の委員会体験ツアー”じゃ!」

「………………は?」

巻物には力強く、学園長先生の言ったそのままの言葉が書かれている。

苗字名前の委員会体験ツアー』

……なんでしょうかそれは。
語感から意味はわかるけど――わかりたくありません!

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