カラクリピエロ

こーるまいねーむ!(後編)


鉢屋との問答(?)が終わった後も、不破くんはまだうんうん唸っていた。
かと思えば寝てしまうし(悩みすぎて、らしい。びっくりした)、これは私が決めてしまったほうがいいと思った。
そのほうが、きっと私も不破くんも楽に違いない。

「不破くん、“名前”で!ね?」
「……ありがとう」

そう言って、不破くんは下がり眉の少し困ったような、ほっとしたような顔で笑った。
悩み癖も大変なんだろうなぁ。
と、思いながらその笑顔を見て、ふと思い出す。

「…この前くの一教室でみんなのこと聞いてみたんだけど、不破くんて人気あるんだね」
「へ、え、ええ!!?」
「ほんとほんと。人当たりよさそうで騙しやすそ……ったい!痛い痛い!!」

顔を赤くする不破くんに和んだ勢いで人気の内訳を言い過ぎた。
途中で頭を鷲づかみにされて、上から押さえつけられる。

「ゆ、び!食い込んでる!ばかっ、はちや!」
「はっは、実に掴みやすい大きさだな。このまま投げられそうだ」
「私言ってない、のに!」
「こ、こら三郎!やめなって!」

ギチギチ締められる痛さで涙目になったところで、慌てた不破くんが助け舟を出してくれた。
繊細に丁寧に扱えとまでは言わないから、力技はやめてほしい。どうしたって敵わないんだから……こういうとき男女の差って不公平だと思う。

頭巾を外して掴まれた辺りを撫でる。
――ああもうほんっと痛い。
髪も乱れてしまったし、同じ目に合わせてやりたくなる。

そんなことを考えていたら、竹谷がそわそわしながらこっちを見ているのに気づいた。

「なに?」
「…くのたまの話なんて聞く機会早々ねーし、俺らは?それに、前言ってたのはどうなんだよ」
「前…?竹谷になんか言ったことあったっけ」

全く覚えがなくて首をかしげると、竹谷は「覚えてねーのかよ!」と床を叩いて、顔を押さえた。よくわからない勢いに少し気圧される。

「…その、竹谷が言う“前”に何て言ったか忘れちゃったけど、みんなが言うには……………言っていいの?聞いて後悔しない?」
「躊躇うようなことなのかよ」
「…………私への攻撃禁止ね」
「お、おお」
「竹谷はおだてに弱そう、色仕掛けで楽に騙せそう」
「い、色……っ!?」

私の答えを聞いて、竹谷はぎょっと目を見開いた後ほんのり顔を赤くした。

「ねーーーよ!それはぜったい無いっ!」
「…全力否定は逆に怪しいん」
「例えばだな!名前が俺に色仕掛けしたとして、それに引っかかることは無い!」

そんなに力いっぱい(しかも遮って)言わなくても…
色仕掛けなんて苦手も苦手、常に赤判定くらう術の一つだけどなんだか悔しい。

「…どうせ色気ありませんよ。一応これでも磨けば光るとか、やりようの問題って言われてるんだからね!?」
名前がどうこうじゃなくてだな……あー…そんなことより“友達想いで笑顔の素敵な竹谷くん”の評判はどこいったんだ!」
「そんな評判知らないよ!」
「なにぃ!?お前が言ったんだぞ!?」
「…………くの一教室の、って?」

大きく頷く竹谷。
それに思わず謝ると、竹谷は見るからに肩を落としてがっくりしてしまった。
なんだかさらに申し訳なくなって言い訳(ってわけでもないけど)をしようとしたら、また鉢屋が首を突っ込んできた。

「咄嗟の嘘はお手のものというわけか」
「…………時と場合によりけりです」

――もしや不破くんになりすました鉢屋を騙したこと、まだ根に持ってるんだろうか。
どうだか、と呟く鉢屋を押しのけて、気を取り直したらしい竹谷が身を乗り出した。

「まぁ俺はいい。納得はしたくねーが次だ。兵助はどうだ?」
「………………私は長所だと思ってるもん」
「いや、名前の意見は聞いてねーから。どうせ補正かかってんだろ?」
「かかってなくてもそうなの!」
「へー?じゃあさっさと言ってみな?」
「……っ、竹谷がムカつく」
「なんでだよ!?」

言われたときの様子を思い出して、うう、と唸ってしまう。
抗議しようとして、でも競争率を無駄に上げたくなくて…結局やめたのだ。好きな人のいいところは皆にも知ってほしい、反面、私だけ知っていればいいと思う独占欲。

「…………真面目すぎ、て…、つまら…ない、騙しづらそう。で、でも!真面目ってことは誠実で堅実ってことだし、それにテストでカンニングをやってのける柔軟さもあるって知ってるし、それから」
名前名前、それくらいで勘弁してやって。兵助限界だから」

どろどろした感情をここで振り払う、とばかりに握り拳で竹谷に詰め寄ると、横から尾浜くんが肩を叩いて私を止めた。
ハッとして久々知くんを見れば、久々知くんは私から視線を逸らすように俯いてしまう。
またまずいことを言ったらしい。
さっきから私のやること裏目にしか出ていない気がする。

「ご…ごめんなさい…」
「い、いや!違う、苗字は悪くないから!」
「兵助戻ってる」
「ああ、もうくそ…!じゃなくて、これは俺が勝手に、その」
「あはは。名前、兵助は照れてるだけだってさ」
「そう!……真面目すぎるって言われるのはいいんだ。慣れてるし。でも、だからな…」

照れ笑いをしながら、久々知くんは私に「ありがとう」とお礼を言ってくれた。
そう言われるようなことは何もしていないのに…
何も言葉がでてこなくて、ただ頷いて返した。

「あ~ゴホンゴホン。お前らいい加減にしろ?」
「八左ヱ門は心が狭いなあ。この光景を楽しめばいいのに」
「狭くて結構だ。兵助と違って俺はぬか喜びさせられたんだぞ!?」
「だからごめんってば!でもそれ“くの一教室での評判”ってのが嘘なだけで、私は竹谷のことそう思ってるよ」
「は…………、は?え!?」
「…なんでそこで驚くの」
「いや、だって、おま…不意打ち過ぎんだろ!」

(えぇー……逆切れ?)

可愛いペットたちの世話をするついでとはいえ、竹谷とはそれなりに付き合いがあるし、私なりに竹谷のいいところを上げたつもりなんですけど。
そりゃ、(記憶にないけど)騙すようなことしたのは悪かったと思う。
結果として一人の意見だったのが不満ってことだろうか。

文句の一つでも言おうと竹谷に視線を投げた直後、私が驚かされた。

「…竹谷、顔赤い?」
「っ、違う!見間違いだ!次だ次!かんえもん!」

誤魔化しに入ってるなあとは思ったものの、私も追い討ちをかけられるときの気持ちを知ってるから(鉢屋のせいで)、竹谷の話題逸らしにのってあげることにした。

「えっと尾浜くんは、」
名前?」
「……勘右衛門」
「うん、よくできました」
「こだわるね」
「おれもちょっと意地になってるかも」

軽く笑って、尾浜くん――勘右衛門はあぐらを組んだ足首を掴んだ。
その姿勢でぐらぐら身体を揺らしながら、視線で私に続きを促す。

「勘右衛門は……掴めない。わざと騙されたフリをしそう」
「えー、おれ結構複雑そうに見られてる?そんなことないんだけどな」
「そうなの?騙されたフリは?する?」
「んー…?」

にこにこ笑って、勘右衛門は答えない。
なんとなく、掴めないといわれている理由がわかった気がした。

名前
「鉢屋…今度は何?」
「…私には随分な態度だな。それより、さっきから騙すことが前提の評価なのはなんでだ?」

誰も聞いてこなかったからこのまま流されてくれると思ってたのに。
鉢屋は腕を組んだ姿勢で私を見下ろす。
この距離感というか、見下ろし姿勢好きなんだろうか…威圧を感じて嫌なんだけど。

「ちなみに鉢屋は難易度高。返り討ちに注意、らしいよ」
「私の質問に答えてないぞ」
「だ、だって!私だってわかんない!気づいたら誰が騙し易いかって話になってたんだから!」
「ほー…するとなにか?近々仕掛けられる可能性があると?」

知りません別のくのたまに聞いてください、と言いたいのに声が出ない。
私は咄嗟に不破くんの後ろに回りこんで身を縮めた。

「私だってもっと別の…カッコイイとか優しいとか意地悪いとか弱点だったりとか…そういうの聞きたかったよ!」
「この、雷蔵の後ろに隠れるなんて卑怯だぞ」

――やっぱり。鉢屋は不破くんに弱いらしい。
不破くんは優しいから私を強引に引っ張り出すこともしないだろうし、ここが一番の安全地帯だと確信した。

「女の子に平気で手を出す鉢屋の前になんて出られない」
「その言い回しやめろ。大体くのたまは“女の子”なんて可愛らしい生き物じゃないだろ」
「なあ!?そ、そういうこと言う!?あの立花先輩だって一応女扱いはしてくれるのに!」
「一応、ね」

その言い方とニヤニヤ笑いに含みを感じる。
どう返そうか迷っていたら、ふいに不破くんが口を挟んだ。

「――二人とも、その辺で終わりにしようか。あと三郎は言いすぎ」

「雷蔵!お前はこいつの肩を持つのか」
「だって名前は悪くないじゃない」
「不破大明神様…!」

感動のあまり口走ってしまった言葉に、不破くんは可笑しそうに笑った。

「……さすがに大袈裟だよ。それより名前、できればそろそろ離してくれると嬉しいかな」

今度は少し恥ずかしそうに、振り向きざまわずかに首を傾げて言われる。
何度か瞬いて、意味を理解した。
私は、いつの間にか不破くんの忍装束を握り締めていたらしい。
無意識行動に自分で驚きながら、慌てて手を離す。

「ご、ごめんね」
「いいよ、気にしないで。…………無意識って結構効くなあ」
「何に?」
「え、ううん。ごめん、なんでもないんだ。やっぱり名前ちゃん、って呼ぶのも捨てがたいなーって」

え。
どこからどう繋がって“やっぱり”になったんだろう。
疑問符を浮かべたまま、私は反射的に「そうだね」と相槌を打ってしまっていた。

「そっちのが好きなの?」
「いやいやいや。それじゃまた話が戻っちゃうから!仮に呼んで欲しいって思ったら先輩のところ行くから大丈夫」
「立花先輩?」
「あはは………それは怖い」

私を“名前ちゃん”なんて呼ぶ立花先輩は全く想像できない。むしろ不気味だ。
そんなこと口に出したら「ならば呼んでやろう」と嬉々として言い出しそうで、想像を振り払うように思い切り首を振った。

「立花先輩じゃなくて、くのたまの先輩」
「ああ。名前も後輩はそう呼ぶの?」
「そういえばそうだね…呼んでる。名前の呼び方って周りにつられたりしない?」
「うん、確かに」

不破くんと話してるとどんどん話が脱線して行く気がする。
最初の話題を見失うというか……いつのまにか久々知くんと竹谷を交えて後輩談義になっていると気づいたときは、思わず感心してしまった。



名前のやつ雷蔵の話題逸らしに乗せられたな」
「素直だよね…………三郎もさ、少しは見習ったほうがいいと思うよ」
「何のことだ?」
「ちょっかい出すばっかりじゃ嫌われちゃうかもね」
「ふん、別に構わんさ。好かれようなんて思ってない」
「へー?気に入ってるくせに?」
「…………勘右衛門、何が言いたい」
「おれは好きだよ、名前のこと。思ったとおり面白い。委員会に呼ぶの楽しみだね!」
「――お前は私よりよほど厄介な男だと思うぞ」
「あは、ありがとう」
「………………誉めてないからな」

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