カラクリピエロ

こーるまいねーむ!(前編)


「じゃあ苗字さんも!」
「はい、なに?」
「だからおれたち名前で呼ぶようにするから、苗字さん――名前もおれたちを名前で呼んでって」

なにそれ。
いつのまにそんな流れになってたの?

「き、聞いてない!聞いてません!!」
「えー、言ったよ今」
「無理。無理無理無理」
「じゃあおれで練習しよう、はい」
「は、はいって…………尾浜くん」
「勘右衛門」
「か、勘右衛門…くん」
「言いづらいし、長いでしょ」
「だから尾浜く」
「勘右衛門」

(この人強引すぎるんですが)

助けを求めるように周りを見ても、“仕方ないなぁ勘右衛門は”みたいな視線。
鉢屋だけは苦しむ私をニヤニヤと楽しそうに見ていた。

「ん~、でも名前はくのたまとか年下は名前で呼んでるよね?」
「それは可愛らしさとか気安さとか、そういう諸々があるからで…」
「だからおれ達とも距離を縮めよう?」
「話が噛みあってない!」

いつのまにか尾浜くんに両手を取られていることに気づいて驚く。
それをきゅっと握られてびくりと身体が震えた。
くす、と笑ったのが聞こえて顔を上げると、下がり眉の表情で僅かに首を傾げる尾浜くんが目に入る。

(………笑われたと思ったんだけど…気のせいかな)

「おれ、呼んで欲しいな。駄目?」
「…………」
「どうしても?無理?」
「……か、……勘右衛門」

負けた。根負けした。
だってこんな捨てられた仔犬みたいな目をするなんて反則だ。
しかも「うん、ありがとう」って嬉しそうに言うおまけつき。
まぁいいかと思いつつも若干悔しい。実に複雑です。

「あの…そろそろ離してくれる?」
「ん?」
「だから、手を」
「お願い?」
「うん、お願い」
「もう一回、おれの名前も入れて」
「…? お願い、勘右衛門」

尾浜くんの希望通りに言ったのに、離してくれる気配がないのは何故だろう。
というか、これに意味はあったんだろうか。
「うんうん」と頷きを繰り返す尾浜くんから自分の手を取り返そうと軽く引いてみた。

(……離れない)
「――さっさと離してやれ」
「あいたっ」

「久々知くん!」

ぺし、と後ろから尾浜くんの頭を叩いて、久々知くんは軽く溜息をついた。
ともかく助かった。手を繋ぐなんて、一年生と一緒にいるときくらいだからやけに緊張してしまった。

「悪いな苗字
「兵助、戻ってる」
「――と、えー…名前。勘右衛門の言ったことだけど、無理することないよ」
「うあ、は、はい……」

呼ばれるって知っててもドキッとする。
呼ぶたびに私が赤くなったんじゃ久々知くんも呼びづらいに違いない。
こうして協力してくれてるんだし、なるべく早く耐性がつくように頑張ろう。

何を頑張ればいいのかわからないけど。

――久々知くんは無理はしなくて良いと言ってくれたけど、尾浜くんがつくってくれた好機。これを逃すのは惜しい。

「あの、ちょっと呼んでみてもいい…?」
「ん?うん、どうぞ」
「…………へ、兵助、くん」

ぎこちなく呼ぶと、久々知くんはふっと優しく笑ってくれた。
――ああもうどうしよう。
うれしい。
すごくドキドキする。

「だーもー!!いちゃいちゃすんなって言ってんだろー!?」
「そうそう。忘れているかもしれないが、ここは私と雷蔵の部屋なんだからな」
「少しくらい浸らせてくれても…………不破くんは何を唸ってるの?」

乱暴に自分の頭をかく竹谷(ぼさぼさ頭が余計ぼさぼさになった)と半眼で私を見下ろす鉢屋より、腕を組んで悩んでいるらしい不破くんが気にかかる。やけに深刻そうだ。

「そんなのどっちでもいいと思うけどなあ」
「でも名前ちゃんのほうが響きが可愛くない?」
(ん?私?)
「雷蔵、そんなくだらないことで悩むな。呼び捨てで十分だろう」

親指で私を指す鉢屋は随分失礼だと思うものの、ことに私が関わっているようなので口を出すのを躊躇った。

苗字さんは“名前”と“名前ちゃん”ならどっちで呼ばれるのが好き?」
「…は……え、と…それが不破くんの悩み事?」
「くだらんとか言うなよ」
「言ったのは鉢屋でしょ!」
「でも思ったろう」
「…………私はどっちでも嬉しいよ?不破くんの好きなほうで」

不破くんに答える私の髪を掴み、無視するな、と言いながら軽く引く鉢屋の行動で頭が揺れた。痛くはないけど動きが制限されるのは嫌だ。

「ちょっと止めてよ鉢屋!あんたは構って欲しい一年生か!」
「やられたのか?」
「兵太夫はすっごく可愛かったけど鉢屋がやっても可愛くない」

ふむ、と呟いた鉢屋は瞬時に顔を兵太夫に変え、『先輩、新しいカラクリ作ったんです。見てください!』と言いながら再度私の髪を引いた。

「可愛くない!」
「『先輩酷いです』」
「やーめーてーよー!!私の可愛い兵太夫のイメージを壊さないで!だいたいそのでかい図体で一年生に変装なんて似合わないし兵太夫がその身長になるころには今よりもっとかっこいいんだから!」
「――お前は笹山兵太夫の姉か何かか」

鉢屋に指を突きつけて捲くし立てると、ようやく兵太夫の変装をやめてくれた。
ドン引きしているようだけど、私の中にある兵太夫像をぶち壊され続けるよりマシだ。

「…おい名前
「なに?」
「今度学級委員長委員会に顔を出せ」
「は……?なんで?っていうか私も委員会入ってるんですけど」
「え、名前呼ぶの?お茶菓子用意しないとだね!」
「うちの庄左ヱ門と彦四郎の方が可愛い!それを証明してやる!」

ビシッと私に指を突きつける鉢屋と、なぜかうきうきしている尾浜くん。
証明してやると言われましても。

「後輩は可愛いってことでいいんじゃない?競う必要全然ないと思うんだけど」
「私が自慢したい」
「うわ…自分勝手な先輩を持つ後輩に同情するよ……さっきも言ったけど、私作法委員だからそっちに行く時間は」
「学園長先生経由で立花先輩に連絡してやる」
「そこまでする!?」

しかも学園長先生まで利用するとか……立花先輩よりタチが悪いんじゃないだろうか。
私の意思は関係なしに、学級委員長委員会(長い…)にお邪魔することが決定した。

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