カラクリピエロ

思わぬ反撃(後編)


(久々知くんにはかっこわるいとこばっかり見られてる…)

力なくその場に座り込んだ私は、支えてくれた久々知くんの手をちらと見て俯いた。
切実に、穴があったら入りたい。喜八郎の掘った穴の一つや二つ近くにないものか。たーこちゃんでもとしちゃんでも文句言わないから。

「兵助の声を使ったくらいで殺されてはたまらんな」

ニヤリ笑いのまま私の暴走原因をあっさりばらす鉢屋。
いい奴かもしれないけど、私には意地悪だ。サディストっぷりでは立花先輩と張るかもしれない。

「使う距離と私の名前があったせい!それがなければ…」
「ああ、耳も弱いと」
「ち、ちが……ええい、こっちに来なさいよ鉢屋!くの一特製の毒仕込んでやるから!!」
「罠に好き好んで近づくような阿呆はお前くらいだ」

む、むかつく!
私だって好き好んで近づいたことなんてない!

先日の立花先輩が張り切っていた件は特別だ。あれは久々知くんが危なかったからで――

(あれ?)

今更気づいたけど、私はそのことを鉢屋に言った覚えはない。
久々知くんに変装した鉢屋に告白をぶちかまし、本物への二度目の告白も竹谷と尾浜くんに筒抜けだったから開き直っていたけれど、よく考えれば鉢屋が私に会いに来ることからしておかしかった。

それは、つまり報告者がいるということで…

あれから何日経ってるんだと思いつつ、気になるものは気になる。
久々知くんのことだからふざけて言ったわけじゃないだろうし、恥ずかしいけど過ぎたことだ。
一体どこまで鉢屋にネタを握られているのか、そっちの方が重要。

鉢屋を睨むのを中断して久々知くんに視線を移すと、久々知くんは口元に手をやって何か考え中のようだった。
ついそれをじっと見つめてしまった。だってかっこいい。

(いやいや、そうじゃないでしょ)

私は軽く首を振って思考を切り替えた。

「あの、久々知くん」
「――名前って……“名前”?」
「っ!?」

唐突に目を合わせて言われ、私の身体は大袈裟なくらい震えた。
せっかく治まったと思った顔の熱が瞬時に戻ってくる。

鉢屋に呼ばれたときはどちらも耳元で、それゆえに取り乱しすぎたと思っていたのに。
私は今、同じくらい混乱している。
嬉しいのに逃げ出したいような…………死にそう。

「な…ん……」
苗字がやられっぱなしなのがさすがに気になるというか…俺が原因ならなんとかできるかなと思って」
「久々知くん…」
「呼ばれ慣れないせいなら慣れればいいしさ」

三郎の悪戯を前もって阻止するのは難しいから、と続いた言葉が右から左へ通り抜けた。
久々知くんは私からちょっと視線を逸らして、恥ずかしそうに頬をかく。

(私の、ため…)

かすかに聞こえた鉢屋が舌打つ音も気にならない。
感動してなんだか泣きそうになったものの、それを遮るように竹谷が「ラブコメ禁止!」と意味不明なことを叫んだ。

「ちょっと竹谷、感動を邪魔しないで!」
「うるせぇいちゃいちゃすんな!」
「いちゃ…、はぁ!?」

いちゃいちゃなんてしてない。いつかはしてみたいけど。
なにやら憤っている竹谷は私と久々知くんの傍にドカッと座り込み、私にちょい、と指を向けた。

「名前呼ぶとか呼ばれるとか、そんくらいでそこまで取り乱すか?」

普段の鋼の精神はどうした、と言い出す竹谷は某会計委員長のようだ。
おそらく愛犬(影丸)を相手にしている時のことを言ってるのかもしれないけれど、それはそれ。

「それくらいって言うけどね、竹谷だって普段“竹谷”って呼んでくる子が“八左ヱ門”て言いだしたらドキッとしない!?」
「う、」
「ほら!それと一緒!久々知くんだとその効果が馬鹿高いの!」

ぐっと言葉に詰まった竹谷に勝利した気になって胸を張る。
力説する私を見て、尾浜くんが吹き出した。

「あは、あははっ!苗字さん可愛いなあ」
「か、かわ……!?」
「うん。可愛い」

――いきなりすぎる。
しかも正面きって言われることなんて滅多にない言葉に動揺してしまった。

「と…とにかく!そういうこと!」

なにが“そういうこと”なのか、もう自分でも何を言っているかわからない。
久々知くんは気まずそうにしているし、何か悪いことでも口走っただろうか。

「兵助が“名前”って呼ぶなら、おれ達も便乗しよっか」
「…………さっきのってそういう意味!?」
「あれ、兵助違った?」

にこにこ笑顔の尾浜くんは、私の驚きにきょとんとして久々知くんへ問いかけた。
「違わない」と答える久々知くんに今更ながら内容を反芻する。
久々知くんが慣れるどうこう言ってたのはそういうことか。
……心臓、ちゃんと持ってくれるといいけど。

緊張と期待とがぐちゃぐちゃ絡まりあって、結局は嬉しいという結論にたどり着いた。
経緯はどうあれ、やっぱり好きな人に名前で呼んでもらえるのは嬉しい。

そう考えながら、ほんの少しだけ鉢屋に感謝した。

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