カラクリピエロ

あなたじゃなきゃ嫌なんです(5)


※夢主視点





色々なことが重なって、私の心はぐちゃぐちゃだった。
痛くて、苦しくて、潰れてしまいそうで……もう想うのをやめてしまいたかった。

なのに――ずるい。三郎は、ずるい。
好きじゃないんでしょう?三郎の特別は“恋”じゃなかったんでしょう?
それなのに、こうやって抱きしめてくるなんてずるい。
背中に伝わってくる鼓動が速くて、私のお腹に回ってる腕の力は強くて…まるで恋人みたいだって、また勘違いしそうになる。

期待して裏切られるのはもう嫌なのに、逃げ出したくても三郎の腕はびくともしない。
そればかりか私の動きを封じるように力が増した。

「――ごめん」

ぽつりと落とされた真剣な声音に身体が震える。
どうして謝られたのかわからなくて、無意識に振り返ろうとした。けれど、それよりも早く三郎が私の肩に顔を押し付けるから動けなくなる。
名前を呼べば重ねるようにして三郎が言葉を続けた。

言いにくそうに途切れる声と、葛藤しているような雰囲気にドキッと胸が鳴る。
駄目なのに。期待したら、またあの刺すような痛みを味わうってわかってるのに…私の心は言うことを聞いてくれなかった。

ぎゅう、とお腹に回されたままの腕の力が増す。苦しい、と伝えるために口を開いた直後に――それは聞こえた。

「……私は、好きでもないやつに…こんな風に触れたりしない」

ひゅっと空気が喉を通り過ぎる。
ドキン、ドキン、と高鳴る鼓動を聞きながら三郎の言葉を何度も頭の中で繰り返した。

それは、“私のこと好き?”に対する答えで、いいの?

「……好きって、こと……?」
「…だから、そう言ってるだろ」

――言ってないよ。
言い返したつもりだったのに、三郎のぶっきらぼうな肯定に涙が出て形にならなかった。

三郎は私の肩から頭を浮かせて、膝で私の膝を押す。
まるっきりの不意打ちであっさり崩れた私は、三郎に抱えられた姿勢のままその場に座っていた。

「なにす、いたいっ」
「我慢しろ」

装束の袖で目元をごしごし擦られながら、どこか不機嫌に言われる。
不機嫌の意味が分からなかったけど、三郎にこうされるのは好きだと思ったから…目を閉じておとなしくした。

しばらくすると動きがとまり、肩に乗せられた腕が私の首元で交差する。
自然と抱き寄せられる形になって背中が三郎の胸にくっついて、頭には三郎の頭が乗った。

「…それで?お前がやたらと不安定だった理由は何だ」

荒れて荒んでいた気持ちは不思議なくらい落ち着いて、密着度が気になり始めていた私は唐突な問いかけを把握するのに時間がかかった。
早く答えろ、とでも言うように三郎が顔を押し付けてくる。重い。

――いつもなら“がっかり”で済むようなことが重なったせいかもしれない、と他人事みたいに考える。
前よりも欲張りになったこと、ふと湧いた不安を指摘されたことも。

ぽつぽつ話している間、三郎はずっと無言だった。
でも無関心というわけじゃなくて、ちゃんと聞いてくれてるのが伝わってきたし、時々頭を動かしたり(私まで揺れる)私の髪を軽く引いてみたりする。
ろ組の人の話になった時はぎゅっと私を抱きしめるから、びっくりして話が何度か途切れてしまった。

「……前々から思っていたが、名前は溜めこむ前に吐き出すべきだ」
「――……そうしたら、さっきみたいに、言葉にしてくれるの?私、まだみんなみたいに、三郎のことわからないから…ちゃんと言……っ、んぅ!?」

ぐ、と顎を掴まれたと思ったら上向かされて唇を塞がれた。
何が起こったのか理解できなくて、ただ苦しい。瞬きをするとぬるりとしたものが唇をなぞるように動いて、ぞくりと鳥肌がたった。

「んッ、んー!んーーー!!?」
「……名前、こういうときは目を閉じるものだろ」
「だ、だだって、なんか、ぬるっとした…」

唇をごしごし擦っていたら、半眼で私を見ていた三郎がふいに口角を上げた。
ふうん、と漏らされたのはどこか楽しそうな響きで…久々に三郎らしい三郎を見たなぁと思いながら本能的に身構える。

「――名前、実は私は行動で示すほうが得意なんだ」
「い、いつもは、べらべらいらないことばっかりしゃべるくせに、」

まだ途中だったのに口を塞がれる。
ぎゅうと目を閉じて歯を食いしばって固まれば、三郎はクッと小さく笑って私の唇を柔く食み、次いで額に口づけた。

「どうだ?」
「な…なにが……」
「……伝わったか?」

ドキドキして、顔が熱くて、最後に触れられた額に手をやる。
いつもの…皮肉気なものじゃない、優しい微笑みと眼差しにまた心臓が鳴った。
うん、と呟けば満足そうに頷かれて、それにもドキッとしてしまった。

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