思わぬ反撃(前編)
不破くんから観察許可(この言い方はなんだか複雑だ)をもらって数日、未だに鉢屋三郎の変装を見破るコツは掴めていない。
けれど、それ以上に大きな恩恵をもらっていた。
まず心配していた鉢屋三郎からの悪戯がほとんどない。
(きっと不破くんが近くにいるからだろうなぁ…)
長屋の柱に背を預けて、室内で勉強中の二人を見ながら思った。
――そう、もう一つが忍たま長屋に来る理由ができたこと。本当に不破大明神様々だ。
さすがに室内までは入っていけないけど、こうして気兼ねなく忍たまの領域にいられるのは嬉しい。
「毎日飽きもせず良く来るな」
「……と、言いつつ部屋の扉を開け放しておいてくれる鉢屋三郎くんは優しいよね」
「まったくだ。感謝しろ」
言いながら筆を動かし続ける鉢屋をよそに、不破くんはさっきからずっと「2……と見せかけて3?でも1…いや、やっぱり2…」と同じ内容を繰り返し呟いていた。
変装を見破るには勘だと言われたものの、私がそれを習得するまでどれくらいの時間がいるんだろう。
こうして並んでいる二人は確かに雰囲気が違うけど、それは鉢屋三郎の見た目以外が鉢屋三郎だからだ。中身まで変身されたら未だに騙される確率十割は確実だと思う。
――ここまで考えて、以前一度だけ久々知くんに変装した鉢屋に違和感を覚えていたことを思い出した。
(…ひょっとして久々知くん限定なら見分けられるかも…)
「苗字。くの一教室は課題が出ていないのか?」
「この前山本シナ先生から大量に出されたやつ終わったばっかり。そう言う鉢屋三郎くんは終わったの?」
ぼんやり考えながら鉢屋の問いかけに答えると、彼はムッと眉根を寄せてこっちへ来た。
「? どうかした?」
「――前々から気になってたんだがその呼び方ムカつくからやめろ」
「……“鉢屋三郎”?」
「そうだ。わざとだろう?」
「気づいてたんだ」
「おい、」
「ささやかな意趣返しだから呼び続けます…って言うつもりだったけど、鉢屋が嫌ならやめる」
鉢屋三郎は益々眉を寄せ、私の横にあぐらをかいた。
顎に手をやって私を訝しげに見る。こいつ何言ってるんだとでも言いたげだ。
「理由は?」
「……鉢屋は私のこと嫌いだろうけど、私は別に嫌いじゃないなーと思ったから。それに“はちやさぶろう”って長いし」
「は!?」
「そりゃ久々知くんに会うの邪魔されたり声真似で騙されたときは腹立ったし、どうやって仕返ししてやろうとか思ってたけど。ここ最近鉢屋を観察して、悪戯と同じくらい友達好きなんだなって……だから……上手く言えないけど、いい奴なんだろうなと思ったの」
「なっ、わかったようなことを…」
「まあそうなんだけど……いいでしょ別に。私がどう思うかは自由だもん」
欲を言えば鉢屋からのツンケンした態度も多少は和らいでくれるといいなと思っていたりもするけど、くのたまが忍たまにしてきた(+これからするであろう)仕打ちを思うとそこまで贅沢は言えない。
「…観察期間が終わっても同じことが言えるか見ものだな」
やっぱり悪戯継続ですか。
久々知くんの声さえ使われなければなんとかなりそうなものだけど。
ふう、と息をつくと選択肢問題を解決したらしい不破くんが部屋から顔を出した。
「珍しい。仲良くなったの?」
「んー、私から一方的にって感じだけど」
「…………ふふ、そうでもないと思うよ?」
「?」
「雷蔵、この“観察”いつまで続ける気だ?」
鼻を鳴らしながら立ち上がった鉢屋は、ふんわり笑顔の不破くんの言葉を遮って言う。
いつか言いだすだろうなとは思っていたけど、とうとう時期が来たらしい。
私の予想よりずっと遅かったのは、それだけ鉢屋が不破くんの意見を尊重したってことなんだろう。
不破くんは、きょとんとした顔をして私を見た。
「いつまでにする?」
「……私が決めていいの?」
それならいつまでも、と言いたいんだけど。さすがにそれは鉢屋が黙っていなかった。
「冗談じゃない、雷蔵が決めないのなら私が決めるぞ!おい苗字、お前が私の変装を見破りたいとかぬかしたのが原因だったな」
「そうだね」
「よし、私は今から兵助に変装する。雷蔵は兵助を連れて来い――苗字が私と兵助を見分けられたら終わりだ」
「え、ちょっと待って、なんで久々知くん!?」
「好いた奴を見分ける自信もないのか」
「あるよ!」
「――なら決まりだ」
ニヤリと笑って言うと、鉢屋はさっさと姿を消した。
これ完璧乗せられたと思うんですけど。しかも早速ですか。
「仕方ないな…苗字さん、ちょっと待っててね」
苦笑しながら久々知くんを捜しにいく不破くんを見送って、私は呆然とその場で待機することになった。
変装名人の妨害の段
1969文字 / 2010.09.16up
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