カラクリピエロ

不破雷蔵の提案(中編)


まずは廊下で邪魔されたことを報告してみたら、二人は呆れのような諦めのような、複雑な表情をした。
なんでも前の時間『ろ組』は座学じゃなかったらしい。それどころか空きだったとか。
私の進行を阻んだ罠は、鉢屋三郎が私のためにわざわざ設置してくれたものだそうだ。全然嬉しくない。

「――それでやっと久々知くんを誘えたわけなんだけど…」

「あー腹減ったー。肉あるかな肉。魚でもいいけど」
「豆腐は?」
「兵助はそればっかりだな」
「とりあえず聞くのは常識だろ。あれば嬉しいじゃないか」
「へーへー。私はA定食にしようかな……雷蔵、さすがにお前も決まってるだろう?」

ここからが一番言いたかったことなのに。
背後から聞こえてきた三人分の声に、私はテーブルに突っ伏した。
いくらなんでも久々知くんと鉢屋三郎、両方がいるときに報告なんて無理です。

残念、と苦笑した不破くんが私から鉢屋三郎に視線を移してB定食を指定していた。
竹谷もカウンター傍にいる三人に「俺もB!」と声をかけている。
言いながら真ん中に移動してきた竹谷を、何故かじっくり見守ってしまった。

(中途半端にしか報告できなかったのがそんなにショックか私……)

はぁ、と溜息をついて腰を浮かせる。私も注文してこないと。

苗字はどっちにするんだ?」
「…え?」
「ん?食べるだろ?」

先に竹谷のご飯を運んできたらしい久々知くんが聞いてきた。
私がぎこちなく「A定食」と答えると、わかったと言い残してまたカウンターの方へ戻ってしまう。

「間抜け面」
「こら三郎……あ、ありがとう」

入れ替わりで来た鉢屋三郎がカタンと音を立てて不破くんのご飯を置いて、自分はその向かいに座った。
つまり私の隣だ。

「いやいや、なんで隣に来るの!?」
「どこに座ろうと私の勝手だろう」
「そうだけど…そうだ、私ご飯もらってくる……すみません、離してくださいますか?」

三人分一繋ぎになっている椅子は真ん中に座っていると実に出づらい。それがよくわかった。
――にしても、鉢屋三郎の行動が全く読めない。なぜ私の腕を掴んだのか。

離して欲しいという私の希望は鉢屋の笑顔で黙殺された。

「いいじゃないか、私の隣で食べるのはそんなに嫌か?」
「うん」
「なぜ」
「鉢屋三郎くんの笑顔が怪しすぎて怖いからです」
「……冷たいな。先ほどあんなに打ち解けたというのに」

――は!?

ぐい、と腕を引かれて強引に椅子に戻される。私の叫びはどうやら声にならなかったらしい。

代わりとでも言うように、先に食べ始めていた竹谷が箸からおかずをポロッと落とし、不破くんは目を大きく見開いていた。きっと私も不破くんと同じ表情をしているだろう。

はてなマークが頭上をグルグル回っている。
打ち解けた?誰と誰が?いつ、どこで?

「……あ、そうか。熱。熱だね。うん、解熱剤ならここにあるから飲んで?」

混乱したまま、乾いた笑いを溢し懐から薬包紙を取りだすと鉢屋三郎の膳に乗せる。
鉢屋はそれを興味深そうに持ち上げて透かし見ると、自分の忍装束に仕舞い込んだ。

「いや飲もうよ!?」
「熱はないから飲む必要はない。お前の飯も来たぞ」
「え、」

「…………苗字、悪い。一つずれてもらってもいいかな」

「それは、全然構わないけど……あ、ありがとう」
「うん。おばちゃんが苗字の分は少し少なめにしたって言ってたけど…足りるか?」
「ほんと?さすがおばちゃん!よかった、実は残しちゃいそうで心配だったんだ」

席を譲るために一度出て、久々知くんを通してからまた座る。

(……あ、あれ?これ、ちょっと……)

――かなり嬉しい。
鉢屋三郎から距離は空いたし久々知くんの隣だ。

先ほどからだんまりの他のみんなが気になって、とりあえず目の前の尾浜くんへ視線を向ける。と、途端ににこっと微笑まれた。不自然な笑顔。

「食べよっか」
「うん…………もしかして内緒話中、だったりする?」

あたりをつけて聞いた私の問いに答えたのは竹谷だ。言葉ではなく態度だったけれど。
不自然なタイミングで、飲みかけていたお茶を器官に詰まらせて咳き込んでいた。

どうも矢羽根を使用中だったようだ。
私にだけわからないのは残念だけど仕方ない――問題は、その内容。

ちらりと見れば前の席三人は笑うか視線を泳がせるかして誤魔化す気満々で、久々知くんは苦笑。鉢屋三郎はふいと視線を逸らす。

――私の話であることは間違いないらしい。しかも聞かれたくない類。

「…………ご飯食べよ?」
苗字さん聞かないの?」
「そりゃ気になるけどね。いただきまーす」

尾浜くんに答えてから一人箸を進める私に、みんなも食事を開始した。
気にはなるけど、聞くのは別に今すぐじゃなくてもいいし…それよりも今は久々知くんとなるべく話したいわけで。

「…なんか隣って微妙に話しづらい!」
「うわ、びっくりした」
「どうした苗字
「久々知くんに近くて嬉しいんだけど、顔が見えないのは案外話しにくいなーって……」

どうしようかなぁ。
好きな食べ物は聞かなくても知ってるし、忍たまの授業内容とか話題にしてもいいもの?っていうか楽しい?かといって私のことなんてしゃべってもつまらないだろうし。

(デートまにゅある、みたいな本借りたほうがいいのかな…)

というか授業でもやったような?
いやいやあれは色仕掛けで相手をその気にさせて情報を引き出す話術だった気が……うっかり立花先輩を思い出してしまった…

苦い思い出だあれは。
首を振りながら重い溜息を吐き出した私は、本音を吐き出していたことに気づいていなかった。



「……どうしよう、やっぱり苗字さん面白いんだけど」
「何かぶつぶつ言い出したぞ。兵助、なんとかしろ」
「う……、む、難しいな…どうしたらいいんだ?」
名前って名前呼んでやれ。一発だから」
「三郎、すっごく悪い顔してるんだけど。しかもその言い方…実証済み?」
「さすが雷蔵」
「やっぱり…」

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