カラクリピエロ

挨拶代わりにまず一手・久々知


※久々知視点





先ほどの授業内容を確認するために勘右衛門とにんたまの友(五年生版)を開いていると、にわかに廊下が騒がしい。
顔を上げた俺に反応してか、勘右衛門が窓の外を見た。

「もう昼休みじゃん。腹減った~」
「…だな。廊下のもそれでかな」
「今日の献立そんなに豪華なのかなぁ。苗字さん遅いね」
「……別に約束してないぞ?」

ふいに出てきた苗字の名前に「そうだな」と答えそうになった。
勘右衛門、自然に混ぜるのやめろ。

「あれ、そうなの?来るの待ってるのかと思ってた」
「――偶然だよ」

にんたまの友を閉じながら言うと、俺の声と重なって苗字の呼びかけが聞こえた。
それを耳にしながら、苗字の声はやけによく通るなと思った。

出入り口へ目をやれば周囲の忍たまにぽつんと混じる桃色の制服。
それは当然ながら目立っていたが、苗字に物怖じしている様子はない。
苗字が豪胆なのか…それともくのたまは皆そうなんだろうか。

例えば俺が単身くの一教室へ行くようなものだろうけれど――――無理だ。
想像にぞっとして首を振る。

「兵助?どうかした?」
「いや…ちょっとな…」

首を傾げる勘右衛門に返し、こっちを確認して思い切り手を振ってくる苗字に手を振り返した。
ぱっと明るくなる表情と満面の笑顔につられる。

準備をする旨を伝えると、いかにも全力という感じで返事をされてしまった。
それに応えるためにも、なるべく早くしよう。

「ろ組のみんなはどうしたんだろ」
「来ないってことは先に行ってるんじゃないか?」
「ねえ、兵助。なんか苗字さんて仔犬っぽいよね」
「…勘右衛門、話題は統一しような」
「思わない?」

俺の提案を笑顔で流した勘右衛門は首を傾げる。そうか、そっちを選ぶのか。

人を犬に例えるってどうなんだろう。
返答とも相づちとも取れそうな曖昧な答え方をしたけれど、勘右衛門はさほど気にしていないようだ。

「全力で慕ってくる感じがぽいっていうか、可愛いよね」
「そうだな」
「…………あは」
「なに?」
「そっちにはちゃんと同意するんだな~って」

にこにこしながら言われたそれに何度か瞬きを繰り返す。

「…そんなに深い意味は全然なかったんだけど」
「わかってるわかってる」
「ほんとか?」
「女の子って基本可愛いもんね。さすがに下剤盛られたり池に落とされたりしたときは除くけどさ」

にこやかに続ける勘右衛門に懐の広さを見た。

「勘右衛門は大人だな…」
「え、ありがとう。いきなりどうしたの兵助」

素直に感心した俺にノリ良く返してくれる勘右衛門に笑って「なんとなく」と答えておいた。

硯やテキストを片付け終わって立ち上がる。
ふと苗字がいた辺りに目をやると、姿が消えていた。

「……あれ、苗字さんいないね」
「いないな」

とりあえず移動してみると、廊下(ろ組寄りの方)から三郎の笑い声と怒ったような苗字の声が聞こえてくる。
対極的なそれを拾いながら声をかければ、苗字が勢いよくこっちを見た。

苗字?」

反射的に呼んでみたものの、今にも泣きそうというか――三郎が言う通り真っ赤だ。
ろくに話も聞けないまま、謝罪の言葉を残して駆け出した苗字はあっという間に視界から消えてしまった。

「…………三郎」
「何もしていないぞ」

思い切り疑いの目を向ける。
しばしの間俺の視線から逃げ続けていた三郎はガリガリ頭をかきながら一つ息を吐き出した。

「――警戒しているんだ私は」

三郎は開き直ったのか、腕を組みながら言った。
まだ苗字のことを信用したわけじゃない。そう言いたいらしい。

「三郎は頑固だなぁ…苗字さんどう見ても白なのに」
「甘いな勘右衛門。その油断が命取りだ、いつ毒入りボーロを持ってこられるかわからん」
「たとえ持ってこられても食べるのは兵助でしょ」
「友の危機を見過ごせと言うのか!」

溜息をつきたくなる(実際ついていたかもしれないが)やりとりにこめかみを抑え、どこか楽しんでいる節のある二人を食堂へ促した。

「三郎は苗字で遊んでるだけだろ」
「そんなことはない」
「嘘つけ」
「でもわかるかも。苗字さんてからかい甲斐がありそうっていうか」
「わかってくれるか勘右衛門」
「……お前ら」
「そう怒らないでよ兵助。おれはもっと仲良くなりたいなーって思ってるだけ。面白そうだし」

“面白そう”に色々含みを感じた俺は、なるべく苗字を助けられるようにしようと決意した。

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