【閑話】『六は』と一緒に朝ごはん
※「質疑応答」 朝の話
「おはよう名前」
「善法寺先輩、おはようございます。早いですね」
新野先生とシナ先生の手を借りて顔を洗ったり身体を拭いたりと身支度を整え終えたころ、善法寺先輩が顔を出した。
「朝食をお持ち致しましたよ、お嬢さん」
「…何ごっこですか」
「あれ、喜ぶと思ったのに」
「もちろん嬉しいんですけど……素直に喜びにくいです」
満面の笑みでうやうやしく私の前に膳を置いてくれる善法寺先輩。
やるならともかく、やってもらうというのは慣れないせいかこそばゆい。
「…先輩も朝食の時間ですよね」
「そうだねぇ……ふふ。今日は昼まで空きだから、話し相手が欲しいっていうなら付き合うよ」
「あ、それなら是非。善法寺先輩と一緒に食べるのって初めてですね」
「それは名前が食堂で僕らを避けるからだろう?」
くす、と笑いを寄越す先輩に若干引きつった笑いを返してしまった。
へたに同席して話のネタにされるのはごめんだ。
(委員長は固まって食べてることが多いし、そうなったら立花先輩に捕まること請け合いだもん、冗談じゃない…)
今はそんな心配しなくてもいいし、味気ない一人の食事じゃないというのが嬉しい。
善法寺先輩は、先に食べてていいからと言い置いてさっさと食堂へ戻ってしまった。二度手間をかけさせてすみません。
+++
「おまたせ名前」
「あ、はい。わざわざありがとうございます……どうしたんですか?」
「あはは…ちょっとね」
戻ってきた善法寺先輩は忍装束の肩から胸元にかけて大きな染みを作り、頭巾ではなく手ぬぐいを頭に乗せ、なにより横に食満先輩を伴っていた。
「悪いね留三郎」
「いい、いいからちゃんと座るまで前向いてろ。ふらふらすんな」
「水でも被ったんですか?」
「似たようなもんだ。俺もここで食うけどいいか?」
「はい、どうぞ」
食事の供に詳しく教えてください、というセリフは寸でのところで喉に引っかかってくれた。
きっと保健委員のお約束、なにか不運に見舞われたんだろう。
(…なんか不思議な面子)
「そういえば留三郎と名前は面識あったっけ?」
善法寺先輩はしっとりしている髪から手ぬぐいを降ろし、私と食満先輩を見比べて聞いてきた。
口に物を含んでいた私よりも早く、食満先輩が「おう」と短く返事をする。
「へえ、意外だね。名前はあまり僕らと接点ないのに。用具委員会って結構顔広そうだから…それでかい?」
「あー…委員会でっつーか…仙蔵か綾部に巻き込まれてる苗字って感じだから、ちゃんと話したことはあんまねぇか?」
「そうですね。でも私、食満先輩のことなら先輩方から聞いてますから、一方的ですが親近感はありますよ。特に下級生大好きなところとか」
「おい、ちょっと待てそりゃ誤解だ。……伊作」
「やだなぁ、名前の情報源なんだから僕が二割で仙蔵が八割だろ」
「別に悪い噂じゃないと思いますが……下級生可愛いですよね?」
「…否定はしねぇが」
「それに用具委員会はいつ見ても食満先輩を中心に仲良さそうにしてて、和みます」
「……お前本当に作法委員か?」
どういう意味だ。
やけに感心したように呟く食満先輩に思わずツッコミを入れそうになってしまった。
「なんか仙蔵に聞いてるのと違くねぇか?」
「うーん…ノーコメント」
「…またそれですか。善法寺先輩は少しくらいフォローしてくださいよ」
「あれ、名前知ってたの?」
「つい昨日、似たような会話を潮江先輩としました」
知らないところでダメなやつ(多少違った気もするが)と烙印を押されていたことを思い出し、眉間に皺が寄る。
私と同じ表情を作った食満先輩が少し気になったものの、善法寺先輩に気にするなと言われてしまった。
「立花先輩って私のことどう話してるんですか?潮江先輩は可愛がってるみたいなこと言ってましたけどあれで可愛がられてるとか思えません。よっぽど立花先輩に罵られるのが好きじゃないと無理です」
「そんなにか」
「そうですよ。『それでも女か』とか『全く残念だ』とかはもう口癖みたいになってますし、言われても仕方ないかなと思うときもありますが『お前と比べれば私の方が女として通用する』とか…立花先輩の方が通用するって失礼すぎません?女装姿ならわかりますけど素でですよ!?言われたときはさすがに猛抗議しましたけど言い負けるし……ちょっと、何笑ってるんですか、私は真剣にですね…」
随分と溜まっていたのか立花先輩への文句をつらつらと述べるうちに言われた当初を思い出し、余計に口が止まらない。
先輩二人に目をやれば声を立てず(一応は遠慮してくれているらしい)肩を震わせて笑っていた。
「仙蔵が気に入るのわかるよ」
「そういうやり取りが楽しいんだろ、あいつ虐めるの好きだから」
「反応返ってくると余計喜ぶしね」
「えー……」
やられっぱなしが悔しいからとつい言い返すのがよくなかったということですか。
なんだか知らないほうがよかった気がする。
肩を落とした私に、先輩二人は「それだけ仲がいいってことだ」とよくわからない慰めを残してくれた。
全てはここからの段
2140文字 / 2010.09.08up
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