カラクリピエロ

質疑応答、余談


※久々知視点





これからよろしく、と微笑まれた俺はなんて返したのか。
頷いたかもしれないし、「よろしく」と返事をしたかもしれないし、全く動けなかったのかもしれない。
肩に手を置かれ、びくりとしてしまう程度には呆けていたから思い出せない。

苗字さんてすごいね」
「勘右衛門…」

いつ天井から降りてきたのか、俺の横には勘右衛門と八左ヱ門がいた。
苗字は二人を見て素早く瞬くと「忘れてた」と嘆きながら顔を覆った。その耳が赤いのは照れているからだろうか。

……うん。俺も恥ずかしいかもしれない。

「よ、よう名前
「…………竹谷」
「言っとくけど聞いちまったのは不可抗力だぞ!?そっちが勝手に始めたんだからな!?」
「わかってるから言わないで…」

うんざりした顔で返す苗字に、八左ヱ門は乾いた笑いをこぼし、勘右衛門を引き連れてそのまま出て行こうとした。
――それじゃあこれで、お大事に。
お決まりの挨拶を口にしながら戸口に手をかけるのを、どこかぼうっとした頭で見ていた。

「あ、ちょっと待って!竹谷にお願いがあるんだけど」
「は…俺?兵助じゃなくて?」
「く、くちくんは今関係ないでしょ!…じゃなくて、影丸のことなんだけど」

なんだろう。
なんだかよくわからないけど、ああまできっぱり“関係ない”と言われると逆に気になる。
そんな俺を見透かしたように、勘右衛門がニヤリと笑って傍に来た。

「あの二人仲いいんだね」
「そうだな」
「あれ、知ってたの?」

その問いには頷いて返す。
苗字は八左ヱ門に飼い犬のさんぽをお願いしているようだった。

「――裏山の方に放せば満足したら勝手に帰ってくるから」
「…それ大丈夫なのか?裏山って体育委員会が活動してるだろ。塹壕掘ったりさ」
「平気。あの子そういうの見つけるの上手だから」
「体育委員を襲ったり」
「影丸はそんなことしません」

苗字の飼い犬――影丸は八左ヱ門がライバル視している犬だ。生物委員会で飼育している忍犬よりも優秀らしく、しつけの指針にしているらしい。
ときどき思い出したように「名前が飼ってる犬が」と報告してくるから覚えてしまった。
これが刷り込みでなくてなんなのか。

「……け、兵助。ちょっと!」
「ん?なんだ?」
「急にぼけーっとして…苗字さんと八のこと教えてくれると思ったのに」
「…………犬つながり?」
「なにそれ」

思いついたまま言うと、勘右衛門は不満そうに眉を寄せて溜息をついた。

「――面倒。嫌」
「そう言わず!な?頼むよ名前!」
「い、や、で、す。割りに合わないし、竹谷にそんな義理もない」
(……苗字にも、ちゃんとくのたまっぽいところあるんだな)

両手を合わせて頭を下げる八左ヱ門に平坦な声で返すのを見て、思わずそう思った。くのたまは大体において忍たまに厳しい。
勘右衛門も同じことを考えたらしく、驚いた顔で苗字を見ている。

「なら兵助をつける!それでどうだ?」

――おい。
俺はなにも聞いてないぞ。友人を勝手に取引材料にするな。

「……八左ヱ門、」
「竹谷がそんな人だったなんて……」

俺が口を挟もうとしたとき、苗字は呆れた、と言いたげな溜息を吐き出した。

「竹谷は笑顔が魅力的で友情に篤い忍たまだってくの一教室で評判だったのに」
「え、マジで」
「まぁそれは置いといて」
「置くなよ!気になるだろ!?」

勘右衛門は感心したように「苗字さんは八の扱いうまいなぁ」と呟いた。
八左ヱ門は苗字に流れを持っていかれたまま頬を引きつらせている。

「竹谷の提案はすっごく魅力的だけど、それで引き受けたら今後も利用されそうだし“人権無視とはさすが作法委員だな”とか言われそうだし――作法っていうより“さすが立花仙蔵の後輩”っぽいのが嫌、そもそも久々知くんとは自分で仲良くなっていきたいから、やっぱりお断りします」

一息で言い切った苗字に、俺も八も勘右衛門も気圧されて何も言えなかった。
笑顔で「わかってくれた?」と首を傾げる苗字はくのたまそのものだったが、八左ヱ門は引き下がらない。

「――なら、どうすれば引き受けてくれるんだ?」
「…………逆に聞きたいんだけど、どうしてそうまでして私に頼むの?」

「ちょっといいか?」

「兵助、今忙しいんだ後にしてくれ」
「ふーん、勝手に利用しようとしたくせに俺は無関係なのか」
「ぐっ…、」
「おれも気になるし聞きたいなあ。さっきから何揉めてるの?」

俺と勘右衛門が割り込むと苗字は苦笑しながらも説明してくれた。

「私、今影丸――あ、影丸って私の犬なんだけどね。その子と犬笛の訓練してるの。竹谷は生物委員会で飼ってる犬も影丸と一緒に訓練してくれないかって言い出して……竹谷は竹谷でやればいいでしょって言ってるのに……」
「……まさか苗字の癖を覚えはじめてるとか」
「さすが兵助!その通りなんだよ、今からしつけ直すより名前が教えてるやつ覚えさせたほうが――」
「楽って?」
「そう!」

「…………竹谷」

「ばっ、勘右衛門!!」
「あはは、ごめんつい」
「ついじゃねーよ!」

八は『助けてくれ』と視線で訴えてくる。
助けるも何も苗字は今動けないんだから、何かを仕掛けられるってこともないと思うけど。
…まあ「あることないこと噂ばらまいちゃおうかな」と呟いているのを見ると時間差でやられそうではあるが。

俺は仕方ない、と息を吐いて苗字を呼んだ。

「…久々知くんの頼みでも聞かないからね」
「いや、頼みっていうか…苗字の言うように八が飼育小屋でしつけ直すとなると、影丸も多少そっちにつられるんじゃないか?」
「…………」
「それなら苗字が教えて学園の忍犬を自由に操れるようになったほうが――」

…って、あれ?
それはそれで危なくないか?

告げる途中で過ぎった考えに言葉を止めたけれど、「そっか」と呟いた苗字は考え込むように口元に手をあてて何度か頷いている。

「あの、苗字、ちょっ」
「それいいね!犬笛一つで……うん、いいよ竹谷。引き受けても」
「マジか!?」

苗字はにこにこしているし八も喜んでいるけれど…

「これで学園の忍犬は苗字さんの思い通りかー」

勘右衛門の呟きに、俺は乾いた笑いをこぼすしかなかった。

「で、代わりにだけど」
「やっぱあるのか……なんだよ」
「ご飯一緒に食べたい」
「…俺と?」
「一応、含むけど。主に久々知くんと!」
「…………お前さっきは自分で仲良くなりたいとか言っといてそれかよ」
「利用できるものは何でも利用するのが忍です」
「なんか納得いかねぇ!」
「条件呑むの呑まないの、どっち?」
「まぁそんくらいなら…席順とか文句言わないか?」
「! 言わない、ありがとう!」

二人に一つ言いたい。
そういう内緒話は本人に聞こえないところでやってくれ。

「――ねえ兵助」
「ん」
「あの二人、あれでこっそりのつもりなのかな。筒抜けなんだけど」

俺と同じく二人へ視線を向けたまま心持ち小さい声で勘右衛門が笑う。こっちに振るな。
顔赤いね、と続いた言葉は俺へなのか、それとも苗字へ向けたものなのか。はっきり知りたくなくて、それ以上追求するのは止めておいた。

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