あなたじゃなきゃ嫌なんです(4)
※鉢屋視点
口実とは言え、半ば押し付けられた仕事をこなしがてら必死に名前の姿を捜した。
広範囲を見渡せるところに登ってみたり通りすがりの忍たまに行方を聞いてみたり――人違いで無駄足を踏み、見つからない焦りと、微かに感じた“嫌な予感”に苛立っていたのは確かだ。
ようやく見つけたと思ったら名前は私のクラスメイトに抱きしめられていて、何の茶番を見せられているのかと笑いたい気分になった。
私からは名前の背中が見えていたが、一向に抵抗する気配がない。
いつものお前なら暴れてわめいて攻撃手段の一つや二つ出すだろうに。
――女の子って弱ってるときに優しくされると脆いよね。
脳裏に浮かぶ勘右衛門の言葉に顔が引きつる。
苛立ったまま二人の間に割って入ろうとしたが、同時に級友が名前から離れながら笑顔で何かを言っていた。
読み取れた内容と気障な行動、相変わらず何も言わない名前にますます私の不満は溜まっていく。
だからといって、それを名前にぶつけていいわけがなかったのに――
「お前も案外まんざらでもないんじゃないか」
膝を抱えて嗚咽を漏らす名前を前にして、よくも言えたものだと他人事のように思う。
名前を手放したくないくせに、これでは突き飛ばしているも同然だ。
今すぐ冗談だと、悪かったと謝って名前を抱きしめるべきだと思いながら――口は止まらない。
「仲良さそうに抱き合って、逢引の約束でもしたのか?」
――我に返ったときにはもう遅い。もう音にして…言葉にして、吐き出してしまった。
見ていたのだから一方的だったのは知っていたのに。
良くも悪くも一直線な名前が、間違ってもそんな約束などしないことも。
息をのむ気配。泣きだすのを堪えるように小さく声を漏らす名前の動きを耳だけで捉える。
ごめん、とその一言を口にするだけで多少なりとも状況は変わるだろう。
先延ばしにすればするほど言いにくくなることは経験則から知っているじゃないか。
三郎、と今にも泣きだしそうに震える声が私を呼ぶ。
微かに肩が反応して視線を動かすものの、私の目には地面と足元しか映っていなかった。
「……私のこと、好き?」
反論でも、恨み事でもなく……質問。
どうして今更そんなことを聞くんだ。
何かを試されているのか、それともあいつに何か吹き込まれたのか――質問の意図を探りながら、悲しみに満ちた声で重ねられた問いかけを耳に入れた。
内容は耳に入っているが、それを確認される意味がわからない。
無言で立ち上がる名前にはっとして、ようやくまともに名前を捉える。木の幹に手をついて身体を反転させる名前はふらついていて危なっかしい。
「名前、」
ふらりと揺らぐ華奢な身体は呼び掛けに振り返る素振りすらしない。
「おい名前、勘違いって…どういう……」
焦りを覚えてさらに呼びかけながら追いつくと、触れる直前でかわされた。
倒れるんじゃないかと危惧するほど不安定だったくせに、その動きはやけに俊敏で名前が私を拒絶したことがはっきりとわかってしまった。
初めてのことに柄にもなく戸惑って、名前を凝視する。名前は俯いたまま私から距離をとり、小さく唇を動かした。
“ごめんなさい”
声は音にならず、代わりに滴が地面を濡らす。
名前に触れかけていた手をぐっと握りしめ、離れていく背中を見送った。
名前が謝る必要なんてない。
謝るべきは――嫉妬して苛立ちをぶつけて、名前を慰めるどころか傷つける私だろう?
「――ハッ、最低だな私は……」
自嘲気味に独りごちて、ジャリ、と土を踏む。
またもや躊躇いそうになった思考を押さえこみ、足を踏み出した。
ふらついていた名前はいつも以上に足が遅く、追いつくのはたやすかった。
校舎の壁に手をついて、すぐにでも座り込みそうな名前に勢いのままぶつかる。
前のめりになりながら名前の腹に腕を回し、力を込めたところでようやく悲鳴が聞こえた。
「…鈍いなお前は」
名前を抱えたまま壁に背中をつけて寄りかかる。
弱々しい力で抵抗していた名前はびくりと震えると、私の腕を外そうとしながら足をバタつかせた。
「――ごめん」
名前がまた大きく震えて、動きを止める。
振り返りそうな気配を見せる名前の邪魔をするように、華奢な肩に顔を伏せた。
「さぶろ…」
「…お前が、名前が何を思ってあんなことを聞いてきたのかは知らないが、私は……」
答えてやろうと決めたはいいが、言いにくくて舌がもつれる。
徐々に上がっていく体温を誤魔化すべく名前を抱える腕に力を入れて、より強く顔を押し付けた。
「……私は、好きでもないやつに…こんな風に触れたりしない。前にも言ったろう」
「っ、」
息をのみ、声を詰まらせる名前が小さく首を振る。
ない、と微かに聞こえた言葉は半分消えていたが、言われてない、だと推測した。
だとしても、今言ったんだからもうどっちでもいいじゃないか。
わた恋
2063文字 / 2012.05.24up
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