作法委員の暴走(6)
久々知くんに背負われたまま、無事穴から脱出。
降ろしてもらった後、私の手はおもしろいくらい震えていた。
我慢してた分が一気にきたらしい。
「だ、大丈夫か?」
「うん、平気。どうもありがとう」
「よし。じゃあ次は医務室だな」
「えええええ!?」
「ちゃんと見てもらったほうがいい、心配しなくても連れて行くから」
(心配じゃなくて…)
これ以上一緒にいたらドキドキしすぎて心臓が持ちそうにありません、なんて恥ずかしくて言えない。
久々知くんは背負うのと肩を貸すのと抱き上げるのどれがいい、と聞いてくれたけど(なんでそんなにあっさり)どれも難易度が高すぎます。密着度がおかしいです。
どうしようかと逡巡していたら、いきなりひょいっと担ぎ上げられて(俵持ちっていうんだろうか、これ)、頭上にあったはずの久々知くんの顔が消えた。
「なななな!?」
混乱しながら身体が浮いた原因を見ると、松葉色の忍装束にちょっとツンツン気味の長い髪。
この人は確か体育委員会委員長の――
「七松先輩どうしたんですか?」
「久々知、こいつもらってくな!」
「は?」
「仙蔵がな、この辺にいる“苗字名前”って名前のくのたま連れて来いっていうから回収にきた。お前が苗字名前でいいんだよな?」
「は、え、はい、そうですけど…って、降ろしてください!!」
「うん、合ってた!じゃあな久々知」
「あ、ちょっと待ってください七松先輩!苗字は足を怪我してて」
「足?どっちだ?」
「イッ!!?」
――不意打ちすぎる!
突然足つかむのは失礼です、乱暴です、折れてたらどうすんですか、などなど…言いたい文句はあるのに痛さのあまり声が出なかった。
思わず爪を立ててしまったのも仕方ない。
「すまんすまん、痛かったか」
「~~~~ッッ」
「ははっ、お前猫みたいだなー」
「な、にが、ですか…!!ちょっと!降ろしてください!」
「それはだめだ!わたしが仙蔵に怒られる」
(立花先輩…!)
どこまで用意周到なのかあの人は。
自分で動かないところも立花先輩らしすぎて嫌だ。
私の足が動かないように固定する形で持った七松先輩(降ろす気は微塵もないらしい)は、そのまま近くの屋根の上に跳んだ。
――何この人怖い!
人一人持ち上げたままこの跳躍力ってどういうこと?
「く、久々知くん!」
「えーと、医務室はこっちだな!」
私の話を全然聞いてくれないこの人は、久々知くんへの別れの挨拶すらさせてくれない。
今度は屋根の上から急降下。
下に居た久々知くんには、段々小さくなる私の悲鳴が聞こえていただろう。
どうせならもっと可愛らしい悲鳴を上げたかった……
繰り返される急上昇と急降下に足の痛みよりも酔いが来る。
くらくらする視界が定まったときには、目の前にふんわり笑顔の善法寺先輩が居た。
「大丈夫かい?」
「はい……ありがとうございます。あの、七松先輩は」
「小平太なら仙蔵のところ。何か用事?」
「連れてきてもらったお礼を言い忘れました」
「名前は相変わらず律義だね」
くす、と優しく笑って、先輩は足を見せるように言った。
そういえば足袋を脱いで患部をみるのは私も初めてだ。
「……思ったより――」
「大分時間が経ってるみたいだね」
善法寺先輩は私の言葉を意図的に遮ったようだった。
――どうしてもっと早くこないの?
さっきとは雰囲気が変わった笑顔と、言の葉よりも顕著に伝わってくる視線でそう言われている…気がする。
立花先輩と性格はまるっきり違うのに、この笑顔には似たものを感じた。
「し、仕方なかったんです、私の人生がかかった一世一代の――いぎゃっ!!いった!痛、痛いです!善法寺先輩!」
床をばんばん叩いて騒ぐ私に「はいはい、いたいのいたいのとんでけ~」とおざなりに言いながら、容赦なく治療を進めていく善法寺先輩。
私にとっては珍しく、彼は立花先輩と同じくらい(もしくはそれ以上)接点がある忍たまだ。
それだけ私が頻繁に医務室に通っているということなんだけど。
「常連にはもっと優しくしてくれてもいいじゃないですか!」
「逆だよ名前。常連には厳しいんだ保健委員は」
「善法寺先輩以外は優しくしてくれるのに……」
「そりゃあ、お前は彼らからしたら先輩だからね…………はい、終わり。明後日まではここで安静にして、明々後日から七日間は無理をしないこと、身体を動かすような実習は休むこと」
医務室の主をしているときの善法寺先輩には逆らわないほうが吉だ。
私は素直に頷いて、用意された布団で過ごすことになった。
「……善法寺先輩」
「ん?」
「新野先生は」
「今は外出されてるけど、夜には戻ってくるっておっしゃってたかな」
「癒し要員はいないんですか?」
「残念、もう委員会は終わっちゃったからね。僕しかいません」
「……お腹すきました、ご飯食べたいです」
先輩がゴリゴリと薬を調合する音を聞きながら今の希望を口にすると、どこか楽しそうな笑い声が返ってきた。
なんですかと問えば、笑みを深めた善法寺先輩と目が合う。
「今日は随分口数が多いから。寂しいの?」
「ち、違いますよ!」
「そう?ご飯はもう少し待ってればくるよ……ほら来た」
そんなタイミングよく、と言おうとしたら本当に医務室の戸が開いた。
気配が全然しなかったからわからなかった。
(…善法寺先輩ってなんだかんだで六年生なんだなぁ)
若干失礼なことを思いながら開いた戸口の方へ目を向ける。
出来立ての定食を手に入ってきたのは立花先輩だった。
「ほら名前、ご飯だぞ」
「…………ありがとうございます」
「いらんのか」
「欲しいです、いただきます!」
なんとなく餌付けされているような微妙な気分になってしまったけれど、膳に乗っているのはちゃんと食堂のおばちゃんのご飯だ。
いただきます、と手を合わせて食事を進めるものの、見られていては落ち着かない。
「…立花先輩、食べづらいんですが」
「気にするな。伊作、どうだった?」
「骨にも異常はないみたいだし、無茶しなければ完治まで十日ってところかな」
立花先輩は「そうか」と言いながら、食事中の私の頭を軽くなでた。
だから落ち着かないのでやめて欲しいんですが。
普段からは考えられない行動をされると不安になる。
「…立花先輩、悪い物でも食べたんですか?」
私の言葉に善法寺先輩が吹き出し、立花先輩は頬をピクリと引きつらせた。やばい。
「……お前は冷たくされるほうが好きらしいな」
「ははははは、まさかそんな。優しい立花先輩はらしくないので心配しただけです」
「そうか、心配をかけてすまなかったな。治ったら楽しみにしておけ」
全力で遠慮したい。
これ以上余計なことを言わないようにと食事に集中していると、立花先輩はわざとらしく「そういえば」と切り出した。
「久々知が私のところへ来たぞ」
「ああ、塹壕へ突き落としたことに関してですか?」
「いや、小平太の居場所を聞かれた」
「へぇ…珍しいですね。久々知くんと七松先輩ってあまり接点無さそうですし」
「………………伊作、どう思う?」
「うーん、久々知が少し気の毒…かな」
「同意見だ」
「なんなんですか二人して」
呆れ顔の二人を軽く睨むと立花先輩は指を三本立てて私の目の前に突き出した。
言いたい事が三つあるらしい。
つい寄り目になってしまい、少し身体を後ろに引く。
「まず一つ、好いた相手の行動ならもっと気にしろ。二つ、久々知が気にしていたのは小平太じゃない。ちなみに小平太が裏裏山にいると聞いた久々知は慌ててそっちへ向かった。三つ、お前告白の返事は気にならないのか?」
一つ目はごもっともです、と少し反省し、二つ目をしっかり考える間もなく三つ目を聞いて思考がショートした。
「な、なん…!!」
「なぜ私がそれを知っているか?聞いていたからだ。私が計画したことを最後まで見届けるのは当然だろう?まぁ、お前が落ちて怪我をした段階で誤差が生じた上にあの場で告白……しかも、あんな……くくっ」
「た、立花先輩、盗み聞きなんて悪趣味です!!……まさか、七松先輩があんなにタイミングよく来たのも」
「無論見ていたからだが?」
それがどうかしたのか?
みたいな顔しないでください!
「仙蔵、あまり名前を興奮させないでくれ。明後日までは安静なんだから」
「ああ。おもしろくてついな。まぁもうしばらくすれば久々知もここに来るだろうし、私は退室しようか。見舞い代わりに明日まで作法の連中も来ないよう言ってきてやろう」
「あ、僕も行くよ。名前、もう下げてもいいかい?これ飲んでね、痛み止めだから」
「は、はい、ごちそうさまでした。ありがとうございます」
近いうちにしんべヱと喜三太に力を借りようと計画していたのに、思いがけず協力的な立花先輩の言葉で思考が鈍る。
機械的に善法寺先輩に膳を渡して礼を言うと、あっというまに医務室は静かになってしまった。
(…久々知くんが来るかもって立花先輩は言ったけど)
これについては冗談半分に聞いておこうと思う。
一方的に迷惑をかけただけでそんな義理もないだろうし。
もちろん、来てくれたら嬉しいけど、期待しすぎてガッカリするのも嫌だ。
やることもないので、善法寺先輩にもらった薬を飲んで横になる。
勉強道具か書物でもあれば暇つぶしになるのに、それができないせいで今日のことを何度も思い出しては苦悶するはめになった。
告白とか。おんぶとか。
あの告白、やり直しできないだろうか。そもそも真面目にとってもらえたんだろうか。
(悪戯って…思われるのだけは、嫌だなぁ)
――“私”を認識してもらうという目標は知らないうちに達成できていたから、次は接点を持ちたい。
とはいえ委員会は違うし、合同授業がない限り授業中にあれこれというのも難しい。
忍たま長屋に…というのも…もう少し仲良くなってからがいいと思う。となれば、食堂だろうか。
(食事に誘ったら受けてくれるかな…)
段々と迫ってくる眠気に抗いきれず、私はそこで意識を手放した。
全てはここからの段
4177文字 / 2010.09.08up
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