カラクリピエロ

作法委員の暴走(5)



「うん?悪い、ちょっとよく聞こえなかった…待ってろ、今」
「だ、だめ!!」
「あ?」

逆光になってわかりづらいけれど、久々知くんが何度か瞬いたのがわかった。

「今こっち来ちゃだめ!く、久々知くんは離れ――ぎゃっ、立花先輩!」
「まったく、とんだ間抜けだな名前

気配を消して近づいていたらしい立花先輩はこちらを見下ろしながらそう言うと、容赦なく久々知くんを穴に突き落とした。

「う、わ!?」
「久々知くん!ちょっと、立花先輩!」
「さ、私の役目は終わりだ。名前、お前は久々知に助けてもらえ。すまんな久々知。私の後輩を宜しく頼む」
「は……え、立花先輩?」

呆然とする私と久々知くんを置いて先輩が消える。

――ああ頭が痛い。

とりあえず、ずりずりと久々知くんの前に移動して頭を深く下げた。

「巻き込んでしまってほんっとうにごめんなさい。怪我してない?」
「俺は大丈夫だけど…そっちは立てないんだよな?捻挫か?」
「うん、たぶん。久々知くんが出た後で誰か呼んできてくれると嬉しい。あの、出る道具ならこれ使って」
「それは構わないけど…なんで俺まで落とされたんだろう」
「えー…と、それは話すと長いんだけど……簡単に言うと、私があなたを好きだから?」

ぴたっと音を立てて時間が止まったみたいだった。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す久々知くん。

(やっぱりまつ毛長いなぁ)

――なんてのんきに考えていた私はいい具合に現実逃避をしていたんだろう。


「…………おれ?」


久々知くんの声で、一気に現実に引き戻された。
ザッと血の気が引いていく。

「――ッ!!ちょ、待っ、今のなし!違うの、いや、違わないんだけど、あの、私、好きです!」

(あああああああ!私は何を…!)

こんなはずじゃなかったのに、最悪だ。泣きたい。
言葉にならない音を発して、足を引きずりながら穴の隅っこに寄る。
そのまま膝を抱えて丸くなった。

もう久々知くんをまともに見られない、恥ずかしすぎる。
私の理想では私のことを知ってもらって少しずつ仲良くなってから告白するはずだったのに、最初と途中の段階を思いっきりすっ飛ばしてしまった。

久々知くんが戸惑っているのがよくわかる。
だって見知らぬ相手に告白されて、それが くのたま だなんて不審でしかない。

「…えっと…苗字、とりあえずここから出ないか?足怪我してるんだし、放置してたらよくない」

どく、と心臓が大きく鳴った。なにこれ。
丸めていた身体も起こして、まともに見られないはずの久々知くんを凝視してしまった。

(久々知くんに呼ばれただけでこれって、私大丈夫?…と、いうか…)
「俺が先に出て鈎梯子でもとってくるから、」
「私の、名前……知っててくれたんだ……」
「え?いや、それは…くのたまって上級生の人数少ないしな」

そうか、合同実習を重ねるうちに自然と覚える場合もあるのか。
なんて幸運。
…いや、幸運とはまた違うんだろうか…嬉しいからもうなんでもいい!

広げたまま放置されていた道具を使って、久々知くんはあっさり穴から出て行った――かと思ったらすぐに梯子が降りてくる。
続いて音も立てずに穴の中に戻ってきた久々知くんに驚いた。

「ず、随分早いね?」
「…すぐ傍に置いてあった」
(…………まさか、立花先輩?)

そこまでするならさっさと助けて欲しかったんですけど。
これが用意されてたということは、久々知くんを落とした後戻って来てたんだろうか。
あの告白をうっかり聞かれていたらと思わないでもなかったけれど、パニックを起こしそうなので今は考えないことにした。

「ところで、久々知くんはなんでまた降りてきたの?」
「……なんでって……ほら、」
「………………え」

私の前にしゃがんで背中を向けてくる久々知くん。
ま、まさか、この体制はおんぶですか?

「い、いやいやいやいや!梯子かけてもらったし、自分で」
「いいから。捻挫は悪化させたらしばらく動けなくなるぞ」

こうして久々知くんが助けてくれるのはものすごく嬉しい。動けなくなるのも嫌だし。
でも恥ずかしい!だっておんぶって!

苗字

――そうやって呼ぶのは卑怯だと思う。

「お、重いとか、思ってもいいけど言わないでね」
「言わないから」
「う、失礼しま…す」
「…あ、上着使えばよかったな…」

そんなことされたら私は死ぬ。
大丈夫です、落ちないようにしますから、とちゃんと伝えられただろうか。
近すぎる距離に緊張して上手く呼吸ができない。

(落ち着け私……心臓うるさすぎ)

常にないほどどっくんどっくん鳴るもんだから、久々知くんに伝わってるんじゃないかと気が気でない。
久々知くんの背中は案外広くてあったかいとか、思ってたより筋肉質だとか、ふわふわの髪の毛は気持ち良いとか……緊張とは別の場所で考えている自分もいて、余裕があるのかないのかわからなくなる。

(とりあえず、久々知くんが登ることに集中してくれてて助かった…)

こんな状態で話しかけられでもしたら、うっかり手を離してしまいそうだった。

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