カラクリピエロ

怪談をしようとする五ろに巻き込まれる話

※久々知視点




太陽が中天を過ぎるころ、三郎から「話がある」と妙に真剣な面持ちで告げられた。
わざわざ部屋に呼び出すなんて、さぞかし真面目な話をするんだろうと思ってこちらも真剣に頷いたのに――指定の時間に部屋を訪れてみれば、蝋燭を燭台にセットしている三郎と書物をあさっている雷蔵と、それから黒くて大きな布を壁に貼り付けている八左ヱ門がいた。

「……なんの儀式だこれは」
「見ての通り、怪談の準備だが?」
「やー、おまたせー!名前連れてきたよ!」

場違いなほどに明るい声で勘右衛門が入ってくる。勢いが付き過ぎたのか引き戸がぴしゃりと音を立て、一緒にいた名前が驚いて小さく声を上げた。
彼女は望んでここへ来たわけではないのだろう。所在なげに廊下や外へと視線を彷徨わせ、明らかに帰りたがる気配を見せている。

名前

あわよくば自分も一緒に帰らせてもらおうと思いながら、近づいて声をかける。
すると、名前は目が合った途端ぱちりと瞬きをして嬉しそうに笑うものだから、咄嗟にその先が言葉にできなかった。

「久々知くんここにいたんだ」
「ああ。もしかして捜してた?」
「……特に、用事はないんだけど…その…うん」

名前は自分の手のひらを合わせたり指先を絡ませたりしながら、恥ずかしそうに俯いてしまう。
ふいに彼女をこの場から連れ出してしまいたいという欲求が湧いて、無意識のうちに手に触れた。びくんと大きく震えた名前が素早く瞬くのを見つめながら、自分よりも一回り小さな手のひらを握る。

「おいお前ら、そこどいてくれ」
「っ、あの、わ…私、今日は帰る!!」

相変わらず壁に張り付いていた八左ヱ門が入口の方まで布を持ってくる。しっし、と追い払われた拍子に名前の手を逃がしてしまい、彼女はそのままくるりと身を翻した。

「残念だが退室はできないぞ名前。どうしても出ていきたかったら、怪談を聞くか話すかどっちか選べ」

いつからそこにいたのか、出入口を塞ぐように立つ三郎が片手で戸口を押さえている。
傍からみたら名前がガラの悪い男に絡まれている図にしか見えない。外見は(一応)雷蔵なのに、こうもあくどい雰囲気を漂わせられるのはある意味すごいと思う。

「今、怪談…って、言った?」
「雷蔵が面白い本を見つけてきてな。どうせだから百物語の真似ごとでもしようってことになったんだ。今日なんて生ぬるい空気がまさにおあつらえむきだろう?」

三郎の話を聞いて固まったように動かなくなった名前を見てハッとする。
彼女はこういう類が苦手だとこの前話してもらったばかりだ。
なにも答えない名前と、ニヤリ笑いを引っ込めて彼女を訝しげに見おろす三郎の間に割り込む。名前を自分の後ろへ追いやりながらさりげなく様子を観察した――顔が蒼い。早く帰してやった方がよさそうだ。

「三郎、名前は勘弁してやってくれ」
「……………ふーん。まあ、こういうものを無理強いするのもな…兵助、お前は戻ってこいよ」
「……わかった」

面倒くさいという気持ちが滲みでてしまったけど、とりあえずは了承しておく。
引き戸から手を離し、後ろ頭を掻く三郎を見れば自然と雷蔵たちも視界に入った。
彼らは見つけてきたという本に夢中なのか、それを広げて意見を交換しているようだ。

「大丈夫か?」
「……うん、ありがとう」

苦笑混じりの彼女から、うっすらと自己嫌悪を読み取る。
単なるお遊びで嫌な気分になることはない。そう思いながら、そっと名前の頭を撫でた。
やんわりと、嬉しそうに目元を綻ばせるのを見るとドキッとする。薄く色づく頬に触れたくなるのをぐっと堪えて、名前を出口へ促すと戸を引いた――つもりだった。
指をひっかけて力を入れて横へ引く。そのいつもの動作ができない。力を込めればガタンと戸板が揺れるのに、それは横というより縦というか前後へ僅かに動くだけで、ぴったりと接着されてしまったかのように開かなかった。

「…三郎、開かないぞ。変な悪戯するなよ」
「言いがかりはよせ兵助。私は戸口にはなにも仕掛けてない」

形だけムッとしてみせる三郎が俺を押しのけて戸口に手をかける。
指先に力が入るのがわかったが、やはり戸板はガタガタと音を立てて揺れるだけだった。

「……開かないな」
「お前じゃないなら誰が仕掛けたんだ?」
「さて。雷蔵、後でちゃんと直すから勘弁な」
「は?」

三郎の言葉に雷蔵が顔を上げた瞬間、三郎が利き足を引く。
咄嗟の判断で名前を自分の方へ寄せて一緒に後ずさったと同時に、三郎は戸板に蹴りを叩きこんだ。

「ひゃ!?」
「ちょっ、ちょっとなにやってんの三郎!」

派手に響いた破裂音に、名前がびくりと震えて縮こまる。反射的に抱きしめた身体の柔らかさに動揺しながら、すがるように俺の装束をぎゅっと掴んでいる名前を見降ろした。
名前はぎこちなく息を吐き出して、僅かに俺の方へ重心を傾けてくる。それがどこか怯えているように見えたから、安心させたくて腕の力を強めた。

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