カラクリピエロ

ライフライン:テレフォン

■テレフォン1//尾浜とin居酒屋


「じゃあ~、罰ゲームとして名前に電話すること!」

尾浜は持っていたグラスをテーブルに叩きつけるように置くと、自分のスマホを取り出した。
にこにこ笑って「ほい」と俺に押し付けてくるが、まずその“名前”ってのはどこのどなたですか。
金曜の夜、夕飯時に見知らぬ相手に電話なんて受けとる側も困ると思うんだが。

「だいじょーぶ、名前だから」

ろれつのあやしい口調で、へらりと笑う尾浜のそれは理由になってない。あれよと言う間に履歴から通話ボタンをタップされ、プップップッと呼び出す準備が進んでいた。
俺も酔っていたんだろう、放置はまずいなと(切ればよかったのに)思って尾浜のスマホを耳に当てる。

『――はい、もしもし』
「あ、えーと、名前、さん?」
『どうしたの勘右衛門、今日飲み会って言ってたよね?迎えに来てほしいとか?』

くすくす、耳に届く笑い声がくすぐったいながらも妙に心地良い。冗談混じりに先を促す調子が優しくて、尾浜との親しさを感じさせた。
尾浜のやつ、彼女に電話させるってどういうことだ。睨むように見てやれば、尾浜はにやりと意地の悪い笑みを浮かべて俺の反応をうかがっている。
受話器の向こうでは“名前さん”とやらが『もしもし?』と応答のなくなった俺に呼びかけてきた。

「あ、すんません。俺は尾浜じゃなくてですね」
『え?ごめん、ちょっと待っ…』
『勘右衛門、酒飲んでるときは名前にかけてくるなって言っただろ』

声が遠ざかったと思ったら急に低い声に変わる。
電話越しだというのに、冷たさを読み取って背筋がぶるりと震えた。ぶっちゃけ意味が分からない。誰だあんたは。

『おい、聞いてるのか?』
「や、その、すんません!」

理不尽に思いながらもつい謝ってしまう。条件反射のようにぺこぺこ頭を下げる俺を見て、尾浜は腹を抱えて爆笑していた。

『…………勘右衛門に変わってくれないか』
「あ、はい」

すぐに俺が本人じゃないと気付いたらしい通話相手が呆れをにじませる。
スマホをさっさと尾浜に押し付けると、まだ笑いがおさまってない尾浜はそれをテーブルに置いて、通話をスピーカーに切り替えた。

「兵助ー、名前の電話横取りすんのやめろよ」
『じゃあかけてくるな』
名前そこにいるんだろ?代わって」
『…………』
「兵助も聞いてていいからさ」

返ってきた無言に(あきらかに渋ってる)相変わらず浮かれた感じのまま言う尾浜。若干酔いがさめてきていた俺は、尾浜の言葉で電話の向こうにいる二人こそが恋人同士なんだと確信した。
……週末、夜、恋人同士のとこに電話させるって、こいつ割と真剣にひどいな。

『……名前。うん……けど変なこと言われたらすぐ切れよ』
「変なことってなんだろうね」
「下ネタとかエロトーク?」
「うーわ、お前女の子にそういうの言っちゃうんだ」
「尾浜が聞いてきたんだろ!?」

けらけら笑いだしながら、酒を煽る尾浜につられて自分もグラスを傾ける。
つながったままの電話からはガサガサ音がしてて、話し相手が交代する気配がした。





■テレフォン2//久々知とin大学

講義も終わり、疲れたなーと隣に呼びかけながら肩を鳴らす。
ノートを取り終えたらしい久々知に、一緒に昼飯をどうかと誘ってみたら豆腐が食べたい、とさりげなく言われた。
知り合ってそんなに経っていないにもかかわらず、こいつの豆腐への執着は並々ならぬものがあると身をもって実感している次第である。

――ガガガガガッ

「うおぉ!?」
「あ、悪い俺のだ」

机上に置かれたスマホが勢いよく振動して大きな音を鳴らす。
マナーモード設定なのに全く意味をなしてないな、と思っていたら、出てもいいかを聞かれたので笑って頷いた。久々知はけっこう気配り屋らしい。

「もしもし――うん、今終わった。……よくわかったな」

ぞわ、と腕に鳥肌が。
なに?なんなのその甘ったるい声。お前そんなキャラだったの?顔めっちゃ崩れてるんだけど。
個人的に、久々知は真面目で冷静、淡白、マイペースなんてイメージを持ってたもんだから思わず観察してしまう。電話相手は女とみた。

それはそうと、チラっとこっちを見て「一人追加で」とか言ってるのはどういうわけだ。

「…………やきもち?」

ぞわりと、またもや鳥肌が。
くす、と微かに笑ったかと思えばなにやら甘ったるさが増した……つーか、ここ教室だし俺もいるんですけど!なんで居た堪れない気分にならなきゃなんねーの!!
さすがに自重しろと声をかけようとした瞬間、久々知は声を詰まらせて頭を抱えるようにしながら俯いてしまった。

「…久々知?」
「友達だよ…男。うん、すぐ行くから待ってて」

腕の間から見える顔が赤い。
通話を終えたらしい久々知は前髪をくしゃりと掴み、長々と溜め息をついた。

「…………名前が可愛すぎて困る」
「おい、俺の心配返せ」
「? ごめん」
「なんなのお前天然なの!?」
「それよく言われるんだよな」

解せぬ、と言いたげに眉根を寄せた久々知は教材を手早く片付けると、カバン片手に「行くぞ」と俺を促した。

「は?どこへ、ってか何?話しについていけてないんですけど」
「昼、食べに行くんだろ?席は取っておいてもらってるから大丈夫だ」
「いやいやいやいや、説明足りてねぇから!」
「あー……面倒だな。行けば分かる」
「そこ放棄しちゃだめだろ!さっきの電話誰だよ、彼女?」
「うん」
「やっぱりかちくしょう爆発しろ!!」
「え、いきなりどうしたんだ」

目を丸くしてたじろぐ久々知を見返して、やさぐれた気分で追いかける。
こころなしか早足の久々知についていきながら、もしかしてデートに乱入する流れになっているんじゃないかと気づいた時にはもう遅く、兵助くん、と呼びながら手を振る女の子が視界に入っていた。

「講義お疲れ様」
「今日はもう先に帰ったかと思った」

――――おい。おい、ちょっと待て久々知。
すいっと近づいたかと思ったらさりげなく頭にキス…ってそれ外でやることじゃねーだろ!!
カノジョは気づいてないのか「兵助くんにお土産」とかなんとかいいながら豆乳のパックを取りだしてニコニコしてた。



※実は雷蔵もいる

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