※久々知視点
委員会の活動時間も終わり、焔硝蔵から外に出ると、先に帰したはずの三郎次と伊助が額をつき合わせるようにしてしゃがみこんでいた。
どうしたのかと声をかけるより早く、「あ」と声が重なり二人の間から小さな影が飛び出てくる。
反射的に焔硝蔵の中に入ってしまわないように身構えたものの、小さな影――猫は俺の足元で止まり、身体を擦り寄せて短く鳴いた。
「わ、可愛いねー。兵助くんの飼ってる猫?」
「……いえ、初めて見ます」
懐かれるような覚えもなく、内心戸惑っているとタカ丸さんがしゃがんで猫に手を伸ばした。
途端、毛を逆立てて飛びのきつつタカ丸さんから隠れるように移動する。俺の足元からは離れないせいで、下手をしたら踏んでしまいそうなのが怖い。
「二人は知らないか?」
三郎次と伊助は一度顔を見合わせたあと首を振り、この猫が焔硝蔵の前をウロウロしていたと教えてくれた。
「…僕たち、久々知先輩の猫だと思ってました。なんだか待ってるみたいでしたし、今も――」
ちらりと視線を下げる三郎次につられて足元を見れば、ぴたりと俺にくっついたままの猫が返事をするようにニャアと鳴いた。
行動を見るとそう思われても仕方ない気もするが、本当に覚えがない。
友人の誰かじゃないかとタカ丸さんに聞かれたけれど、そっちにも心当たりはない……のに、こっちを見上げて訴えるように鳴くから、とても放っていく気にはなれなかった。
「――とりあえず、周りに聞いてみます」
「うん、そうしてあげて!」
わかりやすくホッとする伊助と、僅かに表情をゆるめながら猫に目をやる三郎次につい笑いが漏れる。
焔硝蔵の鍵はタカ丸さんが戻してくれると言って(なかば奪うように)持っていってくれたので、ひとまず移動することにした。
「……そんなに近くにいると危ないぞ」
足元に近すぎると思いながら速度を落とすと、またニャアと一声鳴かれた。
俺には動物の言葉がわかるなんて能力はないから、何を言われたのかわからない。だけど少し離れてくれたから“わかった”とか、そんなところだろうか。
「随分珍しいのを連れてるな、兵助」
「三郎。ちょうどよかった、こいつに見覚えないか?」
「どれ」
言うなり首根っこを掴んで持ち上げる三郎に、猫は今までで一番大きな声で鳴いて三郎の顔を引っ掻くという行動に出た。
雷蔵を模した顔と一緒に猫が落ち、落ちた顔に向かって一気に毛を逆立てる。
…まぁ、不気味だよな。顔だけが地面に落ちてるのは。
「私はこんな乱暴なやつ知らん!」
「…………今のはお前が悪いと思う。それより名前を捜してるんだけど、知らないか」
ニャー、と足元から声が上がる。
つられて視線をやれば、また俺の足に身体を擦りつけ何度も鳴かれて戸惑ってしまった。
「どうしたんだ、いきなり」
「発情期なんじゃないか」
「そうなのか?」
つい問うように猫を見て、思いきり威嚇された。どうやら違うらしい。
「…こいつ、頭いいのかな」
「は?」
「いや、さっきから話が通じてる気がしてさ」
「誰かの飼い猫…にしては、異常なほどお前に懐いてるな」
頷いて返しながら、鳴くのをやめた猫を見下ろす。
ニィ、と弱まった鳴き声は妙に自分を不安にさせて落ち着かない。
「兵助、ちび名前にしないか」
「……いきなりなんの話だ」
「そいつの名前に決まっているだろう、どうだ」
どうだもなにもない。
勝手に名前をつけるのはどうかと思ったのに、俺が返事をする前に猫が何度も鳴く。
「そっちは気に入ったみたいだぞ」
「…………そりゃ、名前はいい名前だからな」
猫になった日-彼女の場合-
豆腐部屋
1558文字 / 2013.02.22up
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