※不破視点
僕の背中に寄りかかり、退屈そうに本を読んでいた名前が小さくあくびを漏らす。
それを耳にして一度筆を止めると、唐突に「あ」と呟いてくすくす笑いだした。
「ねえ雷蔵」
「ん?」
「好き」
びくりと勝手に身体が震え、書いたばかりの文字がつぶれる。
書き直そうにも心臓がうるさくて筆の先が定まらない。このままだと確実に歪むだろう。
いきなりどうしたのかと大きく息を吐き出しながら呼びかける。
なのに名前は僕の問いには答えてくれず、落ち着く時間さえくれなかった。
さらに体重をかけ、頭を擦りつけるようにしてもう一度同じ言葉を繰り返す。
囁くように、さっきよりも甘ったるく聞こえた“好き”に、一瞬呼吸が止まった。
全然治まらない心音と彼女の微かな笑い声を聞きながら、これはわざとだなと思う。
嬉しいのに素直に喜べないなんて複雑だ。
「…名前」
文字を書くのを諦めて筆を置く。
一度咳払いをして振り向こうとする僕を止めるように、今度はぎゅうと抱きつかれて思いっきり声が出てしまった。
「雷蔵はどっちが好き?」
「な、なな、なにが?」
「言われるのと、抱きつかれるの。どっちが嬉しい?」
僕の背中にぴたりとくっついたまま、楽しそうに問いかけてくる名前。
彼女の考えが全く分からず、自分の腹に回された手に触れながら顔を見ようとするけれど、近すぎるせいで見えない。
「ね、どっち?」
「…………そんなの、どっちも」
「両方は駄目ね」
ぴしゃりと先手を打たれ、ぐっと言葉を飲み込む。
答えに困る僕を見て上機嫌に額を押し付けてくる名前は可愛い反面やっかいだ。
選べるわけないじゃないか、と心の中で吐き出しながら強引に名前の手を外して身体を反転させる。不満そうに僕を呼ぶ彼女と向き合って「名前は?」と逆に聞いてみた。
「私?」
じっと見つめられて、僕がやられたそのままを返そうと思ったのに動きがぎこちなくなってしまう。
腕を引き、やんわりと肩を抱くと微かに息を飲む音が聞こえてドキッとした。
「――……好きだよ」
掠れそうな声で伝えた途端、勢いよく首に抱きつかれ背中を文机にぶつけてしまい、予想外の痛みで息ができなくなった。
墨がこぼれたような音も聞こえたし、机の上を確認したくないなぁと逃避気味に息を整える。
名前を支え起こそうとして柔らかさに戸惑っていると、微かに「もういっかい」と声が聞こえた。
雷蔵に選ばせる話
豆腐部屋
1038文字 / 2013.02.08up
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