雷蔵と図書室常連夢主ネタ
※不破視点
図書室の隅っこ、角の席。そこが彼女の定位置。
いつの間にかそこに座っていて、本を読みふけっていたかと思えば来たときと同じように気づかないうちに消えている。
最初はよく見かける人だな、とか、本が好きなのかな、くらいにしか思っていなかったはずなのに、ふと気づくと目が彼女を捜していた。
名前はなんていうんだろう。同い年かな、それとも年下?
貸し出しの手続きをしにきてくれればこの疑問もすぐに解消されるのに。
「でかい溜息だな雷蔵」
「――え?」
頬杖をついて興味深そうに僕を見る三郎をぼんやりと見返す。
溜息なんてついてたんだなぁ、なんてまるで他人事のように思った。
「また何か悩みでもあるのか?」
「…またって…別にそんなんじゃないよ」
気遣う様子を見せる三郎に苦笑して返す。
本当に大した事じゃないんだけどと前置いて彼女のことを話してみた。
聞き終えた三郎はふうん、と気の無い返事をしてその辺に置いてあった本を片手でパラパラめくる。
「その『図書室の君』は毎日来るのか?」
「うん、時間はまちまちだけどね。っていうかその『図書室の君』ってなにさ」
「その女、とかわかりづらいだろうから私がつけた」
「長くない?」
「じゃあ名前聞いて来い」
「ええ!?」
なんでいきなりそうなるんだよ。
そりゃ、知りたいとは言ったけどそこまで熱心なわけでもない。
「いいじゃないか、常連なら『今日は何読んでるんですか?』って世間話からの流れで聞けば簡単だろう?」
わざわざ僕の声色で、表情まで変えて実演する三郎はあっさり言うけど、そんなに簡単にいくだろうか。
ううん、と唸りだした僕に「とりあえず行ってこい」と言うだけ言って僕を部屋から追い出した。
+++
人気の無い図書室、いつもの席にひっそりと彼女がいる。
僕よりも早いのは珍しいなと思いながら見ていたら、本を読んでいた彼女が急にがっかりした顔で溜息をついた。
何があったんだろう。
まるで彼女につられるようにそわそわしている自分に気づいて驚く。
(どうしよう)
さっさと声をかければいいのに、迷い癖が顔を出した。
――僕は図書委員なんだから、どうしましたって聞いてもおかしくない。
そう自分を鼓舞してカウンターから出ようとしたところで、丁度彼女も顔をあげた。
きょろきょろと何かを探すように視線を動かす。
「長次、」
初めて聞いたその声に、自分が呼ばれたわけじゃないのに妙にドキっとしてしまった。
書棚の奥で本の整理をしていた中在家先輩が音も無く彼女の傍へ移動する。
さすがに遠すぎて内容はわからないけれど、何か言ったらしい中在家先輩に向かって微笑むのを見て何故か胸が苦しくなった。
「……不破……」
「は、はい」
ふいに呼ばれたことに驚きながら傍へ行くと、彼女が読んでいた本を手渡される。
開かれたページはところどころ穴が開いていて、うまく読むことができないようだ。
生物委員に連絡して溜まった虫食い文書の修復をしようという連絡を耳に入れながら頷く。
「どれくらいかかる?」
「あ、ええと…一週間、くらいだと」
「そう…」
長いのね、と呟く彼女に思わず謝ると、きょとんとした顔で見返された。
「ふふ、別にあなたのせいじゃないのに。長次、いい後輩持ったじゃない」
「…あぁ」
「ところでその本の内容覚えてない?あらすじでいいんだけど」
「…………不破の方が詳しい」
予想外の会話発生に思考能力の許容範囲を超えそうだ。
中在家先輩はそんないっぱいいっぱいの僕の肩にポンと手を置いて、場を後にしてしまった。
「不破なにくん?」
「ら、雷蔵です」
「どういう字?」
「え!?」
「あ、でも書くものがないわね。…指で書いてもらってもいい?」
そういいながら、彼女は自分の手のひらを僕に向けた。
ああもうほんとうに、人生何が起こるかわからない。
頭が真っ白なまま彼女の手に自分の名前を書く。
緊張して指が震えたこと気づかれたかも。
「雷、蔵…か。うん、覚えた。因みに私は苗字名前ね。字はこう」
「わっ」
ぐい、と僕の手を掴んで手のひらに指を滑らせる。
なんだか恥ずかしいし、何よりくすぐったい。
そわそわする僕の手に触れたまま視線だけを上げる彼女は、緩やかに唇の端を上げた。
――ああ、この人もばっちりくのたまだ。
「ねぇ雷蔵、私のお願い聞いてくれる?」
顔に熱が上がってくるのを感じる僕に、苗字先輩(だろう、きっと)は綺麗な笑顔でそう言った。
豆腐部屋
1922文字 / 2010.11.23up
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