カラクリピエロ

某名探偵風に幼児化


名前、君幼児体験する気ないかい?」
「は?」

傷薬をもらいに医務室を訪れただけなのに、善法寺先輩は笑顔でよくわからないことを言い出した。
反射的に返事をしながら、思いっきり“善法寺先輩は不運に見舞われ過ぎて疲れてるんだ…”と考える私をよそに、いそいそと謎の液体を取り出す。

「じゃーん!」

じゃーん、て。
にこにこ上機嫌に笑って容れ物を振ってみせる先輩はすごいだろ、と自慢げに言うけどなにがすごいのかわかりません。

「とある筋から手に入れた書物に載っててさ、つくってみたんだ」
「怪しすぎます……そんな怪しい薬はご自身でお試しください」
「試したから言ってるんだよ。大体10歳前後戻る感じ」
「は!?」

効果は一日くらいかな、と常識外れな話を続ける善法寺先輩。
自分で試しても楽しくなかったなんて言ってるけど、どうしたって信じられない。

「…しかたないな」
「え、飲むんですか!?」
名前が信用しないんだから仕方ないだろ」

そこまで私に飲ませたがる理由もよくわかりませんが。
きゅ、と蓋をひねってためらいなく薬を飲む善法寺先輩に私の方が焦ってしまう。

「…ッ、……ぐ…ぁ…」
「せ、先輩!?や、やだ…目の前で謎の薬飲んで意識不明とか、やめてくださいね!?」

苦しそうに胸を押さえてうずくまる先輩を前におろおろしていると、さっきよりも先輩が縮んでいるような気がした。

「え…?」

目の錯覚かと思って目を擦る。
瞬いた直後、サイズの合わない忍装束に絡まって一人で悪戦苦闘してる男の子が。

「…………いやいやいや。あり得ないあり得ない」
「しまった…名前、ちょっと手をかしてくれ」

わたわたもがく少年の要請を受けて、ほとんど何も考えずに救出してみると「いやぁめんぼくない」と笑いながら子供らしくないことを言った。
声は可愛らしくなってるけど、その苦笑気味の笑い方はとても馴染みのあるもの――善法寺先輩そのものだ。

「どうだい、すごいだろう!」

えへん、と得意気に胸を張る(服がだぶついてて決まってなかったけど)善法寺先輩そっくりの少年は、彼の弟と言われたら信じられるくらい似てる。
だから、誰か言ってください信じるから。

名前?」
「――えええぇぇええぇええ!!?せせせ、先輩…嘘ですよね?夢です!そうでしょ!?」
「おまえが見たものこそがしんじつさ!」
「ちょっと舌ったらずでかわい……じゃなくて!!」

照れ笑いして頭をかいてるのを目にしても私の口は「えぇ!?」ばっかりでてくる。
混乱状態のまま、指示される通りに先輩の忍び装束からまた怪しげな薬を引っ張りだす。彼に渡すと善法寺少年(仮)はぐいっとそれをあおってしまった。

「ちょっ、」

飲んじゃ駄目、と取り上げるために手を伸ばす。
瞬きしたらビリ、と布の裂ける音がして「あ」と低い声。目の前には衣服を乱す善法寺先輩。

「な!?ひ…、ぎゃあああああ!!」
「しー!しー!!今直すって!!」

ばさりと頭から布をかけられて、視界が真っ暗になる。
先輩がぶつぶつ何か言ってるけど、さっきからずっと混乱しっぱなしの私は状況を把握するのに忙しかった。




「――いやぁ…失礼しました。装束も一緒に伸び縮みしたら便利なんだけどねー」
「………………効果一日じゃ、ないんですか?」
「あんまり長い時間あの姿でいるとさ、思考が引っ張られるって気づいて戻る方も作った」
「引っ張られる?」
「中身もちっちゃくなっちゃうってこと。で、どうかな名前!レッツ幼児!」
「あ、忘れてました。傷薬ください」
「無視!?」

善法寺先輩の被検体になるのは遠慮させていただきたいです、心から。

「日頃の恩返しをしてくれてもいいじゃないか」

不満そうに言いながらも先輩は薬棚から傷薬を取って、私の治療をして、ついでにお茶までいれてくれた。
うっかりほだされそうになったけど、自分が幼児化したって楽しくない。ちょっとだけ幼い久々知くんは見てみたいなと思ったりもしたけど――
頭を振っていれてもらったお茶を飲む。

「…!? せん…ぱ、これ、盛りましたね!?」
「やっぱりわかっちゃうか……ごめん!ちょっと見たらすぐ戻してあげるから」

音を鳴らして両手を合わせる先輩に文句を言おうとした瞬間、どくん、と心臓が大きく脈打つ。熱くて、苦しい。

「っ、ぅ…、…!」

先輩のあれは演技じゃなかったんだと思いながら蹲る。息が、うまくできない。
恨みますから、と言いたいのに声がでなかった。




「うらみますからね…せんぱい……」
「わあ、幼女に毒吐かれた」
「ようじょって言わないでください!!」

ふらふらする頭で身体を起こすと、即座に額に手を当てられて脈を測られ発声までさせられた。
こんな診察まがいのことするくらいなら最初からやらないでほしい。

「もどるやつ、ください、はやく」
「はいはい。…………ん?あれ?」

ごそごそ懐を探る先輩が立ち上がり、身体を叩く。
おかしいな、と首を傾げながら一歩を踏みだし、パキ、と不吉な音を響かせた。

「あ!?」
「…………ま、まさか」
「うわ、これ最後だったのに…」
「せ、せんぱいのばかぁーーーー!!不運ーーーー!!」
「これはむしろ名前の不運だと思うけどなぁ」

無性に泣きたい気分だ、と思った直後じわっと目元に涙がたまる。
私はこんなに涙もろくはないはずなのに、ひく、と喉元までその衝動がせり上がってきた。

「わー!わー!わー!!名前、ほら泣かないで!!えーと…そうだ、お饅頭あげるから!ね!?」
「……ぐす…、ぺっちゃんこじゃないですか」

さっと差し出されたそれに手を伸ばし、身動きが取りづらいことに気づく。
やさぐれた気持ちのまま、さっきから腕にまとわりついてる装束を見てこのままだとここから動けないと思った。

「せんぱい…きもの、持ってきてください」
「ああそうか。一年生に借りてくるよ、待ってて」

はい、と私の手にお饅頭を握らせて、ぽんと頭に手を置くと善法寺先輩は外へ出て行った。
内着をなんとか整えることで応急処置とする。桃色の装束を畳んでいると、息を切らせて先輩が戻ってきた。泥だらけだ。

「ご…ごめん名前、なかなか一年生がつかまらなくて…ちょっと大きいかな」

先輩の不運はいろんなところで発揮されてるんだな、と妙な感心をしながら手渡されるそれを広げる。
大きいけれど今の状態よりはいいだろうと先輩を追い出してそれに着替えた。





乱太郎の私服。

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