つまり、そういうこと。
「ほっ」
掛け声をかけて穴から這い出して、そのまま淵に腰掛ける。
衝動の赴くままに掘りまくった塹壕の群れを眺めながら、彼女――というか鋤――を撫でて労った。
「さすが僕のパートナー」
「あー!ずるい!!」
フッと影が差したかと思えば、よくわからない叫び声が響き、微かな風が起きる。
勢いよくしゃがんだ乱入者のせいかと目をやると、桃色の装束をまとったくのたまがムッとした顔で僕の鋤を見ていた。
「私も撫でて綾部!」
「……何しに来たの」
「やだ、わかってるくせに聞いちゃう?聞きたい?あのねー、」
「やっぱりいいや。帰って」
「冷たい!でも言っちゃう。綾部に会いに来たの!」
「うざい」
「酷っ!けど好き!」
溜息をついてくのたま――名前から目を逸らす。彼女はいつもこうだ。
僕がどれだけ一言でバッサリ切り捨てようがめげない。
そればかりか一方的に(しかも嬉しそうに)今日の出来事や夕飯のメニュー、僕の仕掛けた罠に引っかかった場所なんかを報告してくる。
「…名前」
「なになに?」
「うざい」
「あーやーべー!!」
立ち上がりながらの僕の一言に、彼女はこっちを振り返りながら間延びした声で僕を呼んだ。
「夕飯、食べに行かないの?」
「もちろん一緒に行く!……ふっふー」
「なに、気持ち悪い」
「だから酷いよ、もう!優しくなったなーって思っただけ」
にこにこしながら僕の横を歩く名前をちら見する。
その言い方じゃ、まるで僕が名前にほだされてるみたいだ。
……まさか。そんなはずない。
「――…や、べ、綾部、あーやーべーくーん!」
「…………なに?」
「あ。やっとこっち向いた。手繋いで」
「てっこちゃんいるから無理」
やっぱり、なんて言いながら笑う名前がよくわからない。
なんとなくぎこちないし、いつもの名前の勢いなら片手は空いてる、くらい言いそうなのに。
「…言われても繋がないけどさ」
「ん?なになに?なんて?」
「名前、今日少し元気ないんじゃないの」
立ち止まり、きょとんと目を見開いた名前がぱっと両手を頬に当てる。
そう見える?と言いながら首を傾げて、急にニヤニヤしだした。
「キモい」
「ちょっ、うざいはまだしもそれはやめて!!」
「で?どうしたの」
「綾部が気にしてくれるの嬉しい」
「先に行ってるよ」
「待って待って、聞いて!」
「別にいい、興味ないし」
歩き出そうとした僕の袖口を掴んで、慌てた様子で引き止める名前の様子に少し驚く。
本当に、どうしたんだろう。
いつもはどこか軽い調子なのに、今日はやけに言いづらそうにもじもじしてる。
「ええとね、綾部って、私のことどう思う?」
「うざいって思う」
「う……、じゃ、じゃあ、今日でうざいの終わりにする。明日から、我慢するって言ったら?」
「…………誰に何言われたの」
思いきり溜息をついて名前を見たら、驚いた顔で首を振ったけど、バレバレ。
「滝夜叉丸?」
「げ。冗談やめてよ、私が滝夜叉丸の話辛抱強く待ってられると思うの?」
「じゃあ三木ヱ門か」
「残念タカ丸さんでした」
「ああ、やっぱり」
「………………ず、ずるい!!」
「なにが」
「綾部のくせにーーー!」
何言ってるんだろう。
ますます強く僕の袖を握る名前のせいで、装束がくしゃくしゃになってる。
大体そこは泥がついてて汚れてたはずなんだけど…まあ、名前は今更そんなの気にしないか。
「で、綾部…さっきの続きだけど。私が会いに来なくなったらさ、寂しい?」
「静かでいいかも」
ぐっと言葉に詰まった名前が唇を噛む。
それを見て溜息をついた僕は、てっこちゃんを持ち替えて(名前が握ってたのはこっちの袖だったから)、彼女の手を取った。
「名前は僕に会えなくてもいいの?」
「……しまった、考えてなかった……一日一綾部の記録が……」
「――何それ」
「毎日綾部に会うっていう私の目標」
「やっぱりうざい」
反射的に口から出た言葉に、僕を見ていた名前が驚いた顔をして、何度も瞬きを繰り返す。
なに、って返せば、名前は笑顔でいきなり「やめた」と宣言した。
「明日もうざいって言われに来る!」
「…………名前って変」
「綾部もね!」
「…変なのは嫌いじゃないよ」
「つ、つまり!?」
「うざい」
違う、そうじゃないでしょ、と地団駄を踏み、僕の手を揺らす名前を横目で見てこっそり笑う。
――やっぱり名前はこうでなくちゃね。
「タカ丸さん、“たまには引いて喜八郎くんをそわそわさせちゃおう大作戦!”失敗しました」
「あー…やっぱり」
「えー!?確実なの教えてくださいよ!」
「じゃあ後ろからぎゅーって抱きついてドキッとさせてみるのは?」
「……いいんですかね、やっても」
「え、あ、抵抗感ないのか。うん、いいんじゃないかな!」
「よーし、明日はそれで攻めてみます!」
「がんばれ名前ちゃん!」
読み切り短編
2063文字 / 2011.09.13up
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