カラクリピエロ

彼と彼女の共通点






「兵助、兵助、兵助ーーーー!!」
「うっ」

ドン、と横から思い切り体当たりをされてよろける。
なんとか在庫表をばら撒く惨事は免れたものの、俺は勢いに負けてその場ですっ転んだ。
片手に在庫表、もう片方には筆を握り、膝の上にはくのたまが乗っている。

「……名前、どいてくれ」
「聞いて!あのね、さっきおばちゃんから教えてもらったんだけど…」

俺の言葉をあっさり無視して、名前が声をひそめながら口元に手のひらを添える。
よっぽど嬉しいのか、続きを話し出す前に「ふふふ」と一人で笑いだした。

「聞きたい?」
「俺は今仕事中なんだけど」
「聞きたいって言ってよ!あのね、今日のお豆腐はいつもと違うんだよ、業者さん変えたんだって!」

聞く前に喋ってるじゃないか。
装束を掴んでガクガク揺らすから、そう口を挟む暇さえもらえない。

「おい名前、」
「ああ楽しみ!あ、今行けば味見させてもらえるかも!じゃね兵助、またあとでね!」

ぱっと立ち上がって手を振る名前に、溜息をつきながらおざなりに手を振り返す。
鼻歌混じりで通りすがりに伊助や三郎次にちょっかいを出し、タカ丸さんと手を取り合って回転すると、ようやく満足したのか小走りで食堂の方へ去っていった。

俺だって豆腐は好きだし彼女が持ってきた情報も気になる。
けれど、名前ほど浮かれてはいない。

名前は間違いなく俺より重度の豆腐好きだ。
友人曰く“どっちもどっち”らしいが、それには異を唱えたいと思う。

+++

委員会を終えて、名前曰く“いつもと違う豆腐”を楽しみに食堂の戸をくぐる。
すると、いきなり雷蔵が助かったとでも言いたげに寄って来て、俺の腕を掴んだ。

「なんだ?」
「さあ名前、豆腐談義なら兵助と好きなだけやって!」
「――確かにおいしいとは思うのよ。でもね、私は前の業者さんのお豆腐の方が好き。ほら、なんか舌触りが違うじゃない?」

三郎が半笑いで「ああ」「うん」「そうだな」と相槌を打っている。
どれもこれも棒読みだが、名前は気にせず合間合間に豆腐をつまみながら、豆腐について熱く語り続けていた。

「おいしいって言えばこの前兵助と行ったお豆腐屋さんよ!あのお店のお豆腐って無理かな」
「無理だろ」
「なんで?」
「あそこは知る人ぞ知る穴場だし、作ってるのはご苗字一人だけって――話聞いてなかったのか?」
「お豆腐がおいしかったことは覚えてる」

雷蔵が運んできてくれた定食(ちゃんと豆腐がある方だ、気が利く)に手をつけながら名前の話に割り込むと、視界の端にホッと息をつく三郎が映った。
やっと解放された、お疲れさま、なんて雷蔵と言い合っている様子からして、どれだけ名前は長々と語っていたんだろう。

――最初から聞きたかったと言えば、呆れた顔をされるのは必至だろうな。

「兵助聞いてる?」
「いや、聞いてなかった」
「もー!お豆腐に夢中になるといつもそうなんだから!」
「お前に言われたくない」
「私はちゃんと聞いてるよ!記憶に残らないだけで!」
「一緒だろ」
「違う」

どこが違うのか説明しろ、と言い募る前に名前は「仕方ないなぁ」なんて言いながら指を振った。
どうして俺が悪いみたいな雰囲気になっているのか。

「兵助はお豆腐屋さん見つけてくるの上手だけど、コツあるのかなって」
「聞いてどうするんだ」
「もちろん一緒に食べに行くの。いっつも兵助が教えてくれるばっかりでさ、ずるいじゃない!たまにはねぇ、私だって兵助をぎゃふんと言わせたいんだから」
「ぎゃふんて……言う奴いないだろ」
「とーにーかーく!『くそ、負けた、名前には敵わない!』って言わせたいの!」
「ふーん」
「だからさ、教えて?」
「……教えない」
「なんで!」

味噌汁を啜っているのにお構いなしで名前が袖を引く。
さすがに食べにくいし、味わって食べたいから少し静かにして欲しい。
ねえ、と繰り返す名前の口に一口大に切った豆腐を放り込むと、思ったとおり静かになった。

「…兵助、前々から聞きたかったんだが」
「うん?」

ようやく落ち着いて食べられるなと思ったら、今度は三郎か。
半分以上思考を豆腐に持っていかれながら視線をやると、三郎は名前をチラと見てから俺を見た。

「お前にとってこいつは何だ?」
「……同志?」
「同志…」
「お豆腐同盟の仲間だよね?」

三郎が俺の返事をそのまま繰り返すと、横から名前が割り込んできた。
何故かぴったり横に張り付いて、視線は小鉢の中の豆腐(俺の)に釘付けだ。

「……俺はそんなものに入った覚えはないぞ」
「じゃあ入ってよ、お豆腐大好き同盟。私が番号一番で、兵助は二番。兵助、もう一口ちょうだい」

予想はしていたものの、思わず溜息をついてしまった。
これで終わりだからな、と念を押して、頷く名前に豆腐を運ぶ。
まるでヒナ鳥だ。ということは俺は親か。
くだらないことを考えながら、ふにゃりと顔を緩ませる名前につられて笑う。

「今度の休みは少し遠くまで足を延ばさないか?」
「うん、いいよ!あれ、近場は網羅したってこと?」
「ああ」
「なら兵助、後で研究ノート見せっこしよ!」
「いいけど…名前のは意味あるのか?」「失礼な!」
「だって全部“おいしい”しか書いてないじゃないか」
「びみょーに違うの!!」






「――同志だとさ」
「……本気で言ってるのが凄いよね」
「傍から見たら恋仲にしか見えないけどな」
「この二人そういうの全然気にしてないみたいだし、いいんじゃない?」
「ま、私たちには関係ない話だ」
「はは、だといいね」

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