カラクリピエロ

Stand by…




委員会に割り当てられた空き教室で、おれは一年生二人の視線を一身に浴びながら、桃色の忍装束を纏った女の子を背中に貼り付けていた。

「ぐす、ひっ…、うっ…」

漏れ聞こえる声に庄左ヱ門と彦四郎が顔を見合わせる。
どうする?聞く?そんな感じの表情が見て取れて、ちょっと笑ってしまった。

二人が頷きあったのを見たおれは、そっと口元に指を立て――もうちょっとだけ待って。そう口パクで伝えた。

目を大きく見開いてパチパチ瞬きをする一年生。
ぎこちなく頷いたあと、庄左ヱ門が控えめに「これ、どうぞ」と手ぬぐいを貸してくれた。

泣き声は全然治まる様子を見せないし、背中がじんわり濡れてきてるのがわかるから、庄左ヱ門の気遣いは嬉しい。
少しだけ、もったいないなぁなんて思ったりもするけど。

苗字先輩」

呼びかけたら背中がぐっと押されて、直後に装束が強く引っぱられた。前が緩む。

「先輩駄目ですよ、こんなところで」
「も、こんな…ろ、…たく、も、ない!」

…これは…いくらなんでも酷い。
からかい混じりの言葉が通じないばかりか、先輩本人がなにを言っているのか全然わからない。
ぐいぐい引っ張られ、肩からずり落ちた装束は肘で止まっているけれど、先輩がそれに縋り付いて泣いているせいで、おれは身動きが取れない状態になってしまった。

「何事だこれは」
「「鉢屋先輩」」

一年生二人が三郎に近寄り、ひそひそ(ばっちり聞こえてるけど)苗字先輩が云々と報告しているのを聞いて頷く三郎。
呼び出しでもされてたんだろうか。
遅れた理由にあたりをつけながらそれを眺めていたら、今まで梃子でも動かなかった苗字先輩がゆらりと(戸部先生みたい)立ち上がった。

「鉢屋…」
「酷い顔ですね、苗字先ぱ、うわっ!?」

ガッと胸倉を掴まれた三郎が“お手上げだ”とでも言うように両手を挙げる。
鬼気迫る様子の苗字先輩に気圧されたのか、一年二人は三郎の後ろに避難して先輩を見上げていた。

三郎はおれに視線を投げてきたけど、おれだって意味がわからない。
肩を竦めて見せると、苗字先輩がなにかを呟いたらしく、三郎が僅かに目を見開いた。

「そいつなら知ってますけど……なにさせる気ですか」
「私に告白して」
「は!?ちょ、ふざけ、」
「ねえ、お願い…」

ぐっと距離を詰めて、三郎に擦り寄る先輩の醸し出す空気が甘ったるい。
囁くような声と妖しい動きをする指が三郎の胸元を撫で、ゆっくり腰に回される。
これ以上は駄目だ、見ていたくないと思うのに、目が離せない。

「――そ、んな頼まれ方してもやりません!おい勘右衛門なにをボサッとしてるんだ!」

三郎の大きな声にハッとして、急いで苗字先輩を三郎から引き剥がした。
視界の端には固まっている庄左ヱ門と彦四郎が映る。おれのせいじゃないのに、なぜか居た堪れない気分になった。

「…どうしてよ!私にも“あんたは好みじゃない”って、言わせて、くれたって…!!」
「ぐえっ」

急に反転した苗字先輩にしがみつかれて変な呻き声が漏れる。
治まったと思ったのに、先輩はおれを締め付けながら肩に顔を埋めて、再び嗚咽を漏らし始めた。

――上着もやられたのに、内着もか。
先輩の背中をポンポンと一定のリズムで叩きながら、ぐしゃぐしゃになった上着をチラと振り返った。

『尾浜!背中貸しなさい!拒否も質問も受け付けない!』

いきなり来たと思ったらそうやって端的な命令をして、ずっと泣きっぱなしだったけど。さっきのやり取りで大体の予想がついた。

「フラれたんですか?」

びく、と先輩の背中が震える。
おれを締めにかかる力が強くなって苦しいなと思いながら、別のところでは胸があたってるなぁと考えてしまう。だってお年頃だし。

「…な、によ、悪い!?」
「見る目ないなーって」
「そ、でしょ?わたし、すっごく、いい女なのに、もったいないよね?」
「まぁ、見る目ないのは苗字先輩も一緒だと思いますけどね」
「な…!」

勢いよく顔をあげた苗字先輩は、泣いて赤くなった目でおれを睨みつける。
これだから五年は!と言い出した先輩の目元をそっとぬぐって、にっこり笑って見せた。

「おれにしませんか?」
「あんた、さっき自分が何言ったか忘れたの!?」
「忘れてません。だから、今度はおれと恋をしませんか?」
「…………尾浜、」
「っていうか、先輩に好きな人がいたっていうの知らなかったおれもアレですけど」
「尾浜!」
「はい」

至近距離で見上げてくる先輩に内心でドキドキしつつ、律儀に返事を返せば、先輩は戸惑ったように視線を泳がせて「本気?」と小声で聞いてきた。

「もちろんです。あ、手始めに名前で呼んでもいいですか」
「名前って…」
名前
「っ、」
「…先輩って、付けますから」
「だ、だめ!い、今まで通り、苗字にして!っていうかすぐに切替とか無理だから!あきらめて!」

自分からくっついてきたくせに、今度はぐいぐいおれを押して引き剥がそうとする先輩は、結構勝手だなぁと思う。

(…おれも勝手するけどね)

先輩には悪いけど、フラれてフリーなら好都合だ。
それに、一直線におれのところにきたんだから、脈はあると見ていいんじゃないかって思うんだけど。

――どうなんですか、名前先輩?





「それに、私、その装束の色見るのも嫌になったところだから!」
「えー、でもこれ名前先輩がぐちゃぐちゃにしたのに」
「後輩なんてもんは先輩のものなんだから…っていうか名前呼ぶな!」
「可愛かったのになー、おれにしがみ付いてわんわん泣く先輩」
「忘れて!」
「…先輩がおれにも色仕掛けしてくれたら、忘れてあげてもいいですよ?」

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