カラクリピエロ

手先が不器用な勘右衛門






名前、さん」
「…………勘右衛門、また?」

呆れた表情で言いながら、おれが降りるためのスペースを空ける名前に思わず顔が緩む。
ふう、と軽く息をついて、名前は裁縫箱を取り出した。
色とりどりの端切れの中で一際目立つのは、忍たま五年の制服と同じ色の布。

「へへっ」
「どうしたの?」
「んー、別に。なんでもないよ?」

へんなの、とおれにつられて笑いながら名前が針と糸を用意して、手のひらをこっちに向けた。
脱いで渡せ、って意味だ。

「…今日は袴なんだけど」
「!?」
「――って言ったらどうする?」

まるで、名前を試すような言い方。
何度も瞬きをして視線をうろつかせた名前は徐に立ち上がり、おれに「こっち見ないで」と強い語調で告げ、収納スペースの襖を開けた。

「勘右衛門、これ」
「え?」
「だ、だから、脱いだらこれ、巻いて。私、出てるから」

おれの返事を待たずに布団のシーツ(だと思う)を押し付けて、さっさと出て行く名前の動きがぎこちない。
それを半ば呆然と見送ったおれは、ようやく手元に残されたシーツを見て吹き出してしまった。

――断ってもよかったのに。
怒るでもなく、嫌がるそぶりも見せなかった名前を思い出して、なんだかくすぐったい。

「…そうやって甘やかすから、調子に乗っちゃうんだけど…」

わかってないんだろうな、そういうの。
焦れたように名前が「まだ?」と聞いてくる。もうちょっと、と返して袴を脱いで言われたとおり布を巻く。その拍子にふわりといい匂いがして、少しドキッとした。

名前、」
「いい?開けるよ?」
「うん。ごめんね」
「…そう思うなら破かないように注意してください」

幼子に言い聞かせるような口調で名前が指を振る。
調子を合わせて、はい、と律儀に返すと「ほんとに?」と笑いながら言われてしまった。
一応注意はするつもりだけど、結局おれはここに来るだろうなと思ったから、曖昧に誤魔化した。
だって“持って来ないで”って言わないんだから、いいんだよね?

+++

「……勘右衛門」
「ごめん、名前。繕って」
「もー…この前やったばっかりなのに…」

(…って言いながらちゃんと準備してくれるんだ)

ごそごそ準備をしている名前の後ろに静かに降り立つ。
今回は上着だからと先に脱いで破損箇所を確認していたら、いきなり名前が怒ったようにおれを呼んだ。

名前?どうし――」
「怪我してるのに、先にこっちに来たの!?」
「ん?怪我?」

言われてみれば二の腕の辺りがちょっと痛いような。
身体を捻って確認したら、自分からは見づらい位置に擦り傷ができていた。
これくらいなら放置しててもすぐに治る。そんな些細な傷なのに、名前はぷりぷり怒っておれを強引に座らせた。

「あとで医務室ね」
「でもこれくら――痛っ!?ちょ、名前、痛い!」
「我慢、男の子でしょ」

理不尽だ。そう思いつつ、“男の子”扱いの微妙さにぐっと奥歯を噛み締める。

まじで痛い。
名前、絶対痛くなるように治療してるよね!?
こんなところでくのたまらしさを発揮しなくてもいいのに!

「はい、終わり」
「…ありがと…」
「どういたしまして。じゃあそっち貸して」
「その前にさ、ぎゅってしていい?」
「は?」

痛みで心がすさんだっていうか、とにかく癒されたい気分。
名前は意味がわからない、と表情で告げ、おれの横に放置されてた装束に手を伸ばすと、おれがしてたみたいに破損箇所の確認を始めた。

「ね、していい?」
「んー?」
「うんって言って」
「うん?」
「ありがとう」
「え!?ちょ、勘右衛門、なに!?」

我ながらちょっと卑怯だなぁと思ったりもしたけど、腕の中に納まる名前の温かさにどうでもよくなる。
ビクッと震えた名前はおろおろしながら、持っていたおれの装束を思い切り握り締め、ねじり上げた。

(あーあ。ぐっしゃぐしゃ)

破れが大きくなったかもしれない。
――ま、いいか。
これも名前にお願いする理由の一つにしようと考えながら、ぎゅう、と彼女を抱き締めた。





「勘右衛門邪魔!」
「いっ……!名前…、頭突き、ひどい…」
「だ、だって、離してくれないから!」
「…そういうことするとおれだって悪さするよ?」
「悪さって、」
「試してみる?」
「い、いい…遠慮する」

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