カラクリピエロ

scene.1 こんな恋人嫌ですか

※夢主視点





久々知くんといわゆる“恋人”という仲になってから少し経ったある日のこと。
特に何をするでもなく、散歩の延長で裏山に入った直後だった。

「実は俺、鬼なんだ」
「へ?」

天気を語るような気軽さで告げられた内容は突拍子もないもので、間抜けな顔で久々知くんを凝視してしまった。

――鬼?鬼ってなに?誰が?久々知くんが?

すぐに脳内を占める疑問と現実味のなさに“久々知くんが冗談なんて珍しいね”って言おうと思ったのに、声の気軽さとは裏腹に私を見つめる瞳が真剣で、思わず息を呑んだ。

「………………久々知くん、鬼なの?」
「うん」

かろうじて口から出てきた問いかけにあっさり頷く久々知くん。
そんな彼を見ながら思い出したのは、絵巻物や物語の本に描かれている鬼の姿。
怖い顔をしてて、頭には角が生えてて、人間に害をなすような――どう考えても久々知くんとは結びつかない。

「…つの、生えてる?」

きっと私は混乱していたんだと思う。
最初に聞いたのはそんなことで、久々知くんは驚いたように何度も瞬きをしてから小さく吹き出した。
笑われてる悔しさを感じるよりも、私を見つめる優しい瞳にドキッとしてしまう。

くすくす笑ったまま私の手を取って、散歩コースから外れた久々知くんが歩きながら頭巾を外す。
唐突な行動にぎょっとする私をよそに、髪までほどくから――正直……角どころじゃなかった。

見慣れない姿が落ち着かない。でも見たい。
ちらちらと視線をやる私の手を引いたまま、久々知くんが適当な岩に腰を降ろす。彼にやんわりと引き寄せられて、手のひらを頭の方に誘導された。

久々知くんは微笑むだけで何も言わないけれど、まるでその視線に突き動かされるように、震えそうになる指でそうっと頭を撫でる。

「――…………?」

予想では指が引っ掛かる程度の出っ張りがあるんじゃないかと思っていたのに…それらしい物はない。
何度撫でてみても変わらず、ふわふわした髪が揺れるだけ。

――やっぱり冗談?

そう聞くつもりだったのに。
見下ろした久々知くんは口元を押さえ、さらに耳を赤く染めていて、つられて顔が熱くなった。
目が合った途端、腕を引かれる。不安定によろける身体は久々知くんが支えてくれたけど、思いっきり密着してるのが恥ずかしい。

「……………な、ないよ、角」
「元々、生えてないからな」

うるさい心臓の音を誤魔化すように結果を知らせれば、予想外の答えを返されて言葉に詰まった。
それをそのまま教えてくれればよかったのに。ぎこちない動きで久々知くんの装束を握りながら思ってみたけれど、やっぱり音にはならなかった。

名前

囁くような呼びかけと、私の背中を撫でる手のひらのせいで身体が勝手に震える。
抗議する代わりに彼の装束を強く握れば首筋に唇が触れて、なんとも色気のない悲鳴をあげてしまった。

途端、びくっと跳ねた久々知くんが私の腕を掴んで遠ざけるように押す。
いきなりのことに驚いたものの、私以上に久々知くんが驚いているように見えた。
辛そうな顔で「ごめん」と呟く久々知くんは、それ以上表情を読み取らせまいとするように俯いてしまう。

「…苦しいの?」

思いつくまま問いかけながら、無性に彼を抱きしめたい衝動に駆られた。
けれど、私の両腕は久々知くんに取られたままだから動かせない。どうしようか迷っていたのに、再び顔を上げた久々知くんを見たら……身体が勝手に動いた。

少しだけ屈んで、さっきまで撫でていたところよりも額寄りに口づけを落とす。
久々知くんの肩が揺れ、息を呑む気配がした。強く握られる両腕から熱が伝わってきて――かっと勢いよく体温が上がった。
行動を自覚して離れたくなる。せめて自分の顔を覆いたい。
だけどどっちも叶わないまま覗きこまれて腕を引かれて、言い訳をする前に唇を塞がれてしまった。

「――角はないけど、嘘じゃないからな」

久々知くんに抱えられている状態で、ぽつりと聞こえた言葉。
ぼんやりと滲む視界を瞬きではっきりさせながら、なんのことだろうと疑問符を浮かべる。
上手く形にはならなかったものの、きちんと伝わったらしく微かに笑う声がした。

「俺が鬼だって話」
「……みえない」
「自分でも、そう思うよ」

言いながら、久々知くんが私の首に触れる。
つう、と指先を滑らせる動きにぞくぞくして、力いっぱい両目を閉じて息を止めた。
ただでさえ整ってなかったのに、息を止めたせいで余計苦しい。
からかわれているようにしか思えない、と抗議する意味も込めて見上げれば、急に真剣味を帯びる瞳が返される。
たったそれだけで、私の抗議を打ち消してしまう久々知くんはずるいと思う。

「…名前に話そうか、ずっと迷ってたんだ。鬼っていっても俺はその血をちょっとしか継いでないから、その気になれば誤魔化せる。それなら名前に気づかれない限り、言わないままでいようと思ってた」

ぎゅう、と強く抱きしめられて久々知くんの顔が見えなくなる。
苦しいくらいの力と温かい手のひらに気を取られそうになるのをこらえて、どうして教えてくれたのかと疑問を口にした。

「…………言えば、名前が離れていくんじゃないかって…そう思ってる自分が嫌だったんだ」

不機嫌そうな声に、ほんの少し不安が混じっているのを感じながら、久々知くんの言葉を心の中で何度も反芻する。俯きがちに彼の制服を握って、ドクドクうるさい自分の鼓動を聞いていた。

――迷っていたのは私に離れてほしくないと思ってくれてたということで、
――話してくれたのは私が離れないって信じてくれたってことだと思う。

きゅう、と胸の内が締まる感覚を味わいながら久々知くんの背に腕をまわす。
顔を押し付けて装束を掴むと、なぜか苦しそうに名を呼ばれた。

「久々知くん?」
名前に言おうと思った理由はもう一つあって……もうすぐ満月だよな」
「え!?う、うん…?」

急な話題の変化についていけなくて混乱する。
久々知くんは宥めるように私の背中を撫でると、前触れもなく頬にキスをした。

「!?」
「…満月が過ぎるまで、名前には自衛してほしいんだ」
「? どういうこと?」

私はさっきから聞いてばっかりだ。
口づけられた頬に触れながら、チラッとそんなことを考える。
久々知くんを見上げると、彼は一度口をつぐんで言いにくそうに目を泳がせた。こんなに困った顔をする久々知くんは案外珍しい。

「俺は――――名前の血が欲しい」

久々知くんの言葉は耳に入っているのに、なかなか意味が浸透してこない。
僅かにざわつく心を感じながら、久々知くんの話を信じた“つもり”になっていたんだと気づかされた。

「最初は、それも気のせいだと思ってたんだ。だけど名前が好きだって気づいてから、段々強くなるばっかりで少しずつ抑えが効かなくなってる。今までこんなことなかったのに…このまま次の満月が来たらどうなるか」
「ちょ、ちょっと待って!待って久々知くん!!」

理解が追いつかないまま先へと進んでしまう話に強引に割り込む。
ハッとして一度瞬きをした久々知くんは恥ずかしそうに「ごめん」とこぼして口元を押さえた。

改めて聞いた内容は、やっぱりにわかには信じきれないような…それこそお伽話のようだった。
久々知くんは自嘲するように笑いながら、自分が“吸血鬼”という鬼であること。吸血鬼は生き物の血を吸って生きる妖怪で、太陽の光とニンニクと銀、それと十字が苦手。
久々知くんには、その鬼の血が四分の一ほど入っているらしい。
そのおかげなのか、苦手とされるものは平気だそうで、吸血衝動も満月の夜以外はほとんどでてこない――

「でも、さっき私の血がって…」
「…………うん。なんでだろうな」

するりと頬を撫でられて心臓が跳ねる。
久々知くんは優しい。その仕草も声も、眼差しも、全部。

血をあげるって、どうしたらいいんだろう。痛いのは嫌だし、ちょっと怖い。

すでに受け入れかかっている自分の思考に驚いて何度も瞬きをする。
私って本当に久々知くんが好きなんだと実感して顔が火照った。

久々知くんを見上げながら、あれ、と首を傾げる。
さっき、彼は私に“自衛しろ”と言わなかった――?
もしかして、私が警戒するのは久々知くんということなんだろうか。

「もちろん、そのつもりで言った。俺も当然気をつけるけど、最近は…自分が信用できないから」
「…………どうしたらいいの?」

自衛といっても霞扇用の扇子や、それに近いものを持ち歩くくらいしか思いつかない。
それを久々知くんに使う気になるとは思えないし、万が一使うとしても効く気がしない。

「…それなんだけど、一週間くらい様子を」
「やだ」

反射的に久々知くんの言葉を遮る。
私が思いつくことを久々知くんが考えてないはずない。対峙したとして(あまり考えたくないけど)確実に私の負けなら“会わない”のが最善――

「学園にいるのに、久々知くんに会えないの嫌だよ」
「……俺だって会いたいに決まってるだろ」
「…………満月の日だけじゃ、駄目?」

久々知くんが私のためを想って言ってくれてるのがわかるから、困らせたくない。
だけど久々知くんも同じ気持ちだと知った途端、わがままを止められなかった。

前までは普通だったそれを我慢できないなんて。私はこの先もっと贅沢になってしまうんだろうか。
頭の隅でそんなことを考えながら、祈るように久々知くんの制服を握る。

「でも、さっきだって…危なかったんだぞ。こんな状態で、名前の意思を無視して…傷つけたくない。……怖いんだ」

私の背中を撫でた手が腰で指を組む形で止まる。
肩に伏せられた顔と、聞き逃してしまいそうな呟きに心臓が大きく跳ねた。

「――私、いいよ」
「…名前?」
「久々知くんは血が欲しいんだよね。私、久々知くんになら、」
「どうして、そういうこと言うんだ……」

返ってきた久々知くんの言葉に肩が跳ねる。
不安になってきつく目を閉じる私の邪魔をするように上向かされ、驚きで勝手に目が開く。
問いかけようとした言葉ごと唇を塞がれて、戸惑う間もなく深くなる口づけに思考は真っ白になっていった。






「…………うーん。やっぱり、久々知くんは鬼に見えないよね」
「…実は、犬歯が自在に伸ばせる」
「え!見たい見たい!」
「…あー」
「わ、ほんとだ」
「…触ってみるか?」
「……い、いいの?」
「舌でも指でも、名前の好きなように触って」
「!!」





今回はお題(モノクロメルヘン様)をお借りする形で消化していく予定です。
主にハーフバンパイアなピート(@GS美神)をリスペクト畳む


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