カラクリピエロ

生物委員会(閑話:久々知・後編)



朝食を食べながら、ぼんやりと戸口に目をやる。
時間が早すぎるせいか人の出入りはまばらで、忍たまに時々くのたまが混じっているかどうか。
桃色の制服を見るとつい期待して名前かどうかを確認してしまうけど、実のところ彼女と朝食の時間に遭遇したことはない。

「おっす、兵助!早いな!」
「おはよう。八左ヱ門だって早いじゃないか」
「俺はほら生き物の世話あるから。ってかマジで夜通し走ってたのか?」

向かいに座る八左ヱ門に頷くと、また視界の端に桃色の制服が見えて意識を持っていかれた。

「待ち合わせか?」
「ん?」
「いや、名前と」
「してないよ。というか、名前はこの時間まだ寝てるだろ」
「…まあ、そうかもしんねぇけど」

――朝はぼーっとしちゃうことが多くて。

恥ずかしそうにしながら朝に弱いことを漏らす名前を思い出す。
気づくと時間ギリギリで、バタバタ忙しなく動いているから朝の席はいらないと、だいぶ前に八左ヱ門に言っていたのを覚えている。

「兵助、今日飼育小屋行くよな?」

せっかく教えてもらったし、もちろん行くつもりだったけど、その当然とでも言いたげな聞き方に思わず笑ってしまった。

「行かないのか?」
「いや、行く。なにかあるのか?」

八左ヱ門は頷いて眉間に皺を寄せると、落とし穴、と一言返してくる。

「…綾部のだろ」
「ああ。昨日はなかったんだけどな。さっき行ったらめちゃくちゃ増えててさ、しかも目印がわかりにくいんだよ!間隔狭いし深いし登りにくいし…その上、あいつ俺見て舌打ちしたんだぜ!?」

食べながら愚痴る内容を聞いて、まんまと引っ掛かって落ちたんだなと思いながら頷く。
立花先輩が言ってたのはこのことだろうか。

「――あれは名前も確実に落ちるな」
「…今から知らせに行ったら、嫌がると思うか?」
「一応聞くけど、どこに?」
名前のところ」
「…………兵助、それだけは絶対ねーよ!!」
「そんなのわからな」
「いーやわかる。あったら槍が降るっつーの!お前変なとこで消極的だな。せいぜい寝顔見られて恥ずかしいとかそんなんだろ!?くそっ、いちゃいちゃしやがって…」
「いや…してないだろ」

なにやら一人で盛り上がってる八左ヱ門の勢いは早朝だということを忘れそうだ。
槍が降るとまで断言されてほっとしながら、俺はその後押しが欲しかったんだと気づいて苦笑した。

「いってくる」
「おー。気をつけてな」
「うん」

八左ヱ門に見送られ、戸口付近でまたくのたまとすれ違う。
名前じゃないのはわかるのに、つい気を取られてしまうのは昨日の気まずい状態のまま会ってないからだろうか。

自分のことなのによくわからない――名前と知り合ってから度々そういう状態に陥る。
彼女が関わっているときに限り、考えるより先に身体や口が動く頻度が跳ね上がって、後から驚くことも多い。

(……本能ってやつなのかな……)

思案しながら足を進めていたら見慣れた長屋の廊下に出ていた。
無意識に普段通りの道のりで来てしまったらしい。くの一教室の敷地に行こうと思っていたのに、このまま行ったら自分の部屋だ。

一度部屋に寄ろうかとも考えたけれど、特に用もない。
近道をしようと廊下から降りたら、急に地面がなくなった。

「なっ!?」

咄嗟に縁に捕まったのに、すぐにそこが崩れて滑り落ちる。
落下して地面についてまず思ったのは“せっかく風呂に入ったのに”だった。

溜息混じりに見上げて深さを測る。
大体身長の倍くらいだろうかと目安をつけて、土壁に手をついた。ボロボロ崩れる土は柔らかくて足場には向かない。

(誰かがいれば引き上げてもらうのが一番早いんだろうけど…)

辺りは静かで、人の気配はするものの寝ているんだろうと思う。
とはいっても、忍たまの長屋だし誰か一人くらい通りがかっても――

「――案外楽にかかってくださいましたね、久々知先輩」

ぬっと縁から顔を半分覗かせて、光を遮る人影。
やはりというべきか…、綾部がこちらを見下ろしていた。

「少し詰めてください」
「あ?」

変わらない表情で言ったかと思えば、いきなり本人が鋤を片手に飛び込んできた。
もともと一人用(落とし穴に対しての表現として正しいのかわからないが)と思われる空間に二人は狭い。

「おい綾部」
「久々知先輩に一つだけ言っておこうと思いまして――名前先輩のことで」

わけもわからず動向を探っていたら、ふいにそんなことを言われて身構える。
浅く呼吸を繰り返しながら耳を澄ましていると、綾部は懐から取り出した宝烙火矢にいきなり火をつけ、穴の外へ放った。
少しの間をおいて爆発音が聞こえる。

「…何がしたいんだ?」
「仲間を呼びました」

しれっと答える綾部との会話は噛み合っているようで噛み合ってない。
さっきの音が原因なのか、忍たまが起きてくる気配がする。

「…今度…名前先輩が泣いてるの見つけたら、遠慮しませんから」

外に気を取られていた俺は、いつもと全く変わらない調子で告げられた言葉を聞いて反射的に綾部を見た。

「…ちょっと、待て。お前それは…」

咄嗟に腕をつかむと綾部はわずかに口端をあげ、来た、と呟いた。

「大丈夫です、後で名前先輩にも言います」

のらりくらりと追及をかわしているのはわざとなんだろうか。
真意をつかめず黙り込む俺の隙をついて、綾部は鋤を器用に使い「それでは」と断ってさっさと穴を抜け出してしまった。

「――わあ!?」
「だ、大丈夫ですか、斉藤さん!」
「おやまぁ…タカ丸さんには教えておいたのに」

微かに聞こえたやり取りに反射的に頭上を仰ぎ見る。見えるわけがないのに。
だけど、今の声は――

「…名前?」

思わずこぼれた呟きを確信させるように、今度は彼女の悲鳴が聞こえた。

気づけば手こずると思っていた穴を抜け出して、少し離れたところに空いている穴に走り寄っていた。




-閑話・了-

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