生物委員会(12)
耳と頬が熱い。心臓の音がうるさくて周りの音が聞こえない。
息がうまくできないせいで、ろくに声も出せなかった。
「こら久々知、私の城で私の許可無くいちゃつくな」
「いてっ」
ポス、と軽い音がしてすぐ傍に扇子が落ちる。
耳元で聞こえた久々知くんの声に肩が跳ね、同時に冷えた空気が頬を撫でた。
ただ空気が動いただけなのに涼しいと感じるなんて私の顔はどれだけ火照っていたんだろう。
「鉢屋、逃げるつもりなら久々知も一緒に連れていけ」
思わず頬を擦っていると、呆れきった立花先輩の声が聞こえた。
背後から舌打つ音がして振り返れば三郎が戸口に立っている。居たんだ、とぼーっとした頭で見上げたら、思いきり溜息をつかれた。
「…兵助、ここで聞く気か?」
「私は構わんぞ。いちゃつきさえしなければな」
戸口を背に座り込む三郎の問いかけに対して、なぜか立花先輩が笑いながら許可を出す。
何の話なのか問うつもりで目をやれば、微笑んで「茶でも淹れようか?」と茶化すように返された。
「名前」
結局教えてもらえなかったけれど、呼びかけに応じて久々知くんを見つめる。
久々知くんは軽く俯いて視線を彷徨わせたあと、何かを言いかけて止めた。
その雰囲気に緊張しながら姿勢を正したら、そっと手を握られてドキッとしてしまった。
「…………俺に…なにか話すこと、ないか?」
「…久々知くんと話したいことならいっぱいあるよ」
例えば今日の出来事とか。
それに限らなくたって…どんなくだらないことだって全然構わない。
そう考えながら答えたら、久々知くんは眉尻を下げた困った顔になってしまった。
「…そうじゃ、なくてな…」
「久々知、名前にははっきり言わなければ伝わらんぞ」
立花先輩の横槍にビクッと身体が跳ねる。
反射的に手を引き抜こうとしたけれど、私の手を握る久々知くんの力が強くなってできなかった。
戸惑いながら様子を伺うと、彼は困った顔のまま考え込み、そっと口を開く。
「――名前に、見合い話が来てるって…本当か?」
一瞬何を言われたのかわからなくて、ただ彼を見返しながら瞬いた。
「…どうして知ってるの?」
確かに母親から話は来ていたけど、それを久々知くんに伝えた覚えは無い。
ほとんど無意識に口からこぼれた一言で久々知くんが僅かに目を見開き、直後に悲しそうな顔をした。
どうしてそんな顔をされたのかわからないまま、少しずつ心臓が早くなっていく。
不安で何か言わなきゃと思うのに、なにを言ったらいいのかがわからない。
「…………なんで、話してくれなかったんだ?」
ぽつりと聞こえた声は今まで聞いたことが無い悲しげなもので、段々血の気が引いていくのがわかる。
いつの間にか喉はカラカラに乾いて声が出しづらかったけど、それでも伝えないと駄目だと思ったから――私は自分の考えを口にした。
「それは…、私の問題で…だから…」
「俺には関係ない、か?」
――そうだけど、なにか違う。
上手く言葉にできなくて、視線が下がる。
泣きそうになりながら唇を噛むと、きゅっと手を握られた。つられて顔をあげれば、悲しそうに笑う久々知くんと目が合った。
心臓が跳ねるのは同じなのに、いつもとは違って、胸が痛い。
「……名前、俺はさ……」
いつの間にか息を止め、ズキズキ痛む辺りを押さえて続きを待つ。
けれど久々知くんは軽く頭を振って「ごめん」と謝りながらまた苦笑した。
「何が言いたいのか、自分でもよくわからない」
「久々知く――」
するっと離れていく手を掴みたいのに、動けない。追うために立ち上がりたいのに、足に力が入らない。
呼びかける声は震えていて聞き苦しかった。
「…ごめん…頭冷やしてくるよ」
「兵助、」
「悪い…一人にしてくれ」
戸口に居た三郎が、音もなく出て行く久々知くんを見て肩を竦める。
三郎は後を追うように退室しかけていた足を止め、軽く私の頭に手を置いた。
途端、押し出されたようにボロッと涙が落ちる。
「っ、お前は…………ほら、後で必ず返せよ」
私の膝元に手ぬぐいを放って退室していく三郎を送り出しながら、からかう立花先輩の声がする。
今の私にはそんなやりとりは遠く、頭の中では“どうして”がぐるぐるまわっていた。
わかるのは私が久々知くんを悲しませたということだけで、その理由がわからないのが情けなくて悔しくて…もどかしかった。
「――優しいじゃないか」
「立花先輩ほどじゃありませんよ」
「ふふ、そうか?」
「…………これが目的だったんですね」
「さて何のことやら」
「……」
委員会体験ツアー!の段 -生物-
1924文字 / 2012.03.21up
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