火薬委員会(閑話:笹山)
「兵太夫、ちょっといい?」
部屋に戻ろうと廊下を歩いていたら、ふいに伊助が声をかけてきた。
ふっと自分の部屋の状態を思い出して掃除好きの血が騒いだのかと思ってしまったけど、伊助は普段自分から進んで僕らのからくり部屋には近寄らない。
「どうしたの?」
「苗字先輩の話を聞きたいんだ」
珍しいなと思って首を傾げたらこれまた珍しい名前が出てきた。
思わずぽかんとして見返すと、伊助は何故か楽しそうに笑って僕を自分の部屋に招きいれた。
「今日苗字先輩が僕らのとこに来てたのは知ってる?」
伊助のところっていうと火薬か。そういえば立花先輩がチラッと言ってたような気もする。
七松先輩に連れ去られるのを見て以来会ってないなとか、先輩が買ったらしいお土産はおいしかったなとか、関係ないことばかりが頭をよぎる。
「苗字先輩ね、兵太夫のことすごく気にしてたよ」
――考えたら会いたくなる。
だから考えたくない。なのに、好奇心には勝てなかった。
「……なんて?」
「僕見ると兵太夫に会いたくなるって。あ、伝七にも」
制服のせいかな、と思い出し笑いをしながら教えてくれる伊助の話を聞きながら、それなら会いに来てくれればいいのにって思った。
だって苗字先輩は先輩なんだし、それくらい簡単じゃないの?
ふうんと気の無いふりで返す僕に、伊助が珍しくニヤリと笑った。
あ、なんか嫌な予感する。
「兵太夫すっごく可愛がられてるんだね」
「…………あんまり聞きたくないんだけど」
「まあ僕もちょっと先輩の勢いにびっくりしたけどさ、兵太夫はどうですかって聞いたらにこにこして“可愛い”って連呼するのがおもしろかった」
「苗字先輩はいつもそれ言うけど、他にないのかって言いたくなるよ」
今までも何度か思ってたけどさ。可愛いよりかっこいいのほうが嬉しいのに、先輩はそういうの全然わかってない。
頭を撫でられるとまあいいかって気分になって、結局言いそびれることの方が多いのが悔しい。
かといって、流されずに不満ですって態度をとってもまた“可愛い”って言うんだ先輩は。
「それはおいといてさ、兵太夫に苗字先輩のこと聞くって約束したから教えてよ」
「は!?」
「っていうか、どうして兵太夫は先輩のこと全然話さないの?苗字先輩ちょっとがっかりしてたけど…」
「それは…話したくない、から」
「そういうもの?」
首を傾げる伊助から目を逸らす。
話したくないのは本当だ。
だって、もったいないって思っちゃうんだ。自分でもよくわかんないけど。
無条件に苗字先輩と会えるのは僕ら作法委員だけの特権。先輩が手放しで褒めたり可愛がったり――方法は置いといて――するのは僕(と一応伝七)だけだったのにさ。
体験ツアーなんて今すぐ中止になればいいって思った。
そうすれば苗字先輩はいつもみたいに作法室で僕を出迎えてくれるのに。
「兵太夫、」
「…庄左ヱ門は苗字先輩を褒めすぎだよね」
「うん?…そうかな、けっこう庄左ヱ門の言ってた通りだったけど」
ころっと話の内容をすり変えた僕につられる伊助。
――くのたまだけど恐くない。むしろ優しくて面倒見がよくて、忍たま上級生にもひるまないところがかっこいい。
庄左ヱ門が言うそれだって本当だけど、たまに本気で怒る先輩はものすごく恐いし(笑顔だから余計)、作法室でうたた寝してるときは無防備すぎて不安になるくらいだし、この前みたいに泣かれると僕より年下じゃないかって思ったりする――少なくとも一年は組のみんながまだ知らない先輩を僕は知ってる。それになんだかほっとした。
だから、先輩への伝言もちゃんと用意してあげよう。伊助にも悪いしね。
「伊助、苗字先輩には“いつもカラクリの実験に付き合ってくれて感謝してます”って言っといて」
「うわあ、兵太夫ってば先輩にそういうことしちゃうの?」
「人は選んでるよ?」
「…そのまま言っちゃうけど、いいんだね?」
「うん、いいよ」
先輩の行動パターンから考えて、そう言っておけば近いうちに直接会えるんじゃないかって思う。
きっと怒った顔で僕の名前を呼びながら捕まえにくる。
だから、僕は先輩のためにとっておきのカラクリをつくらないとね。
「伊助、ありがとう」
「え!?なんで笑顔…実は兵太夫って怒られるのが好きなの…?」
「何言ってるのさ。罠の張りがいがあるってことだよ。あ、伊助このこと苗字先輩に言ったら伊助用にも作るからね」
「…………やっぱりいつもの兵太夫だった」
顔を引きつらせる伊助に笑い返す。
さ、部屋に戻ってカラクリの設計を考えないと。せっかくだから三治郎にも相談しようかな。
-閑話・了-
委員会体験ツアー!の段 -火薬-
1955文字 / 2010.12.03up
edit_square