カラクリピエロ

火薬委員会(閑話:久々知・前編)



「心配?」

三郎次の後を小走りに追いかける名前を見送っていると、後ろからそう声をかけられた。
振り向けば俺と同じように二人の方を見ていたタカ丸さんが寄ってくる。

「大丈夫だよ、名前ちゃんたぶん三郎次くんのこと好きだし」

心配はしていないと返そうと思ったのに、言葉に詰まってしまった。
タカ丸さんは何を思ったのか、へらりと顔を緩ませる。

「前にねぇ、ああいう子手懐けるの楽しいって言ってたもん」

のんびりと言われた内容と、名前の雰囲気が一致しなくて思わず眉根が寄った。
確かに名前が三郎次や伊助を見る目は優しかったし、下級生を可愛がるのが好きなんだろうとは思うけれど、それと“手懐ける”は何か違うんじゃないか。

「ちなみにいつでしょうか」
「ん~と……結構前かなぁ。好きな動物の話してたんだけど、にこにこしながら言われたのが意外だったからすっごい印象残ってるんだ。名前ちゃんにとってはさ、三郎次くんの態度って猫が引っかくマネするのと同じじゃないかな~」
「――……?手懐けるって動物の話ですか?」
「そうだよ?」

このやろう。
さも当然のような顔で同意するからつい殴りたくなった。
衝動をやりすごしがてらタカ丸さんを蔵へ促し、ついでにさっきから聞こえる笑い声――抑えてるつもりらしいが――に向かって投石しておいた。というかわざわざ隠れて何をしてるんだ三郎は。暇なのか?

蔵はひんやりとして薄暗い。
大掃除のついでに棚の強度を確認して、屋根裏の方も見ておきたいな。仕舞うときに在庫の確認もすればスムーズだろうか。

そんなことを考えながらタカ丸さんと分担して火薬壷を蔵から運び出す。
何往復かしたところで気を紛らわせるようにタカ丸さんが口を開いた。

「…にしてもさ、兵助くんが女の子と仲良くしゃべってるのって意外だったなぁ…」
「いいからさっさと運んでください」
「これの重さを誤魔化すのに付き合ってよ~。いつからお付き合いしてるの?」

危うく壷を落とすところだった。

抱えなおした壷をゆっくり地面に下ろし、呆れながら振り返る。

「――付き合ってません」
「えぇ!?あれぇ……兵助くんだと思ったんだけどなぁ」
「何がですか」
「ほんとに?何もなし?」

ちゃんと働けと注意しようとしたのに、タカ丸さんのその言葉で俺まで動きを止めてしまった。

よぎったのは塹壕の中で聞いた名前の声。
つられるように医務室でのことや、くるくる変わる名前の表情、動作、色々なことが浮かんでは消えて行く。

――忘れてないどころか…やけに鮮明に思い出せることに気づいて驚いた。

勝手に体温が上がる。
軽く頭を降って、首を傾げながら俺を呼ぶタカ丸さんを睨めつけた。

「兵助く~ん、顔が恐いよ~」
「なんでそんなに気にするんですか」
「だって名前ちゃんは……あー、うー、えぇと~、伊助くんも気になるよね!?」

何かを言いかけたタカ丸さんはあからさまに話題を逸らしてきた。
井戸から戻ってきたばかりの伊助はきょとんとした顔で何度も瞬き、「なにがですか?」と首をかしげる。

「あ、久々知先輩、水向こうに置いてきました。まだこっちには持って来ないほうがいいですよね?」
「ああ。ありがとう伊助、気が利くな。ほら、タカ丸さんも見習ってしっかり働いてください」
「いたぁ!?暴力反対!」

誤魔化しだなんだと騒ぐタカ丸さん(お互い様だ)を適当に蔵へ追いやった後、伊助には少し休憩するよう伝える。
笑顔で「蔵出し終わったら呼んでください」と残して休憩に向かう伊助を見送りながら、近くの樹に寄りかかった。

「……なあ三郎、聞いていいか?」
「――あのなぁ兵助。私は一応お忍び中ってやつなんだが」
「忍ぶ気ないくせによく言うよ」
「さてな。で?何を聞きたいんだ?」

三郎は否定することなく俺に質問を返してきた。仕事をサボるのは本意じゃないけど、少しだけ。

名前のことどう思う?」
「…………それはまたいきなりだな。どう答えたらいいんだ?からかうのに最適で、ていのいい玩具だと言えばいいのか?」
「好きか嫌いか」
「まあ、今は嫌いじゃないが――どうした兵助、タカ丸さんに何か言われたのか?」

そうじゃない。
緩く首を振って否定する。
ただ、名前に言われたことを改めて思い返しただけだ。

――どう思っているのかわからない。

あの時はそう返事をした。なら今は?
その答えについて考えるのを、俺は無意識に避けていたように思う。

あれ以来、名前とは毎日顔を合わせていたから。いつの間にか、友達のように。
くの一教室の近くを通るときはなんとなく名前の姿を探しているし、夕飯どころか昼飯時に居ないのも落ち着かない。それくらい当たり前になっている。

そうして知った名前は、素直で律儀。意外に頑固なところもある。優しいところや、うっかりしているところばかり目立つけど、くのたまらしい一面もあるってこと。
彼女自身は照れ屋なのに、こっちを照れさせるようなことはサラリと言ってしまえること。感情豊かで幸せそうに笑うこと。
――そして、俺はそういう色々な名前を見るのが好きなんだ。

驚くほど呆気なく落ちてきた答えに戸惑う。思わず三郎を見ると、三郎は肩を竦めて俺の隣にきた。

「……私にあんな質問をしておいて、結局は自身への問いだったわけか――で、答えは出たのか?好きか嫌いか、はたまたどうでもいいのか」
「好きだ」
「…友人として?」
「………………うん?」
「おい。なぜそこで首を傾げる、まさかわからないとか言い出すのか!?頭良いくせにバカだなお前は!」
「そこまで言われるようなことか!?」
「あ~~~、くそっ!大体、私は元々反対だったのになんでこんな余計な世話を焼いているんだ!こういうのは勘右衛門の役目じゃないのか!?」

三郎は俺の反論を無視して、いかにも面倒だといった様子でがりがり頭を掻いた。

「兵助、あとは勘右衛門かタカ丸さんにでも聞け。お前よりよほど詳しいだろうさ」
「あ、おい!」

言うなり樹の上に登ってしまった三郎は、すっかり気配まで消してしまった。
入れ替わるように、火薬壷を抱えたタカ丸さんが蔵から出てくる。当然、文句を言われた。

「兵助く~ん、ぼく一人だけ働かせて自分はサボりってずるいよ~!」
「…………今行きます」

タカ丸さんに何をどう聞けばいいんだ。

せっかく整理がついたと思ったのに、新たに浮上した疑問でまた考えることができてしまったようだ。

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