カラクリピエロ

質疑応答


ぱちりと目を開けると外は大分明るくて、うたたね感覚だった私は布団の上でしばらくぼーっとしていた。
気づいた新野先生が山本シナ先生を連れてきてくださって、身支度を整えたり朝食をとったりシナ先生からじきじきに課題を頂いたり(量がおかしいと思ったけど言えなかった)友人が本を持ってきてくれたりと、朝はそれなりに慌しかった。

「そこの花ですが、水を替えておきましたよ。少し萎れてしまってましたがまだ大丈夫でしょう」
「はい、ありがとうございます…?」

新野先生にお礼を言ってみたけれど、この花には見覚えがない。
昨日寝る前にはなかったものだ。
ということは寝てる間にもらったものだろうが――それも全くわからない。

仕事に向かう新野先生を見送った後、可愛らしい雰囲気を持つそれを持ち上げてみた。

くるくる回転させるとほんのり漂ってくる甘い香り。
ふと思い出した立花先輩の言葉から、久々知くんからかもしれないと思った。

(…なんてね)

想像でニヤニヤと顔を緩ませる私は傍から見たら変な人だ。
でも今医務室には私しかいなかったから(新野先生は忍たま三、四年生の校外実技演習の引率だそうだ)気にすることもない。

花を元の椀に戻し、大量に出されたシナ先生からの課題に唸っていると、「失礼します」と声がした。
反射で「はーい」と返事をしてしまったけれど、その声と告げられた“久々知兵助”の名にものすごく慌てた――今は授業中で保健委員もいない。
そして、授業中に医務室を訪れる理由は少ない。

「く、久々知くん怪我!?それとも体調が悪いの?あの、今丁度新野先生は居なくて」
「いや、どっちも違うから落ち着け」
「ほ、ほんと…?あれ、じゃあ授業」
「先生が出張に行かれて自習になったんだ」

そうなんだ、と相槌を打ちながら、久々知くんに僅かな違和感を覚える。
理由がわからないのに“なにか違う”と内心から言われているようですっきりしない。

「…怪我じゃないならどうしてここに?」
苗字の見舞いにきたらいけないか?」

首を傾げて聞き返された内容がなかなか脳に浸透しない。

(久々知くんが、私の、お見舞い?)

カチカチカチ、と組み合った問いかけに思い切り首を振った。

「いけなくない!全然いけなくない!あ、あああの、ありがとう!」
「いや、礼を言われることじゃないよ」
(…?)

くす、と笑った久々知くんを見てまた先ほどの違和感。

久々知くんは笑うと可愛いというか、雰囲気が柔らかくなる。
私はこの変化を見るのが好きだ。大好きだ。
現に今も可愛いと思った。なのに。

(なんで“違う”って思うんだろう…)
「どうした?」
「う、ううん。なんでもない」

違和感を強引に押し戻して、座っていいかを問う久々知くんに頷いた。
緊張して声が震えてしまいそうだ。
落ち着けと自分に言い聞かせ、久々知くんに気づかれないよう深呼吸した。

「昨日のことで一つ確かめたいんだけど」
「は、はい」
「くのたま連中はどこまで絡んでる?」

何を聞かれているのかわからなくて首を傾げる。
関わっているくのたまという意味なら私一人だ。

「私だけ、だけど…答えとしてこれで合ってる?」
「誰かと共謀していたりは?」

――ああ、そういうことか。
やっぱり…素直に受け取ってもらえなかったらしい。
ぎゅう、と心臓の辺りが絞まって苦しい。思わず服の胸元をきつく握った。

「…………昨日の、なら…悪戯じゃ、ないよ」
「では課題か?」

声が出せなくて首を振るだけで答える。
じわりと目頭が熱くなってきたけれど、今はまだダメだ。

「…じゃあ立花先輩や七松先輩は?」
「立花先輩は、私に協力してくれてた。私、作法委員だから…やたらと構っ…気に、かけてくれて……七松先輩の方は、立花先輩に巻き込まれただけじゃないかな」

立花先輩は思い切り自分が楽しむためだったけど。
とはいえ、一応私のためという名目だから不本意ながら“協力”で間違っていないと思う。

かろうじてといった私の返答に、久々知くんは何かを呟いた。
あいにく聞こえなかったけれど雰囲気が硬い。

どうしたら信じてもらえるんだろう。
――どう言えば伝わる?

「…私のせいで久々知くんを巻き込んだのは…本当に悪かったと思ってる…でも、好きって言ったのは、嘘じゃ、ないよ?」
「…………」
「証拠とか、そういうの……無理、だけ、ど……っ、あ、あの、ごめ…、ちょ…と、だけ、待って」

我慢していたのに、しきれなかった。
急いで顔を伏せて勝手にボロボロでてくる涙を拭う。

「ッ、ほら」
「……り、がと……」

そっぽを向いた久々知くんが差し出してくれた手ぬぐいを受け取って、目に当てる。
早く止まって欲しい。まだ全然ちゃんと話せてないのに。

「“それ”は卑怯だぞ…」
「う、ん……私も、そ、思う。ごめんね」
「……私はまだ信じないからな……」
「…………久々知、くん?」

益々色濃くなった違和感に思わず呼びかけると同時、スパンと音を立てて医務室の戸が開いた。


苗字!ここに三郎…………いたな」


「え…?」
「チッ」

久々知くんだ。
戸を開けたのは久々知くん。
私の隣にいるのも久々知くん。

「さ~ぶ~ろ~~~!!」
「落ち着け兵助、話せば長いがこれには理由が」
「うるさい黙れ」

ぽかんと間抜けな顔になる私をよそに、後からきた久々知くんは逃げようとした久々知くんを鮮やかに捕まえた。
あっという間に簀巻きにされた久々知くんが私の横に転がる。

「兵助、ここは医務室だぞ、医務室で怪我をするなんてあんまりじゃないか?」
「まずその変装を解いてもらおうか」
「…無視か」
「俺の声使うのもやめろ」
「…………変装を解くにしてもこれでは無理だ。縄を解いてくれないと」
「……ちっ。逃げようとしたら…わかってるな?」

冷ややかに簀巻きの久々知くん(?)を見下ろして告げる久々知くんに気圧されて、私が怒られてるわけじゃないのに身を竦ませてしまった。

ぶつぶつ言いながら顔に触れた久々知くん(元簀巻き)は、あっという間に別人に。
私は思わず「あ」と声をあげる。彼はときどき図書室でお世話になる人だ。

「不破くん、だっけ」
「違うよ苗字
「え?」
「顔は雷蔵だけど、こいつは鉢屋三郎」
「はちや、さぶろう……」

“鉢屋三郎”も名前だけなら知っている。
成績優秀だけど素顔がわからない謎の人物――くの一教室には噂でそう伝わっている。

「……ごめん。その、三郎に何言われた?」

いまだ混乱の余韻から抜け出せないまま聞いた名前を繰り返すと、“鉢屋三郎”を簀巻きにし直した久々知くんがそっと聞いてきた。
驚きで涙は止まったけれど、目と目元は絶対赤い。
恥ずかしくて、咄嗟に顔を伏せると、それをどう捉えたのか、いきなり久々知くんが“鉢屋三郎”に拳骨を落とした。

「いった…兵助!いきなり殴るな!」
「雷蔵!」
「……はいはい。僕は三郎の保護者じゃないんだけどね」

久々知くんが呼ぶと、天井からトンと人影が降りてきて簀巻きの“鉢屋三郎”を引きずって医務室から出て行った。

今のは本物の不破くんだろうか。
というか、いつから天井裏にいたんだろう。
不破くんがいた辺りに意識を集中すると、まだ二人分の気配がある。また誰か降りてくるんだろうか。

苗字
「あ、はい」
「悪かった…その、聞いていいのかわからないけど…」

久々知くんは私が泣いていたことを気にしてくれているらしい。
固く握り締めたままの手ぬぐいを見つめる久々知くんに、気にしないでと首を振った。

「…………きっと久々知くんも、気になってたことだったんじゃないかな」
「俺も?」
「昨日のが悪戯かどうか」
「…………」
「…ほら。気になるでしょ?」
苗字、」
「だからね、本気ですって言ったの」
「っ、」
「その勢いで、ちょっとね」

少し嘘だけど。
私の言葉に驚いて顔を赤くする久々知くんを見られたし、いいかなって思う。

「私は…悪戯でも課題でもなく、久々知くんが好きです」

仕切りなおしをするように言った。
視線をうろうろさせる久々知くんはさっきよりも顔が赤い。
それがなんだか可愛くて頬が緩んだけれど、少しずつ久々知くんの顔が曇っていくのを見てわかってしまった。

――ああ断られるなって。

「…あ、りが、とう……でも、俺、」
「ちょ!ちょっと待って」

やっぱり。
“でも”ときたら色よい返事が貰えないのは確実だ。
こうなったら覚悟を決めなくては。

私はゆっくり深呼吸して、久々知くんをしっかり見た。
捻挫さえしていなければ正座したのになぁと思いながら。

「遮ってごめん、お願いします」
「…う…そんな畏まられると困るんだけど……その、ちゃんと答えられないから」
「…………へ?」
「俺は苗字のことよく知らない。だから、どう思ってるかはっきりとはわからない」
「…久々知くんは好きな人、」
「いないよ。いたら断ってるだろ」
「あ、そ、そう、だよね…」

てっきりごめんなさいされると思ったのに、予想外だ。
まだ、頑張れるかもしれない。諦めなくていいのかも。

「……一つ聞いてもいい?」
「え?ああ、いいけど…」
「久々知くんが私を好きになる可能性ってゼロ?少しくらいは希望ある?」
「え……、え!?」
「たぶんでもいいから」
「ゼロじゃ、ない…と思う…」

――それだけ聞ければもう十分だ。

「そっか」
苗字?」
「……久々知くん、私ね、結構諦め悪いんだ」
「…は?」
「これからよろしくね」

今だけは泣いた顔だってことを忘れて、私は精一杯の笑顔を浮かべた。

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