カラクリピエロ

雨+休み=?


いつもは騒がしい忍たまも、雨の日はいくらか静かになるらしい。
忍たま長屋の廊下、下級生の部屋から漏れ聞こえてくる声がいかにも退屈そうで、つい笑ってしまった。

「――立花先輩いらっしゃいますか」
名前か、どうした」
「今日の委員会ですけど」
「…委員会?作法の活動は休みだぞ」

すらりと戸が引かれ、私を出迎えた立花先輩はきょとんとした顔で当たり前のように言う。
頭の中で描いていた予定とは全く違う返答に出鼻をくじかれ、一瞬思考が止まった。

「……………聞いてません」
「私は確かにその辺にいたくのたまに伝言を頼んだはずだが…お前はどこを通ってきたんだ」

雨が酷くならないうちにと愛犬の世話をして食堂に寄り、図書室に行こうとしたところで鐘が聞こえたのでここへ。
順路をきっちり告げたら、立花先輩は溜息を吐き「すれ違ったか」と呟いた。

「ともかく休みの予定は変わらないから、自由に過ごしてかまわない…………まぁ、無理だろうがな」
「え」

ぼそりと付け足された一言と同情めいた眼差しを受け、反射的に声を漏らしたところでいきなり身体が浮いた。

「きゃあ!?」
「やっと見つけたぞ名前!!」
「な…な、な、なな…まつ、せんぱい?」
「お前宛てにくのたまから伝言を預かってきた!」

七松先輩は私を持ち上げたまま(驚きすぎてまともに返事ができない)、にこにこ顔で宣言したあと傍にいた立花先輩に気づいたらしい。
何度か目を瞬かせ、「遅かったか?」と呟いてからようやく私を降ろしてくれた。

「――本当に、お前が来ると騒がしさが倍増するな」
「諦めろ仙蔵!」
「…………ハァ……伝言というのは作法委員会が休みの件だな?」
「ああ!それでな、ちょうどいいから名前をうちに貸してくれ」

先輩方のやり取りの途中、いきなり七松先輩の腕が肩に乗る。
重い、と思うのに…なんだかこの重さに慣れてきている気がしてすごく複雑だ。

「小平太がその伝言を持ってくるということは……お前、最初から名前を連れ出すつもりだったろう」
「わははっ、ばれたか!」
「まさかこの雨の中マラソンだのバレーボールだのする気じゃないだろうな」
「やろうと思ってたんだけどな、変更した」
「…………あの、ちょっといいですか?」

一応控え目に手を挙げて発言すると、二人から同時に視線を向けられて少したじろぐ。
七松先輩の腕が乗ってるからあまり動けなかったけど、それ以上に言いたいことがあった。

「七松先輩、先に私の予定を聞いてくださいよ」
「なんでだ?」
「………………私、体育委員会には参加したくないんですけど」
「今日は運動しないから大丈夫だ!な、いいだろ仙蔵」

――だから、どうして立花先輩に許可を取るんですか!
先輩も先輩で“仕方ない”と言いたげに肩を竦めるのが納得いかない。行くことになるのは私なのに。

「小平太、お前の飼い主が不満そうだぞ」
「かっ、飼い主、とか、今は全く関係ありません!」

くすりと笑って私を見る先輩の表情は、明らかに私の“不満そう”な理由を正確にわかってる。
文句を言おうとしたのに、肩に乗ったままだった腕がどいたと思ったときには七松先輩に担がれていた。

「ちょっ、ちょっと先輩!?」
「心配しなくても、わたしはお前に構うのが一番好きだ!」
「……別に構って欲しいわけじゃなくて、」
「だからこうして捜していたわけだしな」
「話を聞いてください!」

腹いせに思いきり爪を立てたのに、先輩はこたえるどころか楽しそうに笑う。
こうなったら最後の頼みとばかりに身体をよじって立花先輩を見たけど、先輩は私よりも先に「すまない」と言葉を発した。

名前、悪いが私はこれから忙しい。珍しく室内という話だ、そう酷いことにはならないだろう」
「…………、ちなみに何をする予定なんですか」
「てるてる坊主を作る!」

にこにこ笑顔で言い切る七松先輩の返事を聞いて、思わず口をぽかんと開けてしまう。
立花先輩も予想外だったのか、わずかに見開いた眼をパチパチさせてから、呆れをたっぷり含んだ溜息を吐きだした。

「…行ってこい名前。その方が静かでいい」

――思いっきり自分都合じゃないですか。
しかも微妙に七松先輩と同じ側(騒がしい人)に入れられているのが不満だったけど、それをぶつけるよりも早く七松先輩が私を担いだまま、ぐるんと方向を変えた。

「わ!?」
「さあ行くぞ名前!いけいけどんどーん!!」

反射的に先輩の装束を握ったものの、先輩は片手を頭上にあげただけで進み自体はゆっくりだった。
部屋の距離がそんなに離れていないからなんだろうけど、なぜか悔しくなってわざと制服に皺を作った。同時に聞こえたのは、静かに戸が閉まる音――きっと立花先輩の部屋だろう。

「…七松先輩、なんで作法が休みか知ってますか?」
「知らん!」
「…………そうですよね」
「なんだ、名前は寂しいのか?」
「え!?そ、そんなんじゃ…ただ理由が知りたかっただけで……あの、聞いてますか?」
「仕方ない、名前のために作法委員も呼んでやろう!」

七松先輩は問いかけが通じているのかかなり怪しい返事をすると、私をその場に降ろす。
大きな手で頭を撫でられたことに戸惑いながら、目の前の戸が勢いよく全開にされるのを見た。

「滝夜叉丸、それと金吾!」
「は、はい!!」
「……はいはい、なんでしょうか、七松先輩」

びくっと跳ねた金吾と、一瞬うんざりした顔を見せて溜息をついた滝夜叉丸の周りに転がっているのは、何度か見た覚えのある七松先輩の人形。

「お前たち二人で作法委員を集めて来い」
「それは構いませんが…喜八郎は捕まるかどうかわかりませんよ」
「捕まえて来い!」

間髪入れず、笑顔で命令をくだす七松先輩に滝夜叉丸が顔を引きつらせる。
はっとして先輩の装束を引けば不思議そうな顔で見返された。

「わざわざ集めなくていいですから」
「なんでだ、嬉しくないのか?」
「そりゃ、どちらかといえば嬉しいです。でも」
「そうだろ!」
「きゃああ!!」

ひょいとまた持ち上げられて、勝手に悲鳴が口から飛び出る。
私を抱えたままその場で一回転するものだから、振り落とされないようにしがみついた。

名前が嬉しいとわたしも嬉しいんだ」
「…………捜すの、先輩じゃないくせに」

満面の笑顔にドキッとしながら、そっと目を逸らす。
視線の先では金吾と滝夜叉丸が戸口から出て行くところで、なんだか申し訳ない気分になった。






「次屋先輩、これってなんか……」
「…………やっぱり四郎兵衛もやばいって思うか?」
「はい」

「――こんなに先輩の人形が吊るしてあると不気味なんですけど」
「どこがだ、可愛いだろう?」
「首つりに見えてきて怖いです」

「……名前先輩がいると言いたいこと言ってくれていいな」
「……そうですね」

「お前にも一つやるぞ!つけてやるから動くなよ」
「腰ひも掴まないでください!!」

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