カラクリピエロ

君の為という大義名分


※夢主は不破の幼馴染

君の為という大義名分(前編)


休日の朝、割と早い時間に雷蔵を訪ねてきた小松田さんは、手に持っていた入門表を確認しながら来訪者の名を口にした。

「――えーとね、苗字名前ちゃんって女の子が」

それを聞いて、驚きに目を見張る雷蔵を押しのける勢いで身を乗り出す。

「小松田さん、それ本当ですか!?」
「うん、今は門のところで…」

笑顔で頷いた小松田さんの話途中で部屋を飛びだす。
三郎、と呼び止められた気もしたけれど、私はそのまま学園の門に向かって全速力で駆けた。

小松田さんが言った通り、門には一人の女が佇んでいた。
手に笠を持ち、空を仰いでいた女がゆっくりとこちらを見る。
私を認めて数回瞬くと、目元を柔らかく細めて「久し振り」と言葉を紡いだ。
途端に鼓動が速くなり、自然と口元が弧を描く。

「あれ、雷蔵は一緒じゃないの?」
「…………やっぱりわかるか」
「え、なりきってたの?その顔で?」

問い返されて内心動揺する。私はそんなにわかりやすく表情を崩していたんだろうか。
いや、だとしても名前を見て微笑むのはいつものことで、気持ちを気取られるほどじゃないはずだ――と思いたい。

「雷蔵になりきるんだったら“うわぁほんとに来てるよ…やだなぁ”って顔しなきゃ」
「――、」

笠を引き上げて口元を隠しながら、名前がくすくす笑う。
久方ぶりに見るその笑顔に目を奪われた。女らしい所作のせいかとも思うが…前に会ったときよりも、綺麗になった気がする。
押し黙った私を不審に思ったのか、名前はわずかに首をかしげた。

「……お前を見て、そんな顔できるわけないだろ」

黙っているのはらしくないと思って口を開けば、取り繕うのを忘れた本音がこぼれ落ちていた。
それに自分が驚いて、ゲホゲホと咳での誤魔化しを試みる。まったく、こんなポカミスをやらかすとはとんだ失態だ。
名前の反応を見る前に、多少強引ではあるが彼女が学園を訪れた目的を探ることにする。

「…んー。雷蔵にお願いしようと思ってたんだけど、三郎でもいいかな」
「なんだ、学園の見学か?」
「私を食堂のおばちゃんに売り込んで」

にっこり笑って突拍子もないことを言い出す名前に呆然としていると、後ろから「うわぁ…」と雷蔵の嫌そうな声がした。

「…ね?雷蔵、やだなーって顔したでしょ?」

内緒話をするように声を潜め、得意げに目くばせしてくる名前を見下ろしながらぎこちなく頷く。
さすがだな、と声を出したのは私のはずなのに、それをどこか人事のように聞いていた。

「どうしたの名前、君が学園にくるなんて珍しいね」
「食堂のおばちゃんのご飯を食べに来たの」
「…………本気?」
「当たり前でしょ!それから、しばらくお世話になるつもり」

は?と私と雷蔵の声が重なる。
どういうこと、と問いかけてくる視線を感じるが私だってその話は初耳だ。
肩を竦めて返したら、するりと腕を絡め取られて名前を凝視してしまった。
存外近い距離と、微かに薫る花の香に落ち着かなくなる。

「というわけで、三郎よろしくね!」
「…さっき言ってた売り込めというやつか?」
「そ。私はすっごく働き者で役に立ちますよー、ってね」

さあ行こう、とばかりに私の腕を引くが、学園に不慣れなくせにどこへ行くつもりなんだ。

言いだしたらきかない性分なのは知っているものの、他にも懸念事項はある。
雷蔵も同じことを考えたのか、大きな溜息(絶対名前に聞かせるためのものだ)を落とし、名前の目を自分に向けさせた。

「あのね名前。おばちゃんの手伝いをするのはいいと思う。けど、寝泊まりはどうするつもり?」
「雷蔵の部屋でいいよ」
「…よくないよ」
「じゃあ三郎の部屋にする」
「ごほっ、」

ぴとっと私の腕にくっついての問題発言が衝撃的すぎて変なむせ方をしてしまった。
再度溜息をつく雷蔵が淡々と事実を述べる(同室だからどっちも変わらない)のを聞きながら、心を落ち着かせることに集中した。

雷蔵はなんとかして名前を追い返したいようだが、今回ばかりは賛同できない。

――だって雷蔵の故郷でしか会えないはずの名前が、学園で生活するのを見られる機会なんて今後あるかどうかわからない。むしろほとんど無いだろう。

それに…学園内でなら私の勇姿が見せられるかもしれないじゃないか。『三郎かっこいい…!』という展開があってもおかしくないだろう?

「――雷蔵!名前の面倒は私に任せろ!!」
「三郎…まさか僕らの部屋を提供するなんて言い出さないよね?」
「さすがにそれはないな」

む、と不満げな名前を視界に入れないようにして、視線で先を促してくる雷蔵に頷く。

「おばちゃんの了承を得るのは前提として…学園長先生に相談してみないか」
「…………どうする名前。君のせいで事態がだんだん大きくなってきてるけど」
「もちろんお願いするよ!」

引いてくれるんじゃないかと僅かに期待する雷蔵の視線が名前に向けられる。
名前はそれをあっさり砕き、嬉しそうに満面の笑みを見せた。





君の為という大義名分(中編)


話の流れのまま食堂を訪れて(雷蔵は用事があると言って逃げだしたが、むしろ私にはありがたかった)、昼食の準備をしているおばちゃんを捕まえる。
あら今日はここで食べてくれるのかしら、と笑うおばちゃんに他愛ない返事をして、傍らでおとなしくしていた名前に目をやった。

「初めまして、苗字名前と申します」

挨拶する名前はふんわりと人好きする笑みを浮かべ、自分が雷蔵の幼馴染であることを告げる。
雷蔵から食堂の料理がいかに美味しいか自慢されたこと、その味を勉強させてもらいたい――またもや初耳の内容が名前の口から飛び出た――そのためにしばらく仕事を手伝わせてもらえないかと、懇願するようにおばちゃんを見上げた。

「そうねぇ……」

頬に手を当てるおばちゃんの意識がそれた瞬間、ちらりと私を見る名前――今だ行け、という合図だ――に軽く頷く。
……名前はくの一教室に通っているわけじゃないくせに、どこでそういう仕草を覚えてくるんだろうか。

とりあえず前もって言われていた通り、名前はすごく働き者で役に立ちますと口添えを。ついでに朝には強く、根性もあるし、ちょっとやそっとじゃへこたれない(そればかりか雷蔵を振り回し、酷いときにはトラブルを引き起こすのだが)と――気づけば熱心なほど名前を推していた。
三郎、と微かに聞こえた驚き混じりの声にハッとする。

「あー…ゴホン…というわけで、どうでしょうか。名前は人見知りもしませんし」

私を見上げてくる視線から逃げるように、名前の肩を軽く叩く。
なんだこの落ち着かない気分は。そもそも私はどうしてこんなに名前を意識してるのかわからない。いつもはもっとうまく立ち回れていたはずなのに、一体なにが違うというのか。

忙しない私の心情をよそに、おばちゃんは私と名前を交互に見て「大歓迎よ」と笑顔で言った。

「でもいいの?名前ちゃんのお家とか、お仕事は大丈夫?」
「はい。先日まで働かせていただいていた茶店がなくなりまして、働き口を探していたところなんです。家は既にありませんから、問題ありません」

嬉しさが隠せない様子でにこにこする名前がさらりと告げる内容に、おばちゃんのほうが目を丸くしている。
言葉足らずで自分も知りたかったところ――名前は雷蔵の家で世話になっていたはず――に軽く触れると、名前は笑顔のまま「雷蔵のところ行ってくるって言ったから大丈夫」とあっさり答えた。

「…なるほど…雷蔵のそばなら安心ということか」
「実際そうでしょ?それに、こうして三郎もいるしね」
「…………そりゃ、まあ、そうだな」

無条件の信頼があるのは羨ましい。
雷蔵への羨望が脳裏をかすめた直後に私を持ち上げるなんて、卑怯だろう。
見ろ、“当然じゃないか”と胸を張るどころか声が上ずったじゃないか。

いささかぐったりしながら(精神的疲れだ、きっと)次の目的地へ名前を促す。
ご機嫌状態の名前は軽い足取りで、またしても向かうべき方向を聞かないうちから勝手に――

「ちょっと待て名前、そこで止まれ!」
「あの看板読みにいくだけだよ」
「馬鹿、それは――ったく、」
「え、わっ」

ふらふらと不用心に罠に踏み入りそうになっていた名前の腕を掴んで引き寄せる。ふわりと、花の香り。
それを強引に無視して、胸元へ納まった名前に学園内がいかに危険かを説いた。多少脚色気味なのは、このくらい言わないとこいつには効果がないからで、ひいては名前のためだ。

「ちゃんとわかったか?わかったら不用意にうろちょろするな」
「実際に見てみたいんだけど…だめ?」
「だめだ。いいか、怪我をしたくなかったらなるべく私と……、私か、雷蔵か…ともかく、生徒と一緒に行動しろ」
「……ねえ、三郎ちょっと背伸びた?」

人の話を聞いていたのかこの女は。
全く関係ない話に移ろうとする名前に再度説教しようとしたのに、できなかった。
私の肩に手をおいて背伸びをする名前が、近い。ものすごく。

「あ、やっぱり大きくなってるよね。ほら、もう背伸びしてもちょっと足りない――っ、ん!?」

――唇に吸い寄せられたんだと言ったら、信じてくれるだろうか。

自分のしでかしたことに胸中は大荒れだったが、表情は幸か不幸か固まって動かない。
名前も背伸びをやめた以外は私を凝視したまま、申し訳程度に瞬きをしただけだ。

「…………わたし、が…ちゃんと、返事しなかったから?」
「ば…馬鹿かお前は!それともなにか、お前にとって口づけは嫌がらせか口封じの手段でしかないのか!?」
「違うけど」
「けど、なんだ。ああ確かに黙らせたいとは思ったし触れてみたいという衝動に身を任せた私が悪いのかもしれないが、そもそもの原因は名前が顔を近づけてきたからで」
「顔近付けたら、誰にでもしちゃうの?」

つらつらと捲し立てる私の言葉など意にも介さず、名前は疑問をぶつけてくる。
未だに混乱が続いている私の頭はそれを理解するのに時間がかかり、理解したらしたで名前には私がそういう男だと思われたのかと軽く落ち込んだ。

「………………誰にでもなわけあるか。私は…好きでもないやつに口づけるほど酔狂じゃない」
「誰にでもじゃないんだ」
「当たり前だ」
「……そ。なら…いいよ。初めては三郎にあげる」

俯いて頭を押し付けてくる名前を見下ろしながら、たった今聞こえた台詞を反芻する。
好きだとまともに伝えていない、答えてもらっていないこの状況でどうなんだと自問しながら――嬉しい、と思う気持ちを止められない。
いつになく頬や耳が熱くて、自分のものじゃないみたいだ。

そろりと腕を回そうとしたのを察知したように名前が顔を上げる。
思わず固まる私をよそに、がしっと私の腕を掴んで「行こう」と力強く言った。





君の為という大義名分(後編)


「ど、どこへ行く気だ!」
「三郎が言ったんでしょ、学園長先生のところだよ」
「待て。待て待て待て、名前、お前私を翻弄して遊んでるんじゃないだろうな」

タイミングを見計らって好きだと告げるつもりだったのに、すっかり余韻が冷めてしまった。
それどころか…なかったことにされているような気がして名前を止めると、名前は雰囲気を一転させ、私を睨み付けた。

すうっと空気が冷える――もちろん錯覚だろうが、確実に言えるのは私が名前を怒らせたということだ。

「…………私が、三郎で遊んでるって、本気でそう思ってるの?」
「いや、それは言葉の綾で……悪かった。でも仕方ないだろう、お前が…………、だから!名前の言葉一つで、私ばかりが浮かれて…、馬鹿みたいじゃないか!」

恥をさらけ出したおかげで名前の怒りは引いたようだが、僅かに目を見開いて瞬く名前に今度は居た堪れなくなる。
せめて視線からは逃れようと自分の腕に添えられていた手を外し、名前自身を引き寄せた。

意外にもおとなしく腕の中に納まった名前は何も言わない。様子を探りながらゆっくり抱きしめるとピクリと震え、ようやく反応らしい反応を見せた。

「――…好きだ」
「ひっ」
「…………おい名前、人が決死の覚悟で告白してるのに…って……」

思いきりびくついて息を呑む名前を覗き込むと、じわじわ赤さが増していく。

「…どうしたんだ?」
「わか…わかんない、なんで!?」

それを私が聞いているんだが…名前にとっては口づけよりも直接的な言葉のほうが恥ずかしいんだろうか。
そのまま見つめていたらついには涙目になって、か細い声で「心臓が痛い」などと可愛いことを言い出すから、またもや衝動に身を任せて口づけてしまった。

抵抗されないのをいいことに、腰を抱き寄せてさっきよりも強く、長めに唇を押し付ける。

「ん…っ、んん、んー…~~~~っ、」

忍装束を握っていた手が、弱々しく抗議するように私の胸を叩く。
ああそうか、と思い当たって唇を離せば「ふぁ、」とやけに色っぽい声と乱れた吐息が耳朶を掠めた。

「……こ、殺す気!?」
「鼻で息をしろ鼻で。教えてやるから」
「う…わ…いい、やだ!!三郎いやらしいもん!!」

名前は今しがたの空気をぶち壊すと身をよじる。
不本意な言葉に対する文句を押しこめ(否定しきれないというのもあるが)、ジタバタする名前の逃亡を阻止した。

「――じゃあ、返事」
「…え」
「私は名前が好きだと告白したんだ。お前はそれに対する返事をするべきだろ」

口ごもり、一気に赤くなる名前と、今までのやりとりを振り返れば自然と期待は高まる。
答えあぐねている名前は何を考えているのか、じっと私を見つめ「ご飯」と唐突に言った。

「は…?」
「私のつくるご飯が美味しくなるまで待って」
「…別に名前の料理は不味くないだろ」
「でも美味しくないんでしょ?『どれも大味だから僕が迷う必要ないね、ハハ』って雷蔵に言われたもん」

雷蔵はそんな嫌味な言い方はしていなかったと思うが…というか、それが原因でわざわざ学園まで来たんだろうか。
だとしたら、雷蔵に感謝だ。

そんなことを考えながら、答えを先延ばしにしようとする名前を見つめ返す。

「もし滞在が叶わなかったら?」

学園長先生への相談はこれからで、名前が学園に残るかどうかは確定していない。
どうあっても許可を得られる方向に持っていこうとは考えているが、それを隠して聞けば、名前は少し間を置いて「つくったの持ってくる」と言った。

「それで雷蔵に食べてもらう」
「そこは私じゃないのか!?」

食べに来い、じゃないところに軽く感動したのに(会える頻度が上がるというのもいい)、即座に突き落とされた気分だ。

「雷蔵は私に嘘つかないから、本当に美味しくなったかわかるでしょ?」
「…………私が嘘をつくとでも?」
「念のため。だって三郎は私を甘やかすし…私、本当に上手になりたいんだよ、料理」

真剣に紡がれた言葉に押し黙る。
いずれにせよ、答えをださないまま名前が逃げることはなさそうだ。
それが確認できたから――私は小さく息をついて「わかった」と頷いた。

「ただし、最終評価は雷蔵任せだとしても、私の分も用意すること」
「うん」
「…雷蔵だけが名前の手料理を食べられるなんてずるいからな」

学園長先生の庵を目指しながらの会話途中、名前が足を止める。
つられて立ち止まると、困惑した表情の名前が訝しげに私を見た。

「…三郎、なんか変じゃない?」
「もう取り繕う必要もないからだ」

…それから、名前を口説き落とすことも考えている。
直接的な言葉に効果があるとわかっていて、これを使わない手はない。

策を巡らせているうちに口元が緩む。
それを敏感に察知した名前は私から離れようとしたが、もちろん腕を掴んで引きとめた。

――学園長先生はろくに事情も聞かないうちからあっさり快諾。
名前は先生方の部屋の近くにある客人用の部屋に滞在が決まった。
夜に忍んで行くにはリスクが高すぎる場所だが、昼間は確実に毎日会える。

さて、これからどう攻めようか。







「…は?なんだって?」
「だから名前の滞在する部屋が決まったんだよ」
「そこじゃないよ、その前。僕に試食しろって何?そうやってまた相談なしに勝手に決めて、僕を巻き込むのやめてくれないかな」
「決めたのは私じゃなくて名前だぞ」
「……三郎、名前の面倒は任せろって言ってなかったっけ?あれ嘘?」
「私だってな、不本意なんだ。だけど名前が雷蔵じゃないと駄目だっていうから…」
「うわぁもう……だから嫌だったんだよ……」
「料理の腕をあげたいなんて女らしいじゃないか」
「…三郎、君に“恋は盲目”って言葉をプレゼントするよ」

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