カラクリピエロ

心配性とマイペース



――トントントントン。

定期的なリズムを持って聞こえる音を耳に入れながら、戸口の外の気配を探る。
今にも軽めの足音が近づいてきて『ただいま』と姿を見せるんじゃないかと、何度も引き戸に目を向けた。

「……三郎」
「…なんだ勘右衛門」
「指。足。うるさい」

定期的な音が止む。
勘右衛門の呼びかけに気を緩めて返事をしたら、溜息をつきながらそう言われて眉根が寄った。

「何の話だ?」
「無自覚かよ…机叩くのやめろ。あと膝揺れてるのチラチラ見えて鬱陶しい」

思い切り呆れた顔で言う勘右衛門に合わせ、一年生が気遣わしげに「どうしたんですか鉢屋先輩」と聞いてくる。

「…遅いと思わないか」
「え?」
「なにがですか?」
名前だよ」

素早く瞬きを繰り返す一年生に返したら、またもや勘右衛門の溜息が聞こえた。

「ついさっきまではその辺うろうろして、座ったら座ったで落ち着きなさすぎだろ。そんなに心配しなくても大丈夫だって、ちょこっと常小寺行って手紙渡してくるだけなんだから」
「でも遅い!」
苗字先輩はのんびり屋さんですからね」

庄左ヱ門の評に彦四郎が「寄り道も好きだもんね」と言いながら頷く。
確かに蝶や花に気をとられているのかもしれないし、常小寺の和尚と話が弾んでいるのかもしれないが――

「なにかあったのかもしれないだろう」
「…なんで」
「私の勘がそう告げている!」
「…………何かって、例えば何だよ」
「ふらっと戦場に迷い込んでるとか、迷子になっているとか、もしかしたら誘拐かもしれない」
「三郎、知ってると思うけど名前は一年生じゃなくて四年生だから。それに方向音痴でもないし、あれでも一応上級生で」
「いやわからないぞ。マイペースっぷりに加えてあの可愛らしさだからな、どこぞの盗賊にひょいとさらわれて『こいつぁいい値で売れそうだな、へっへっへ』なんて展開になっていたらどうする!?くそ、やはりついて行けばよかった、どうして一人で行かせたりしたんだ私は!」
「それは鉢屋先輩にも用事があったからでは?」
「放っておけ庄左ヱ門。彦四郎、悪いそれ取ってくれる?」

どうぞ。ありがとう、というやり取りを視界の端に入れながら、いてもたってもいられずに立ち上がる。

「――迎えに行ってくる」
「土産よろしく」
「いってらっしゃい鉢屋先輩」
「お気をつけて」

いかにもどうでもよさげにコメントしてくる勘右衛門(こっちを見てもいない)と一年生に見送られ、教室から出た。
外出届を貰って着替えて学園の門へ。

――小松田さんが事務室から出てくる時間すら惜しい。

「小松田さん、外出届ここに置いていきます!」
「え!?あ、はーい、いってらっしゃーい」

徐々に小さくなる声を背に常小寺への道を急ぐ。
この辺で賊が出たという話は聞いていないが、昨日はいなくても今日湧いたかもしれない。

一直線に目的地に向かって進んでいたが、ふと茶店に名前が見えたような気がして足を止めた。

「――! 名前!?」
「あ、鉢屋先輩こんにちは」

にこにこしながら店先で団子を食べていた名前が「いい天気ですね」と暢気に挨拶してくる。
皿を挟んで腰を下ろすと、笑顔のまま団子の盛られた皿を差し出してきた。

「先輩もおつかいですか?」
「……まあな。常小寺はどうしたんだ」
「いってきましたよ。和尚さんに会うまで無駄に面倒でしたけど、ちゃーんと学園長先生からのお手紙渡して、ちょっと境内のお掃除手伝って、ついでに愚痴に付き合ってきました」

ふーん、と相槌を打ちながらもらった団子を頬張る私に、名前はどこか自慢げに包みを見せる。

「あとでみんなで食べましょうね」
「それも食べ物か?」
「学園長先生も大好きな水あめです!学園長先生には内緒ですよ、取られちゃうかもしれませんから!」

ぎゅっと大事そうに包みを抱き締めて口元に指を立てる名前は至って真剣で、やや上目がちに「秘密です」と可愛いことを言う。

名前、お前なんともないか?」
「? 見てのとおり元気ですけど」
「そうじゃない、誰かに目をつけられてないかと聞いてるんだ」

距離を詰め、何度も瞬きを繰り返す名前をじっと観察する。
視線を空へ投げ、しばし考え込んでいた名前は「どう思います?」と返してきた。

「私って騙されやすそうに見えますか?」
「…見える」
「えー!?」

雰囲気からしてのんびりぼやっとしているし、上手く言いくるめれば素直に頷きそうにも見える。そこが可愛いところでもあるが。

名前はムッとして立ち上がり、腰に手を当ててそんなことはないと言い張るが、私からしてみたら連れ去るには支障ないと確認できただけだ。

腕を伸ばし、名前を引き寄せる。
よろめいて屈む名前を抱き締めて、ようやく安心できた。

「え?な、なんですか?どうしたんですか鉢屋先輩、具合悪いんですか?」
「……非常に悪い。だから学園まで連れてってくれ」
「もちろんです!おんぶしましょうか?」
名前には無理だと思うが」
「う…な、なら、肩貸します!」

私を支えるべく腕を回してくる名前の肩を遠慮なく抱くと、微かに甘い匂いがした。
さっき食べた団子か、和尚に渡された土産だろう。

「低すぎる」
「どうにもできませんから我慢してください」

名前を抱き寄せて気付かれないよう頭頂部に口付ける。
私がよろけたと思ったのか、名前は歩調を緩めて様子を伺うようにこっちを見上げてきた。

「大丈夫ですか?」
「ああ……今度は私もつれてけ」
「先輩はとんち得意そうですもんね。問題考えてあげたら和尚さん喜びますよ」

常小寺に限定したわけではなかったんだが。
まあ、いいか。






「そういえば鉢屋先輩、おつかいは大丈夫なんですか」
「ない」
「えー!!?さっき“ある”って返事したくせに」
「…そういえば勘右衛門が土産を要求していたな。名前の持ってるそれでいいだろ」
「これは私の報酬です」

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