カラクリピエロ

あなたじゃなきゃ嫌なんです(2)


※鉢屋視点





指通りのいい髪に触れながら、八左ヱ門が口にした“噂”を思い出す。
最近も何も、名前は前からこうで変化なんて――…あるには、あるが。
こいつが以前にも増して肌や髪の手入れに気をつけているのは私のためであって、周りにとってはどうでもいいことのはずなのに。くのたまが忍たまの領域を――ろ組をうろちょろするから変に注目を集めてしまうに違いない。
ただでさえ くのたまの制服は目立つし、五年に混じる女の声は浮くものだから。

見せつけるために引き寄せて、周りに牽制しているのを名前に気づかれないよう軽口を叩く。
いつもなら返ってくるのは反論なのに、名前は「そうだね」と同意を返してきた。

疑問を感じて覗きこめば、見えるのは泣きだしそうな笑い顔。
これを目にするたび、笑うか、泣くか、どっちかにしろと言いたくなる。
――そんな顔をさせているのが自分だというのもやるせない。

どうでもいいことはきっちり言い返してくるくせに、こいつは自身に関することほど溜めこんでいる気がする。
この髪のことだってそうだ。八左ヱ門に言ったみたいに主張すればいいのに、どうしてしてこないんだ。
そうすれば私だって気に入った、くらい……言えないかもしれないが、何かしらの反応ができるのに。

「三郎?」

脳内でごちゃごちゃ考えていたことを直接ぶつけてやろうかと思う。
なのに言葉は喉に張り付いたまま、なかなか出て来てくれない。どうにも本音を漏らすのは苦手で舌が上手く回らなかった。名前に対するときは特にだ。

結局何も言えないまま、学級委員長委員会の面々に見つかって捕まってしまった。
仕事途中で寄り道をしたのは確かだが、なにもこのタイミングじゃなくてもいいだろうに。

あきらめ混じりにしゃがみ、一年生と額をつき合わせる。質問に答えながら仕事内容の確認をしていたら、勘右衛門の気遣わしげな声がした。

立ち上がった時にはもう遅く、目をやった先ではパタパタ音を立てて名前が遠ざかっていくところだった。
追いかけたいと思うのに、なぜかその一歩を踏み出せない自分に小さく舌打って右手を握りしめる。

「…名前、泣きそうだったよ」

これ見よがしに溜息をつく勘右衛門の言葉に眉根が寄った。
手のひらを握る力は強くなり、なのに足は動かない。私は何を躊躇っているのか――

「追いかけないの?」
「…………」
「まぁ、おれには関係ないけどさ。女の子って弱ってるときに優しくされると脆いよね」
「…………何が言いたいんだ勘右衛門」
「…三郎、噂の出どころはおれたちじゃないからな」

質問をまともに取り合わない勘右衛門が薄く笑いながら口にする。
“噂”の意味することなんて、一つしか…名前しか思い当たらない。
出どころが私たちじゃないなら、やっぱり忍たまの注目を集めていたということじゃないか。

「確かにおれも可愛いって思うけど……あ、彦四郎そっちはおれ見るから庄左ヱ門と一緒にこっち見てきて」
「はい」
「尾浜先輩、この辺がまだ全然終わってませんが」
「そこは三郎がまとめてやってくれるから気にしなくていいよ」

いってきます、と頭を下げる一年生を見送って、勝手に割り振られた場所(学園長先生の思いつきのための下見だ)を示される。
内心それどころじゃないのだが、いいから見ろと強引に押し付けられたボードに目を走らせざるを得なかった。

「…………これを…全部、私が見るのか?裏山までって相当広いぞ!?」
「感謝しろよ。仕事のついでに名前の様子見るくらいならいいよって遠まわしに言ってやってんだから」
「……どこが遠まわしだ」

悪態をつきながら勘右衛門を見れば、胡散臭いほどの笑顔を返されて舌打った。
躊躇った一歩をこんなにもあっさり踏み出せる。それをありがたいと感じる自分に苛立ちながら、名前が消えた方向を見た。

「――おせっかい焼きめ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「……礼は、言わないからな」
「いらないよ気持ち悪い。そもそも三郎じゃなくて名前のためだから」

さっさと行け、と追い払われながら勘右衛門の言葉を反芻する。
泣きそうだったということは、今頃どこかで一人泣いているのかもしれない。

いっそ泣けばいいとは思っているが、それは私の目の届く範囲での話だ。
名前が膝を抱えて嗚咽を漏らす姿なんて誰にも見せたくない。あんな風に、抱き締めずにはいられないような――無防備な名前を見るのは、私だけでいい。

「……嫌な予感がするのはなぜだ」

妙な感覚につい独り言をこぼしながら、名前を捜して足を速めた。





「八左ヱ門」
「おー、三郎見つかったか?」
「いたいた。八の予想通りだった。まぁ飼育小屋がおれたちの巡回ルートに入ってなければこういうこともなかったんだけど」
「そっちの都合なんか知るかよ…」
「…八が名前に触ったからだって言っても?」
「…………」
「三郎に仕事ほとんど押し付けちゃったし、いいっちゃいいんだけどね」
「なら言わなくてもいいだろー!?」
「尾浜せんぱーい!」
「こっち終わりましたー!」
「はいよー。……ちゃんと揃って帰ってくると思うか?」
「三郎次第だろ」
「……だよなぁ……」

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