カラクリピエロ

真意はどこに



私は自分が女性にどう見られているかを知っている。
それを仕事に利用することも多々あるし、我ながら後腐れなく立ち回れるくらい女性の扱いは心得ていた――はず、なのだが。

「おにいさま~!」

少し先を歩いていた今回の仕事パートナーが振り返り、こちらにむかって大きく手を振った。

――――“兄妹でお願いします”なんて言われたのは初めてだ。

父の元に母からの頼まれ物を届けに行ったついでに、世間話程度に仕事を請け負っている話をした。しかし、場所を告げた途端通りかかったくのたまを捕まえて「連れて行け」と半ば強引に追い出されたのだ。一人で充分こなせるものだったのにも関わらず。

いや、そこは別に構わない。
女性が一緒にいることで一人での聞き込みより楽になることもある。それも相手次第ではあるが。
問題は、その相手が彼女――苗字名前だということ。

――頑張れよ利吉!

(…………父上のあれは、仕事への声援だったんだろうか。それとも――)

いや、仕事だ。そうに決まっている。
溜息混じりに首を振り、考えていたことを頭から振り払う。
駆け寄ってきた“妹”にどう反応したらいいかわからず眉間に皺が寄るのがわかった。

名前ちゃん、」
「いやですわお兄さま、いつまでも子供扱いして」

うふふ、とおしとやかそうに笑い、強引に割り込んでくる彼女に顔が引きつる。
スッと横に移動してきた名前ちゃんは笑顔を崩さず、私にしか聞こえないくらいの声量で「後にしましょう」と吐息に乗せるようにして告げた。

確かに、つけられている現状で普段どおり振舞ったら兄妹を演じている意味がない。
かすかに頷いて返しながら、すぐに“兄”のイメージを思い浮かべ、それらしく表情を作った。

「――お前こそ、そんな風に気取った話し方をしていたかい?」
「似合いませんか?」
「ああ」

反射的に素で返した私に名前ちゃんは目に見えて顔をしかめる。
かと思えばにっこり笑って「お兄さまったら!」と言いながら私に肘を喰らわせた。
ドス、と思い切り入った衝撃に身体がよろめく。

「ぐっ、」
「私だって大人ぶりたい年頃なんです、お母様みたいに」
「…………名前には、まだ、早いんじゃないか」

痛む脇腹を押さえて恨みがましく返した辺りで、かすかに感じ取っていた気配が消えた。

「全く名前は乱暴だな」
「お兄さまこそ打たれ弱くなったんじゃないですか」

ははは、ふふふ、と白々しい笑いを交わし、一拍後にフッと表情を改めた名前ちゃんは重い溜息を吐き出した。

「今日は街で買い物する予定だったんです」
「…………そうなんだ」
「そうですよ。大体山田先生も強引だと思いませんか!?『名前、暇か?暇だよな、よしありがとう助かる!』って!私何も言えませんでしたからね!」
「…………それは、悪かったね」

全くです。と不機嫌を隠そうともせずに腕を組む彼女に苦笑する。
名前ちゃんは、溜め息を吐き出してからパチンと手を打ち鳴らし、にっこり笑ってこちらを覗き込んできた。

「ねえ、“お兄さま”」
「…………なにかな」
「可愛い妹になにかご馳走してください」

“妹”を強調するように語気を強め、疑問系にすらなっていないそれに、私は苦笑いで首を縦に振っていた。

「ところで名前ちゃん」
「利吉お兄さま?」
「…名前。どうして“妹”なのかな」
「は?」

どうしてそこで“なぜわからないんだ”って顔をするんだろうか。
わからないから聞いているのに。

「お兄さまは私たちの間で大変おモテになります」
「ありがとう」
「…………はぁ……だからですよ」
「え?」
「面倒くさいんです。帰ったら羨望の眼差し独り占め、アンド質問責めが待ってるのわかってますから少しでもそういうの減らしたいんですよね」

途中から普段の名前ちゃんに戻っていたが、無意識なんだろうか。
うんざりといった表情で言われて、少なからず切ない気分になってしまうのは仕方のないことだと思う。

「妹なら気兼ねいらないんじゃないかなって私は思ってます。というわけで!行きましょう、“お兄さま”!」
「っ、名前ちゃん!?」
「あー…またー…お兄さま本当に売れっ子なんですか?」

ぴょんと勢いよく私の腕に飛びついて、半眼になる彼女はもう“妹”の顔だ。
思いがけず振り回されている状況に戸惑いはするが、悪い気はしない。

名前ちゃんの真意を確かめたい反面、このまま曖昧にしておきたいとも思うのは私が単に臆病なんだろうか。

「あ!利吉さ――じゃない、お兄さま!すごい、お祭りやってますよ!!」

ぐいぐい腕を引かれて目的地へと足を踏み入れながら、出掛けに笑顔で告げられた父の言葉を思い出していた。






「お兄さま、提案なんですが顔変えません?戸部先生とかどうですか?」
「…………どうしてかな?」
「私、戸部先生の顔好きなんで。でも戸部先生だとお兄さんじゃなくてお父さんかなぁ」
「そうじゃなくて……」
「女性からの視線が鬱陶しいんですよ……やっぱり戸部先生も駄目かな……あ!女装の山田せん」
「断る」
「えー」
名前は伝子さんの隣を歩きたいのかい?」
「…………ごめんなさい、利吉お兄さまがいいです」

(……こんなことで喜んでいる自分が嫌だ)

「お兄さま、溜息駄目ですよ」
名前のせいなんだけどね」
「えー、まだ奢って貰ってないのに」

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