カラクリピエロ

早くこの手におちてみせて


早くこの手におちてみせて(前編)


委員会の当番で菜園の様子を見に行った日、動物用の罠に引っかかっているくのたまを見つけた。
どんくさいやつだなと思いはしたものの、動けないらしい相手を放っておくわけにもいかない。

「大丈夫か?」

気落ちした様子でべそをかいていたくのたまが、俺を見て何度も瞬きをした。
何も答えない相手に苦笑して、罠を外してやる。

「ほら、これでいいだろ。怪我は――」

ぶんぶん首を振って立ち上がって見せたくのたまは、直後に尻餅をついた。
気まずそうな空気をかもし出すくのたまに笑って手を差し出す。
おずおずと伸ばされた手が自分の手に乗ったのを確認して、彼女を引き上げた。

「医務室まで連れてってやるから……あー、その、我慢な」
「え、きゃあ!?」

くのたまって可愛い悲鳴もあげられるのか。
横抱きにした相手から聞こえた声に軽く驚きながら医務室を目指す。
すっかり縮こまってしまったくのたまは自身の胸元をきつく握り、「ありがとうございます」と呟いた。

医務室に続くまでの道のりはお互い無言で、やたら居心地が悪かった。
ともかく目的地に到着したんだから俺の役目は終わりだ。
ほっとしながら戸を開いた瞬間、中から善法寺先輩が転がり出てきた。
咄嗟に降ろしかけていたくのたまを引き寄せ、勢いあまって転ぶ先輩を見下ろしてしまった。

「だ、大丈夫ですか善法寺先輩」
「ってて……竹谷か。悪いけど治療なら少し待っててくれるかな。なんなら自分でやってくれてもいいし、使った薬はメモにでも書いて残しておいてくれれば――」

先輩は起き上がりながら焦ったように捲くし立て、その台詞を途中で切った。

「……名前!よかったー…戻りが遅いから心配したじゃないか」
「ご、ごめんなさい善法寺先輩…ちょっとトラブルが…」
「? なんだい、らしくないな。いつもなら怒って何があったか言うくせに…まさか菜園の薬草つまみ食いでもしたんじゃないだろうね」

今の今までおとなしくしていたくのたまは、善法寺先輩の言葉途中から口元に指を立て、片手をバタバタさせていた。

静かにしろの合図に見えるが、善法寺先輩は自分についた土を払うのに夢中でこっちを見ていないから無駄だと思う。

「もう!善法寺先輩!!」
「ん?」
「私、そんなことしません!」
「またまた。お前には前科があるじゃないか」

足を踏み出しかけたくのたまが現状を思い出したのか、堪える様子を見せる。
俺が肩を押さえたままなのもあるかと手を外すと、彼女は勢いよく振り返った。

「あ、あの!違うから!」
「お、おう」

勢いに押され反射的に頷く。
よくわかんねぇけど、とりあえず後のことは善法寺先輩に任せよう。

「……あの、俺戻りますんで」
「あれ、治療は?」
「怪我してるのこいつだけです」

軽く彼女の肩を叩いて示すと善法寺先輩が苦笑する。「やっぱり保健委員だなぁ」とこぼした内容からすると、くのたまは保健委員らしい。

「あの、あの、名前!」
「なんだ?」
「名前、教えて!」

去り際に装束を掴まれての問いかけに何度も瞬く。
そんなに必死にならなくてもいいんじゃねぇかと、つい笑ってしまった。

「竹谷だ」
「竹谷くん…ここまで連れてきてくれてありがとう」
「おう。次は周りに気をつけろよ」

ぽん、と頭に手を置いて、頷いたのを確認して手を振る。
小さく振り返される手を受けながら菜園の世話に戻った。

どうせなら相手の名前もちゃんと聞いておけばよかったかな。





早くこの手におちてみせて(後編)



――そんなことがあったのが数日前。

そして今現在。
あのときのくのたまが、にこにこ笑顔で俺の前にいた。

「竹谷くん、好きです。私のものになってください」

――衝撃的な告白を携えて。

「…………お前、なんか、この前会ったときと違くねぇ?」
「お前じゃなくて苗字名前。この前は…私ちょっと弱ってたし…それに、竹谷に見惚れてたから」

ポッと照れくさそうに頬を染めて言われた内容が上手く頭に入ってこない。
固まる俺を放置して、苗字は「あのときの竹谷本当にかっこよかった」と夢見るように口にする。
そんな反応は見たことが無かったから、苗字の目には俺がどう映ってるのか少し興味が湧いた。

「――俺とお前は会ったばっかりだよな」
「時間は関係ないでしょ」

ずいと近づいてきた苗字に思わず後ずさる。
苗字は目を細めて口の端をあげると「逃げるの?」と僅かに首をかしげた。

「…なんでそうなるんだよ」
「だって腰が引けてる」

そんなことを言われたら引き下がれない。
眉間に皺が寄るのを自覚しながら近づくと、苗字は嬉しそうに笑って俺の首に腕を絡めてきた。
そのままぶらさがるように体重をかけてくるから、引っ張られて自然と前屈みに。

当然、驚いたのは俺だ。

「おい、苗字!?」
「先に言っておくけど、誰にでもってわけじゃないから」

何が、と問う前に。唇に柔らかいものがあたる。僅かに角度を変えて軽く吸われ、カッと頭が熱くなった。

苗字の閉じていた瞼がゆっくり上がっていく。それに合わせて離れていく苗字を呆然と見下ろして、ようやく状況を理解した。

「なっ、お前、」
名前
名前…じゃねぇ、苗字、お前な」
「言い直さなくてもいいのに。嫌だった?」
「や、すげー気持ちい――じゃなくて!!」

指をつきつける勢いの俺に、苗字はくすくす笑いながら「よかった」と呟く。
俺は次の言葉がでてこなくて片手で顔を押さえた。

つつ、と寄ってくる苗字が身を屈めて俺を覗き込んでくる。
反射的に足を引きそうになった瞬間、さっきのやり取りを思い出して留まった。

「今日は私のことでいっぱいだよね」
「…………は?」

微笑みながらの内容が理解できずに聞き返す俺の耳元で「また明日」と苗字の声がした。
素早く離れて背を向けるのを見送りかけて手を伸ばす。

「ちょっと待て、苗字!」
「わ!?」

掴んだ腕はあっさりと引き戻すことができて、内心拍子抜けする。
舞い戻ってきた苗字を上から覗き込むと、大きく目を見開いて素早く瞬きを繰り返しながら徐々に頬を赤くするから、思わず凝視してしまった。

「なに?」
「なにって、言い逃げすんなよ……」
「…返事はまだ聞きたくないから言わないで」

なんとも自分勝手だ――と思いはしたが、俺自身なんて答えようとしたのか、実はよくわかってない。
苗字はそれに気づいていたんだろうか。

彼女が小さく息を吐き出して苦笑めいた顔をする。

「私、いい返事しか聞きたくないの」
「……苗字
「竹谷から手を出してきた時点で私の勝ちってことで」
「…………ん?」
「だから、早く流されてね」

そう言って苗字は俺に向き直り、にっこりと綺麗な笑顔をつくった。






「――そりゃお前、一度でも手を出したら逃がさないって話だろう」
「「がんばれ」」
「雷蔵、兵助、お前ら他人事だと思って…!」
「他人事だから」
「な」
「薄情もん!!」
「問題ないんじゃないの別に。積極的な彼女いいじゃん」
「だからってなぁ…………そんなんで結果だしたら俺、最低野郎じゃねーか」
「精々悩め。ところで八、怪我でもしてるのか?」
「ん?」
「口。さっきから触ってるだろう。傷は弄ると悪化するぞ」
「お――思い出させんじゃねぇよ三郎!!」

「…………私、悪いこと言ったか?」
「いや、お前にしては親切だった」
「だよなあ!?」

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