カラクリピエロ

言葉じゃ足りない



ひと房掬い取った髪にそっと口付けを落とす。
びくりと肩を揺らし、私を睨み上げるその目に笑みを返せば盛大な溜息が聞こえた。

「…………仙蔵」
「なんだ」
「暇なの?」
「いいや、忙しい。見てわからないか」

言いながらにじり寄る私に、名前はまたもや溜息を吐き出して私の胸元に指を突きつけてきた。

「全然忙しそうに見えません。私のことは放っておいてって言ってるでしょ」
「お前を口説くのに忙しいんだ。相手をしろ」

片手で額を押さえる名前がポツリと文次郎の名を呟く。

――元々、名前がこの部屋にきた目的は会計委員長だ。

なのに、やつの戻りが遅いせいで私の相手をしないといけない状況を嘆いているんだろう。
こちらにとっては好都合だが。

「で、今回はなんなの」
「なんの話だ?」
「だから、暇つぶしじゃないなら授業?賭け?取り分をまわしてくれるなら協力してあげてもいいけど」

知れず、僅かに片眉が上がる。
はなから本気で取り合わない名前の返答はいつものことで、私がそれに「本気だ」と返すのも毎度のこと。
なのに――

「じゃあお断り。っていうか文次郎帰ってこないじゃない!」

こうして冗談として流されるのはどういうわけか。

名前は文次郎の文机を漁り、勝手に紙と筆を出すと書置きを残して去っていく。
じゃあね、と笑顔で手を振って私の前から消える名前を素直に見送ってしまったのは、考えに没頭していたからだ。
獲物をみすみす逃がしてしまうなんて――これは早期改善が必要だろう。

「………………」
「なにか案はないか」
「……なんで俺に聞く」
「長次なら似たようなケースを知っていそうだと思ってな」

図書室を訪れた私は、雑務をこなしていた長次を捕まえて改善策を相談してみた。
仕事中だ、私語厳禁だという無言の圧力はひしひしと伝わってきたが、それで怯むような私ではない。
代わりに仕事を手伝ってやっているんだから、大目に見ろ。

「………………態度で」

長い間沈黙していた長次はポツリとそう言った。
続きがあるのかと見返したが、それで終わりらしい。
言われた内容を反芻して「態度か」と口にすれば今度は無言で巻物が押し付けられる。
とりあえず紐解くと、綴られているのは物語のようだった。

「――…なるほど。つまり、押し倒せということだな?」
「!? ち、違う、待て仙蔵」
「冗談だ」

喉で笑いながら巻物を長次に返す。
長次の顔には笑みと怒りの四つ角が浮いていて、これは早々に退散したほうが良さそうだ。

「ではな、長次。助かった」
「…………仙蔵、」

溜息をついたかと思えば、ちらりと室内に視線をやる。
長次が促すまま図書室内を見渡すと、名前が一番奥の机につっぷして眠っていた。

「…もう閉めるから連れて行け」
「そうか……今日は運が向いているようだ」
「押し倒すなよ」
「…………長次」

まさかここで返されるとは。
後片付けのためか、私の視線を無視して奥へ引っ込む長次の背中を見送る。
ひとつ息を吐き出して、静かに名前の元へ向かった。

名前、起きろ」
「…………ん、ん~~」

軽く肩を揺すって起床を促す。
ぎゅっと眉間に皺を寄せて起きる気配をみせる名前の額に、指を弾いて当てた。

「いっ!?」
「静かにしろ」
「は…?せんぞ…?なんで?」

両手で額を押さえる名前がしきりに瞬きを繰り返す。
もうすぐ図書室を閉める旨と、騒ぐと長次に怒られるぞと釘を刺せば、名前はすぐに片づけを始めた。

「仙蔵がいるなんて珍しい。長次の手伝いでもしてたの?」
「…そんなところだ」

図書室から出て傍らの名前を意識しながら、胸中では今後のことを考える。
態度に表すというのはいいとして、名前に伝わらなければ意味がない。
名前がのんきにあくびを漏らすのを見て、衝動的に教室へ引っ張り込んだ。

「わっ、なに!?」

よろけた名前の手からは数冊の冊子が落ち、足元で乾いた音を立てた。

「もー…ここに何かあるの?」

それを拾おうとする名前の腕を掴む。
しゃがむのを邪魔されてムッとした顔をした名前がこっちを向いた瞬間、唇を塞いだ。

大きく目を見開いて固まっている名前に笑いがこぼれる。
バッと口を押さえた名前は私を睨み上げ、瞬時に顔を赤くした。

「仙蔵、冗談は、やめてって」
「――本気だ。いつも言ってるだろう」

口元を覆う手をどけて、それを押さえ込みながら後頭部に手を添える。
上向かせた名前は身体を強張らせたが、遅い。

「せんっ、んん゛!?」

くぐもった声を聞きながら更に深く口付ける。時折空気を与えてやりながらも夢中になっていたら、突然名前の足から力が抜けた。
いつの間にか私の装束をきつく握り締めていた名前の手を上から覆う。

「これで信用したか?」
「…………せ、せん、ぞう、の…………バカーーーー!!」

ぶるぶる小刻みに震えたかと思えば、顔を真っ赤にして、私を思い切り突き飛ばし名前はその場から逃げ出した。

落とした課題も資料も置き去りに、ついでに私の手に頭巾を残して。

さて。次に会った名前はどんな反応を見せてくれるだろう。
これからの変化を楽しみに思いながら、名前の置き土産に唇を寄せた。






「おい名前、これの削減分にはちゃんと理由がだな――うお!?な、なんだ!?」
「仙蔵のバカ!!」
「俺は仙蔵じゃない間違えるな!まったく、勘違いで殺されてはたまらん…」
「同室でしょう責任とってよ!」
「お前……無茶苦茶だな……」
「…うぅ…もうお嫁にいけない……」
「な!?な、何を、されたんだ?」
「言えるわけないでしょ文次郎のバカ!!」

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