カラクリピエロ

ハニーハント


※久々知視点





教材や資料を広げる俺の横で、茶々を入れながらだらだら過ごしていた勘右衛門が急に静かになった。
なんだと思いながら見れば、開きかけていた本を閉じて立ち上がり、押入れの中に入っていく。

「おい勘右衛門」
「しっ!話しかけんな兵助。おれ今居ないから」
「は…?」

ススッと静かに閉じられる襖を呆然と見つめる。
すっかり気配まで消して一人で隠れ鬼でもする気なのかと思っていたら、唐突に天井から人が降ってきた。

勘右衛門に集中していた俺は呆気に取られ、その場に蹲っている人――驚いたことにくのたまだ――を黙って凝視していた。

着地の姿勢が悪かったのか、それとも衝撃に慣れていないのか。少しの間小刻みに震えていたくのたまは「ふふふ…」と笑いをこぼし(ちょっと怖い)いきなり俺に掴みかかってきた。

「やった!尾浜先輩捕まえ、痛たたたた!?痛い痛い痛いですちょっと!!」
「あ、悪い」

反射的に応戦してしまったことを詫びながら手を離す。
くのたまは「尾浜先輩の愛は痛いですね」とよくわからないことを言いながら、肩に手を添えて腕をぐるぐる回している。

無意識に勘右衛門が潜んでいる押入れに目をやって、あいつの客だろうなと結論付けた。

「……あれ?尾浜先輩は?」
「留守だ」
「嘘ですね」

きっぱり言い切るくのたまがその場に正座する。
もしかして居座る気なんだろうかと思ったら、久々知先輩、と唐突に呼ばれて驚いた。

「隠し立てしても無駄ですよ、この部屋にいるのはわかってるんですから」
「なんで」
「愛です」
「あ!?」
「愛です!そしてここが怪しい!!」

言うなり床をバシっと叩いて勝手に床板を外しにかかる。
一つわかったことは、彼女の言う“愛”はあまり当てにならないんじゃないかということだ。

――このままじゃ部屋が荒らされる。

床に空いた穴に首をつっこんで勘右衛門に呼びかけているくのたまを横目に、勘右衛門に向かって“このくのたまをどうにかしろ”と矢羽根を飛ばした。

『兵助が追い払って』
『お前の客だろ。勘右衛門がどうにかするべきだ』
『おれその子に捕まるわけに行かないんだよね』
『俺には関係ない』

「ひっど!」
「………………馬鹿」
「尾浜先輩そこですか!!」

押入れから漏れ聞こえた声に溜息をつくと、くのたまが床からがばりと頭を起こし、素早く押入れの襖を開けた。

「あー…、見つかった」
「今日こそ私の話聞いてもらいますからね!」
「ごめんな名前、おれ今忙しくて」
「逃げるのにですか?」
「そういうこと。んじゃね」
「あ、あああああ!!」

勘右衛門はくのたまの頭にポンと手を置くと、押入れの天井を押し上げてするりと登ってしまう。
くのたまは身を乗り出し、手を伸ばしていたけれど、勘右衛門が消えるほうが早かった。

消沈してへたりこむくのたまを横目に、ふと頭上へ視線を投げる。
逃げるといいながらその場に留まってるのは、結局彼女の動向が気になるからじゃないのか?

「…………勘右衛門」
「あ、ばか、話しかけるなって」
「なら答えるなよ」

なんだか可笑しくなって笑い混じりに返すと、気づいたらしいくのたまがこっちを向いた。
無言で上を指差す俺に釣られるように視線を上げる。

「尾浜先輩、私…!」
「あー、もう…駄目だってば。その先はおれを捕まえたら聞くって言ったろ」

呆れを滲ませながら俺の背後に降り立つ勘右衛門。
俺は邪魔だろうなと思って移動しようとしたのに、がしっと腕を掴まれた。

「……なんだよ」
「おれの壁になって兵助」
「俺を巻き込むな」
「頼む、後でちゃんと説明するから」

拝むように空いている手をあげる勘右衛門に溜息をつく。
小さく笑う勘右衛門が「ありがと」と口にするのを聞きながら、先ほどからだんまりのくのたまを見た。

「さて。名前
「……はい」
「どうする、もうあきらめる?」
「………………いや、です。私、絶対、あきらめません!」

膝上に置かれた手をぎゅっと握り、勘右衛門を睨みつけるくのたまの勢いに、なぜか巻き込まれている俺が気圧される。
対して勘右衛門はくすくす笑って、がんばれ、なんて嬉しそうに言っていた。

「もっと精進しなよ、曖昧すぎる“愛の力”に頼ってないでさ」
「今日はちょっと調子が悪くて」
「言い訳は嫌いだなー、おれ」
「すみません調子のりました!もっと頑張ります!明日…明日こそ!絶対奇襲成功させますからね!!」

言ったら意味ないんじゃないのか。
そんな感想を抱く俺をよそに、くのたまは宣戦布告だと勘右衛門に指を突きつけて部屋を出て行く。

遠ざかる足音が聞こえなくなったところで勘右衛門を見ると、座るよう促された。

「――捕まったら付き合う?」
「ちょっと違う。おれを捕まえられたら話を聞いてあげるって約束」
「そんな大層な話なのか?」
「まあ、ぶっちゃけ告白かな」

思い切り呆れの表情を作る俺に勘右衛門が笑いながら茶を差し出す。
俺は溜息をついて、淹れてもらった茶を啜りつつ疑問をぶつけた。

「……なんでそんな面倒なことしてるんだ?」
「そんなの、おれのために必死になる名前が可愛いからじゃん」
「――……可哀想にな」

ただ告白を聞いてもらうためだけに勘右衛門と鬼ごっこだなんて。名前ってくのたまが気の毒になってくる。
聞いた限りじゃ恋仲になる保障はないみたいなのに。

「それだけ好きなんでしょ、おれが」
「……お前、あとで何されても文句言えないぞ」
「されると思う?」

にっこり笑う勘右衛門を見て、あのくのたまは本当に厄介なやつを相手にしているよなと同情めいた感情を抱く。

だからといってこの騒動に首をつっこむ気が微塵も起こらないのは、やはり先人の格言によるところが大きいんだろうなと思った。






「尾浜先輩捕まえましたーーー!」
「…………名前
「はい!」
「ばか」
「いきなりなんですか!」
「なんで宣言どおり来んの?」
「好きです!」
「いや、今その話してな」
「好き…ううん、大好きです!!」
「ちょっ、苦し……へ、すけ……」
「ああ、ごめん。今出て行くから」
「違…名前…」
「悪いけど、俺まだ死にたくないんだ」

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