カラクリピエロ

豹変した年下の彼のセリフ



「――おれ、苗字先輩のこと好きになったみたいです」

いつ言おうか迷ってたんですけど、ちょうどいいので。
照れくさそうに後ろ頭を掻きながらそう続ける後輩を前に、私は持っていた書類をその場にぶちまけた。

あ、と勘右衛門の声がする。
しゃがみこんだ勘右衛門が私のばら撒いた書類を拾い集める。それを呆然と見下ろしていたら、気づいたらしい勘右衛門が顔をあげた。

「先輩も、小松田さんのこと言えませんね」

笑いながら私の手に書類の束を戻す勘右衛門はいつもどおりで、今しがたの告白は幻聴だったのかもしれないと緩く首を振った。

それならそれでいい。
早くこんな雑用を終わらせてさっさと部屋に帰るだけだ。

そもそも私は事務員でもなんでもないのに、どうして小松田さんの尻拭いをしているのか。
溜息を吐きながら、自分で申し出たことだと思い出してこめかみを押さえる。

大体、目の前で派手に転んだあげく、必要な書類とそうでないものを混ぜてしまった、と青ざめる小松田さんが悪い。
放っておけずに手伝いを申し出たはいいけど、小松田さんは仕事を増やすばっかりで、つい「邪魔です」と追い出してしまった。
そこへタイミングよく現れたのが勘右衛門だ。

「あれ…苗字先輩、これはどこに」
「えーと、そっち。うん、そこに重ねておいて」

学級委員長委員会として――学園長先生の命令らしい――手伝いに来てくれたらしい後輩のおかげで、もうすぐ終わりそうだ。
吉野先生に引き継ぐまで小松田さんは近づけないように気をつけよう。

うんうん、と一人で頷いていたら勘右衛門から声をかけられた。
振り向くと嬉しそうな笑顔を向けられて意表を衝かれた気分になる。

「先輩、おれのことどう思ってますか」
「…可愛い後輩?」

口をついて出た言葉に、勘右衛門が苦笑する。
即答かぁ、と呟くのが聞こえて、無意識に追い出していた告白を思い出した。

「か、勘右衛門」
「――でも、すみません先輩。おれ諦め悪いんです」
「は?」
「あ、一応苗字先輩の好み聞かせてください」

にこにこしながらメモ帳と筆を取り出した(どこから?)勘右衛門についていけない。
ぽかんとしていた私を見て微かに首をかしげると、好きですって言いましたよね?とあっさり言われた。

「じょ、冗談じゃ…」
「やだなあ、いくらなんでもそんな冗談言いませんよ」
「…………ええと、待って。私、勘右衛門のことそういう風に見たことない」
「それはさっきので充分わかりました。それとも、今すぐ見てくれるんですか?」

なにを、と問う間もなく距離を詰められる。
咄嗟に書類の心配をして整理していた紙束から離れると、勘右衛門もそれをちら見してから私を追ってきた。

「な、なんで近づくの」
「どうして逃げるんですか」
「これは、別に、逃げてるわけじゃなくて」

自分でも苦しい言い訳だと思う。
勘右衛門は小さく笑って、尚も私に近づいてきた。

トン、と背中が棚に当たる。
しまった、と口からこぼれた一言に、今度こそ勘右衛門が声を立てて笑った。

「そんなに笑うことないでしょ!」
「だって…可愛いなーって」
「な…、あのね、私はあなたより年上で――」

言葉途中で人差し指が唇に当たって、身体がびくりと震えた。

苗字先輩が可愛いのは年齢関係ないんで……ねぇ先輩、おれだって、好きで年下なわけじゃないよ」

にっこり笑顔でからかうようなことを言う勘右衛門に戸惑いながら、静かに呟かれた言葉に心臓が鳴った。
思わず顔を逸らしてゆっくり息を吐き出す。

「…し、うえ」
「え?」
「わ、私、年上が好きなの。大人の包容力っていうか、そういうの。でもちょっと抜けてたりするのも可愛いんじゃないかって、最近……」
「本当に?」

笑顔が抜けた勘右衛門の声音が低くて、身を竦ませながら胸元を握った。
まるで自分の身を守るように。

「おれの気を逸らすための嘘じゃなくて、本気で?」
「こんなことで、嘘ついて…どうす――勘右衛門、痛い」

ぐい、と顎を掴まれて強制的に目を合わせられる。
見つめられて、速くなる鼓動と浅くなる呼吸で息が上手くできない。

「本気なら、おれの目を見て言えますよね」

こんな勘右衛門は、知らない。知らなかった。

ヒュッと喉が鳴る。
勝手に震える唇からは空気しかでてこないまま。
答えられない私をじっと見て、勘右衛門はふっと微笑んだ。

「かん、えもん」
苗字先輩…好きです」

ドクリと鳴る心臓が、今度は体温を上げていく。
自分で自分の変化についていけなくて戸惑う私は、視線に堪えきれなくて目を瞑る。
勘右衛門の手を外そうと身じろいだら、それを封じるように空いていた手で腰を抱かれた。

「や、だ、勘右衛門、放して!」
「――そうやって……先輩が…るから」
「な、ん…ぅ!?」

聞き返そうとした瞬間に口付けられて目を見開く。
すぐに離れた勘右衛門を呆然と見つめれば、私の顎を捉えたままだった手が頬をなでた。

「ちょ…い、今、」
「…おれ、謝りませんから」
「なっ、」
苗字先輩が逃げるからいけないんですよ。おれはただ、向き合って欲しいだけなのに」
「…………私が悪いみたいに言うな」
「悪くないんですか?」

さらりと返されて言葉に詰まる。
急に変化した勘右衛門に戸惑って、逃げたいと思ったのは事実だ。

無意識に唇を擦っていた手を掴まれてビクッと身体が震える。
取り返そうと力を込めたのにびくともしない。代わりに勘右衛門を睨むと、彼はクスと微笑んだ。

「さっきはああ言ったけど、おれ、苗字先輩が逃げたいって思った理由わかるから…ちょっと嬉しいんだ」
「意味がわからない」
「わかんない?ほんとに?」

無性に楽しそうな勘右衛門に腹が立つ。
ぐっと顔を近づけてきた勘右衛門に身体を硬くすると、勘右衛門は耳元で「おれもただの男だって気づいてたんでしょう?」と囁いた。

「可愛い後輩止まりなんて冗談じゃない――ねえ、先輩」
「…………なに」
「ほんとの好み、教えてよ。できそうなら努力するから」
「できなかったら?」
苗字先輩の好みを変えるしかないかな」



【豹変した年下の彼のセリフ】
1.先輩のこと好きになったみたいです
2.すみません、俺あきらめ悪いんです
3.本気なら、俺の目を見て言えますよね
4.先輩が逃げるからいけないんですよ
5.俺もただの男だって気づいてたんでしょう?
by.確かに恋だった様
畳む


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