カラクリピエロ

暇をもてあました五年生の遊び2 50万打

・童話を演じて遊ぶ五年。細かいことは気にしない人向けです
・基本的に皆フリーダム ・オリジナリティはほとんどありません

【出演】
男の子(カイ) / 王子:苗字名前
女の子(ゲルダ):久々知兵助
雪の女王:尾浜勘右衛門
悪魔 / 王女:鉢屋三郎
悪魔 / 盗賊の娘:竹谷八左ヱ門
語り部:不破雷蔵

参考(青空文庫):https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/fi...


暇をもてあました五年生の遊び -雪の女王-(1)



ある日のこと、悪魔はずいぶんとご機嫌でした。それというのも、試行錯誤を重ねた鏡がついに完成したからです。
彼は鏡を手に堪えきれない笑いをこぼすと、鼻歌混じりに友人のもとを訪れました。

「おい八、お前にいいものを見せてやろう」
「また悪戯用のおもちゃか?失敗作ならいらねぇよ」
「なにを言う、失敗作を渡したことなんてないだろうが」
「使った俺にまで影響するようなもんばっかだろ!」
「馬鹿だな、それはわざとに決まってるだろ。それよりこいつを見ろよ」

悪魔の友人は、彼のさらりとした告白に顔を引きつらせましたが、ご機嫌な悪魔はそれを全く気にすることなく持っていた鏡を見せました。

「なんだこりゃ」
「いいか、これに映ったものはすべてが歪んで見えるんだ」

得意気に説明を始める悪魔でしたが、友人は怪訝そうに眉をひそめただけでいまいちわかっていない様子でした。
それに気づいた悪魔は溜息をつき、やれやれと零しながら友人の肩を叩くと実際に彼を鏡に映したのです。

(……なあ、さっきから雷蔵の読みあげてる私って相当性格悪そうじゃないか?)
(悪魔なんだし丁度いいだろ。大丈夫だって、普段と大して変わってねぇから)
(八左ヱ門、それはフォローでもなんでもないからな!?)
「いいから鏡寄こせよ」

映し出された友人の顔は憎々しい笑みを浮かべ、ただでさえぼさぼさの髪が一段と酷い状態に見えました。
悪魔の作りだした鏡は、清く美しいものほど薄く…ときには見えなくしてしまい、醜いものほど大きく強調されてしまうのでした。

「…………ほんとこういうくだらないこと好きだよな」
「くだらないとはなんだ。これを一年…じゃない、天使連中に見せてみないか、絶対面白いから」
「……まぁ、気になるけど……お前はどう映るんだ?」

興味をもった友人は鏡に悪魔を映そうとしましたが、彼は友人の動きをのらりくらりとかわし、まともに取り合いませんでした。

「おいやめろ、もし私の姿が映らなかったらどうする」
「絶っ対ないから安心しろ!」

しばらくお互いに鏡を押し付け合っていた二人ですが、ふいにその手から鏡が滑り落ちてしまいました。
地上へと叩きつけられた鏡は何千万、何億万、それ以上の数に細かく砕けて飛んでしまったのです。

「あーあ…どうすんだよ」
「やってしまったものは仕方ないだろう。かけらの効果なんて鏡以上に興味深い。人間に入ったらどうなるか見に行こうじゃないか」

反省するどころか喜々として友人を誘う悪魔に、友人は肩を竦め「さすがだな」と言いながら笑うのでした。

かくして下界へ降りた二人が見たかけらの効果は、鏡の持っていた不思議な力がそのまま反映されたものでした。
かけらが目に入ってしまった人は物事を悪い方にだけ捉えて見るようになり、心臓に入ってしまった人はその心を氷のかけらのように冷たいものにしてしまいました。

「こりゃあいいな、しばらくは退屈しなくて済みそうだ」

いたるところで起こる騒動を面白がった悪魔は大笑いをし、ますますご機嫌になりました。

地上に飛び散ったかけらの中には、未だに空を漂っているものもありました。
――さて、ここからが今回のお話の始まりです。




暇をもてあました五年生の遊び -雪の女王-(2)


あるところに、男の子と女の子がいました。
二人の家は向かいどうしに建っていて、彼らはまるできょうだいのように毎日仲良く遊んでいました。
中でもお気に入りだったのは、家の近くに生えている樹の下で一緒に本を読むことでした。

ある日、女の子が家から持ってきた絵本を見せると、男の子は嬉しそうに笑って「読んであげる」と言いました。

「……あのね、久々知くん」
「ん?」
「ちょっと近すぎるかなーって……」
「この方が絵も見やすいだろ?」
「隣でも十分なんですが」

――このままでは話が進まないと女の子の言い分を無視した男の子は、彼女を抱えたまま本を開きました。

「ちょっ、(不破くん!?)」
「じゃあ読むぞ。『昔々あるところに――』」

そうして穏やかに日々が過ぎ、冬がやってきました。
さすがに外で過ごすには寒すぎるので、二人の遊び場は自然とお互いの家の中になりました。
こんこんと雪が降りしきる中、窓から外を眺めていた女の子が男の子を呼びました。

「雪の中にも女王蜂がいるって話、知ってる?」
「女王?」
「うん。たくさん降る雪の中にまぎれてて、真夜中になると通りすがりに家の中を覗いていくんだって」
「働き蜂の候補でも探してるのかな」
「……そうかもしれないね」

ぽつりと呟いた女の子がまた窓の外を眺めます。
男の子は不安そうな彼女を抱きしめると、安心させるように「大丈夫」と言いながら、優しく頭を撫でるのでした。

名前、なんなら今日は泊っていっても」
「も、もう遅いから!帰るね!」
「……残念」

………………えー、男の子に家まで送ってもらった女の子は、彼からの言い付け通りぴっちり戸口を締めきると、再び窓の外へと視線をやりました。
ちらちらと雪が舞うのを見ていると、不意に大きな塊が窓辺に落ちました。気のせいかと思った女の子は何度も目を擦りましたが、塊はみるみる大きくなって一人の男の子になりました。
年のころは女の子と同じくらいでしょうか。真っ白い着物に身を包んだ彼は、女の子と目が合うと優しく笑いました。
しかし、よく見てみると彼の身体は氷でできていたのです。

「だ、誰…?女王様のおつかい?」

女の子は思わずたずねましたが、氷でできた少年は何も答えてはくれませんでした。
二つの丸い目を細めて笑う少年が女の子に向かってゆっくりと手招きしました。微かに動いた唇は“おいで”と言っているように見えました。
女の子はびっくりして、窓から素早く離れると布団をかぶって丸くなり、魔除けの呪文を唱えながらきつくきつく目を閉じました。

翌日、女の子の様子にただならぬものを感じた男の子はそのことを問いかけましたが、女の子は「私は何も見てない」の一点張りで少しも話そうとしませんでした。何度聞いても同じ答えしか返ってこないため、とうとう男の子は諦めてしまいました。

男の子と遊ぶことで気を紛らわそうとしている彼女を見てとった彼は、彼女に合わせるように毎日を過ごすことにしました。

春が来て夏が過ぎ、いつしか女の子の記憶から不思議な出来事はすっかり消えていきました。
そうして、いつかと同じように一緒に本を読んでいた二人でしたが、ふいに女の子が小さく声をあげ胸を押さえました。

「どうした?」
「…なんだろ、ちくっとした。目にも何か入ったみたい」

目を擦ろうとしていた女の子を止めると、男の子は慌てて女の子の顔を抱えるようにして自分の方に向けました。女の子はびっくりした顔で何度も目を瞬かせます。

「っ、久々知くん」
「もっとよく見せて。砂ぼこりかな…まだ痛いか?」
「い、痛くないよ、平気」

女の子は首を振って男の子に返しましたが、彼女の目に入ったのは悪魔の作りだした鏡のかけらだったのです。
かわいそうに、心臓の方にも入り込んだかけらは、近いうちに氷の塊になってしまうでしょう。

心配そうに女の子を見ている男の子を見返しているうちに、女の子はなぜか苛々した気持ちになりました。
男の子の手を振り払うと立ち上がり、急に冷たい言葉を発しました。

「………………、」

男の子の手を振り払うと立ち上がり、急に冷たい言葉を発しました。

(……いいよ名前
「…………ッ、さ、触らないで!」
「ごめん」
「な、なんともないって、見てわからない?」

ふと二人で読んでいた絵本を見下ろした彼女は、馬鹿にしたように笑い、あろうことかそれを破ろうとしました。
男の子は彼女の手を掴んで絵本を取り上げましたが、女の子はすでに絵本への興味を失ったようでした。

名前
「……それ小さい子が読むものだもんね。もう私には必要ないから久々知くんにあげる」

男の子の顔を見ないまま、彼を押して距離を取った彼女は微かに笑いました。
それっきり振り向きもせずにその場から立ち去ると、男の子と遊ぶことすらやめてしまったのです。

それからの女の子の行動は、彼女を知る人にとっては信じられないことばかりでした。
近所の子供たちとも遊ぶのをやめ、隙を見ては悪戯を仕掛けるようになりました。
元々の可愛らしい微笑みや素直さはなりを潜め、人の揚げ足を取るようになり、日に日にひねくれた言動や憎らしい笑顔を見せるようになったのです。

男の子はあれから彼女に避けられ続けていましたが、冬のある日、ついに耐えきれなくなり女の子に詰め寄りました。

名前、なにがあったんだ」
「…別になにもないよ?」
「ないはずないだろ。最近の名前は絶対おかしい。前はそんな笑い方」
「じゃあ変わったんじゃないかな。久々知くんが知らないだけで、私はずっとこうだったんだもん」
「……矛盾してるだろ。俺は、」
「あ。私、呼ばれてるんだった。そりに乗せてあげるって誘われたの」
名前!」

男の子の話をまともに聞こうとしない女の子は途中でひらりと身を翻し、遊びに駆け出してしまいました。

女の子が呼ばれた先の広場には、一台の大きなそりがありました。
女の子は真っ白でとても綺麗なそりを一目で気に入ると、持ち主に断る前に乗り込んでしまいました。

「…気に入った?」
「ええ、とても。綺麗だし、すごく速そう」

女の子の返事にくすりと笑いをこぼしたのは、持ち主と思われる人でした。
白くてふさふさの毛皮で包まれて、頭まで覆っているため顔はよく見えません。
女の子は悪戯心を起こして顔を見ようしましたが、毛皮を掴んだところでさりげなく手を外されてしまいました。

「おれのことより、そりの方が面白いよ」
「…それもそうだね。走らせてくれるの?」

毛皮から覗く口元が笑ったかと思うと、そりが音もなく滑り出しました。
少しずつ速度を上げていくそりに、じわじわと恐怖心が浮かんできます。
女の子はそりを止めてくれるように頼みましたが、ゴウゴウと吹く風の音の方が大きくて女の子自身にも声は聞こえませんでした。

いつのまにか降り出した雪が顔にぶつかり、目を開けていられなくなりました。終始吹きつける冷たい風のせいで息もままなりません。
すがるように隣に座る人の毛皮を掴むと、ようやくそりの速度が落ち始めました。

「ごめんごめん、君がか弱い人間だってことすっかり忘れてた」

笑いながら、毛皮を頭から下ろした相手の姿を見て、女の子は思わず息を止めました。
すっかり記憶から消え去っていましたが、彼はいつかの冬の日に見た、氷でできた男の子でした。

「震えてる。寒い?」
「…………」
「そりゃそうか。ほらこれ着て。もっとこっちにおいで」

氷でできた少年が自分の着ていた毛皮を女の子に被せると、彼女はいっそう震えあがり、歯を鳴らしました。
まるで雪の中に埋められたようだと思いながら手足を縮める女の子を、少年は面白そうに見ていました。

「まだ寒いの?」

すかさず頷く女の子の肩を抱いた少年は、女の子の額に――――ちょ、ちょっと兵助、邪魔だからあっち行ってて。乱入禁止だから!

(…………やっぱりなー)
(勘右衛門、近過ぎ)
(そういう筋書きだし。おれ頑張っちゃうタイプだから)
(…早く終わらせたいよ)
(なら名前も頑張んないとね)

…まったく…………えっと、氷の少年は震える女の子の肩を抱き寄せ、額に頬ずりしました。
女の子はあまりの冷たさに息を呑みましたが、氷の塊になりかけていた彼女の心臓にまで伝わった冷たさは、不思議と寒さを和らげるようでした。

「…あなたは雪の女王様のおつかいなの?」
「ううん、違う」
「じゃあ、女王様?」
「見ての通り、おれ男だから。しいて言うなら王だけど、がらじゃないしなー…ま、そんなのどうでもいいじゃん。この城で、ずーっと一緒に遊ぼうよ」

先にそりから降りた少年は、女の子に手を差し伸べました。
彼の手に触れるのをためらう女の子を見てにっこり笑った少年は、自分から彼女の手を掴むと額にそっと口づけを落としました。
女の子はびっくりした顔で額を押さえましたが、にこにこしている彼に苛立ち、反発するように手を握り返しました。

――こうして女の子は、寒さばかりか大切な男の子のことも、彼との思い出も。故郷のことも、なにもかもをすっかり忘れてしまったのです。

女の子は少年の手を握りながら、そっと彼の姿を目に入れました。
優しく微笑み、女の子を自らの城の中へ誘導する彼は、以前に感じた恐ろしさが全くありませんでした。不思議とキラキラしているようにも見え、無邪気に笑う彼は普通の男の子のようでした。

「――、」
「どうしたの」
「今、あなたを誰かと重ねたんだけど……よく、思い出せない」
「思い出せないなら、それは大したことじゃないんだよ。そんなことよりさ、おれにいろんなこと教えて。君の話たくさん聞きたいんだ」

女の子は少年にいざなわれるまま、いつしか城の奥へと自ら足を踏み入れていったのです。




暇をもてあました五年生の遊び -雪の女王-(3)

あの冬の日に女の子がいなくなってから、男の子は毎日毎晩必死になって彼女の姿を捜していました。
ですが、いくら探しても手がかりを掴むことができないでいました。
彼女が遊びに誘われたという場所へも行ってみましたが、女の子が見知らぬそりに乗ったまま外へ出て行ったということしかわかりませんでした。
きっと彼女は神隠しにあったんだ、近場の川に落ちたんだと周りの人は口々に言って泣きましたが、男の子はそれでも諦めませんでした。

進展のないまま冬が過ぎ去り、春になりました。
二人が住む村の中や近隣には、これ以上の情報を望めないと思考を切り替えた男の子は旅に出ることにしました。

名前は絶対、俺が見つけて連れ帰る」

簡単な身支度を整えた男の子は川辺を進み、太陽や花や様々な動物の声に耳を傾けましたが、なかなか女の子の話は聞けません。
故郷から離れてどれくらい歩いたか、季節はまたも移ろいでいきました。

歩きつかれた男の子が一息つくために座り込むと、そこへ一羽のカラスがやってきました。
カラスは男の子の頭上を旋回し、たった一人でどこへ行くの、と尋ねました。
行くあてなど定まっていない男の子です。疲れたように笑い、「さて、どこだろう」と謎かけをするように返しました。
空振りかもしれないと思いながらも、男の子は女の子について尋ねずにはいられません。
女の子が雪の日に消えたこと、ここまで旅をしてきたこと、彼女の特徴についてをつらつら話し終えるとカラスはぴょんと跳ね、見たかもしれない、と言いました。

「見たのか!?」

男の子があまりに勢いこんで詰め寄ったので、カラスは一度羽ばたいて男の子が落ち着くのを待ちました。
再び近づいてきたカラスが言うには、“王子様のところに嫁いできた女の子がそうじゃないか”とのことでした。
予想外の情報に男の子は眉をひそめましたが、今は少しでも手がかりが欲しかったので、カラスの言う“王女様”の姿を見るためにお城へ向かうことにしました。

カラスが教えてくれたのは、賢い王子様が治めていると近隣でも評判のお城でした。
当然警備も厳重で入り込む隙もないように思えましたが、女の子を捜すためなら男の子はためらいませんでした。
お城の人々が寝静まった深夜、持っている技術を余すことなく発揮して城の内部へ侵入を果たした男の子は、カラスの情報を頼りに王女様の寝所へと潜り込むことに成功しました。

「――夜這いとは感心しないな」
「っ」

布団に潜り込んでいる王女の顔を見ようとした男の子は、突然声をかけられて足を止めました。

「人のものに手を出すなら、それなりの覚悟があるんだろうな(……おい、暴れるなよ名前)」
(……三郎、それ以上名前に近づいたら打つからな)
「ここにいるのは私の妻で、国の姫だぞ侵入者殿」
「………………」
(演技だろ、手裏剣を構えるな!)

…王女様の寝所には、当然のように王子様も一緒にいました。
男の子は驚きながらも、王子様に“王女様のお顔を見せてください”とお願いしました。
王子様は渋る様子を見せましたが、騒ぎのせいで起きだした王女様が王子様を宥め、危険を顧みずに侵入してきた男の子に事情を聞こうと言い出したのです。

「姫はよっぽど侵入者殿が気に入ったと見えるな」
「…………そんなんじゃないよ」
(……なぁ、お前妙に疲れてないか。勘右衛門と遊び疲れたのか?)
(…三郎はちょっと黙ってて)
(心配してやってるんだろうが)
「うん、ありがとう。でも黙っててください」

王女様は王子様を納得させると、寝所を抜け出して男の子の前に立ちました。
彼女の姿は女の子にそっくりでしたが、残念ながら本人ではありませんでした。

王女様に対面した男の子は勢いをなくし、その場に跪くとこうべを垂れて謝りました。

「…分を弁えず、こんなところまで押し入って申し訳ありませんでした」
「あの、」
「――姫。お前は今村娘じゃない、忘れてないだろうな」

男の子があまりにも気落ちしてしまったので、王女様まで元気をなくしたようでした。
王子様は王女様の様子を心配し、男の子に断ってから彼女を寝所へと追い立てました。

「私、具合悪くないのに」
「いいから雷蔵の気遣いに甘えておけ。話なら私が聞いておく」

王女様を宥めて寝かしつけた王子様は音を立てないようにして男の子の前に戻ってきました。

「すまないな侵入者殿。言いだしたのは姫だが、あいにく気分が優れないらしい。代わりに私が事情を聞こうじゃないか」
「…………三郎」
「ん?」
「……いや、いい。気にしないでくれ」
「侵入者殿、遊びならとことん楽しむのが一番だぞ」
「…そうだろうな」

場所を移して男の子の旅の目的を聴き終えた王子様は、たいそう彼に同情しました。
様々な情報に精通している王子様でしたが、彼にも女の子の行方はわかりませんでした。

長い時間をかけて話をするうちに、二人は友人のような関係を築いていました。

「どうせ碌に宿も取ってないんだろう。明朝、姫への顔見せも兼ねて城に泊っていけ」
「…姫、は…大丈夫なのか?」
「お前もあいつも、遊びを真剣に取りすぎだ。私を見習え、傍から見ても楽しそうだろうが」
「三郎は自由すぎると思うけど」
「行動に関しては、兵助も私のことを言える立場じゃないからな。ところで」
「ん?」
「お前がそこまでしてその女を追い求める理由はなんだ?」

王子様はお酒を飲んではいませんでしたが、雰囲気に酔ったのでしょう。
急に男の子に絡み出し、彼を困らせ始めました。答えを言わないと離してもらえそうもありませんでしたので、男の子はため息をついてから口を開きました。

名前の隣に居たいんだ。それだけだよ」
「…酔ってもいないくせに、よくそんなことが真顔で言えるな」
「俺は割合素直だからな、お前と違って」

翌朝になると、王子様は男の子のために馬車を用意してくれました。

「中に入っている服は姫が揃えたようだ。お前に宜しくと言っていたよ、この先の旅路も気をつけろと」
「…ありがとう」
「兵助、これは私の予想だから話半分に聞いてくれ」
「うん?」
「昨日お前の話では、そりに乗って消えたと言ってたな」
「ああ…名前のことか」

男の子はゆうべの話を思い出しながら、先を促すように頷きました。
王子様は躊躇いがちに周囲を見回すと、少し声を押さえて“雪の女王”に関する話を男の子に伝えました。

「女王とは言うけどな、見る者によっては男にも動物にも見えるらしい。ともかく女王に気に入られた者は氷の城へと招待され、一生でられないという」
名前はその城にいるかもしれないのか」
「予想だからな。いなくても文句を言うなよ」
「言わないよ。目的があるほうが助かる」
「あー……で、だ。それを先にあいつ…姫に話したから、一応、防寒具一式揃っているはずだ」

王子様は照れくさいのか、押し込むようにして男の子を馬車に乗せました。
男の子が馬車の中を見ると、確かにそれらしい荷物が一纏めになって置いてありました。
お礼を言おうと振り返りましたが、それよりも王子様が先にしゃべりだしてしまい、男の子はなかなか声が出せませんでした。

「いいか、今回のことは私の城だったからよかったようなもので、普通は打ち首だからな。二度とするなよ」
「うん」
「ここまでしてやったんだ、気が済んだら絶対に私を訪ねて来い」
「……ありがとう。必ずお礼をしに来るよ。…またな」

王子様のぶっきらぼうな態度がおもしろかったので、男の子は笑顔でお別れの挨拶をすることができました。

家紋の入った立派な馬車に乗せられた男の子は、王子様に見送られながらお城から送り出されました。
こうして、男の子の旅は続いていくのです。




暇をもてあました五年生の遊び -雪の女王-(4)

王子様と王女様からもらった馬車はたいそう立派なものでしたが、それは外見にも十分に現れていました。
一目見て高価だとわかるためか、道の途中で盗賊に狙われてしまったのです。
山の横合いから突然襲いかかってきた盗賊は、まず馬を押さえました。それから御者を捕えて刃を突き立てようとしましたが、短刀は喉に刺さる寸前で飛んできた石に弾き飛ばされてしまいました。
異変を感じた男の子が、馬車から飛びだしてきたおかげでした。

「へえ……こんな山の中をこーんな目立つ馬車で通り抜けようなんて、どこのお坊ちゃんかと思ってたけど。結構やるな」
「…俺は先を急いでるんだ。馬車ならやるからこのまま通してくれないか」
「ははっ、急いでるのに足をあっさり手放すのか?」
「命の方が大事だからな」

王子様と王女様からもらった馬車を手放したくはありませんでしたが、ここで盗賊に殺されてしまうよりはましでした。
盗賊はあっさり“馬車を譲る”と言い出した男の子から目を離さないまま、様子をうかがっていた手下に合図して馬車の中から金目の物を運び出しました。
馬車の中身が空になったのか、手下からの合図に一つ頷いた盗賊は唐突に男の子に笑いかけました。
男の子が戸惑っているのも構わず、持っていた短刀を男の子の足元に放るとそれを取るように指示したのです。

「――ついでだ、ちょっと遊ぼうぜ」
「な!?」

ガキン、と金属がぶつかり合う音が聞こえました。
盗賊の振りかざした短刀を、男の子は咄嗟に受け止めていました。驚いたのは盗賊です。彼は男の子を殺してしまうつもりでしたから、それも仕方のないことでした。

「なに、するんだ!」
「お坊ちゃんはお偉いさんの影武者か何かか?」
「そんなんじゃない」

男の子が振り回す刀を避けるために後ろに跳んだ山賊でしたが、男の子はあっさりと短刀を放り投げ、懐から飛び道具を――………あれ?手裏剣って有りだっけ?

「無しだよ!!ちょ、ちょっと、待て!待った!兵助!」
「俺は早く名前に会いたいんだ。いいだろ、ここはそういう場面なんだから」
「こっちはそういう準備してねぇんだって!!」

…………男の子の応戦により、樹に張りつけにされた盗賊は溜息を吐き出しながらヒラヒラ手を振りました。

「わかった、降参。もう行っていい。馬車はもう俺達がもらっちまったから返さねぇけどな」
「…聞きたいことがある」
「なんだよ。狩り場なら駄目だぜ」
「雪の女王の城について、なにか知らないか」

男の子の真剣な様子を見て、盗賊は何度も目を瞬かせました。
女王の城といえば極寒の地に建っていると言われていますが、誰もみたことがないという不確かなものでした。
盗賊の沈黙を知らないものとして受け止めたのか、男の子は「知らないならいい」と言って背中を向けました。

「待て待て待て、お前本気でそんなところに行く気か?死ぬぞ」
「…死なないよ。名前に会うまで死ぬわけにはいかない」
「…………ははっ、お前すげぇな。ま、そんなに急いでも遭難するだけだぜ。景気づけに一杯付き合えよ」

感心したように笑った盗賊は、あっさりとはりつけ状態から抜け出すと手下を呼び集め、宴の用意をするように指示を出しました。
男の子は先を急ぎたがりましたが、盗賊が道案内役をつけてくれるというので仕方なく宴に参加することにしました。

「――狼!?」
「美人で驚いたか?こいつは城があるって言われてる森に住んでたんだ」

盗賊は擦り寄ってきた雌狼を愛おしげに撫でると、自慢げに男の子に向かって“道案内役”を紹介しました。
森に住んでいたとはいえ、狼もお城は見たことがないといいました。どうやらお城は噂にあった氷ではなく、雪と風でできているようでした。

「案内っても近くまでしか行けないってよ」
「…十分だよ。助かる」
「なあ、なんでそんなところに行きたいんだよ。名前ってやつのためか?」
「うん。いなくなったのは昨日のことみたいに思い出せるのに…もう、ずいぶん会ってない気がする」
「……へぇ……そんっなにいい女なのか?」

男の子の懐かしむような表情を見て興味を持った盗賊は、傍らの狼を撫でながら女の子の話を聞きたがりました。
何度目になるか分かりませんが、男の子は女の子を捜す旅の道中についてを盗賊に語って聞かせました。

「きょうだいか?」
「どこをどう聞いたらそうなるんだよ」
「でもまだ抱いてな――いってぇ!!」
名前はやらないからな」
「さーて、俺は奪うのが仕事みたいなもんだしなぁ」

話が終わって一息つくころ、盗賊の肩に一羽の鷹が止まりました。狼と同じく、彼の仲間のようでした。
盗賊は酒を飲みながら鷹の話に耳を傾けていましたが、不意に目を見開いて顔を向けると男の子にも同じ話をするようにと言いました。

見ましたよ、と鷹が言います。
辛抱強く話を待っていると、今度は“その女の子を見ましたよ”とはっきり口にしたのです。

「なんだって?」

驚くあまり立てない男の子は、しきりに目をパチパチさせると喉を潤すために盗賊がついだ酒を舐めました。

鷹がまだ野生だったころ、女の子は女王様のそりに乗って頭上を通りすぎていったというのです。
こうして、男の子の目的地ははっきりとお城に定まりました。

「――さっきの話でさ、一個気になるところがあったんだけど」
「なんだよ」
「性格が変わったってやつ」
「…………あれは、原因があるはずなんだ」
「それ。数年前からここらでよく聞く話でさ、事件になったこともある。原因になったやつのことになると大抵口を揃えて“前とは別人みたいだ”って言うんだよな」

盗賊である彼は男の子が思うよりもずっと噂に詳しく、世間の情報に敏感でした。
稼業のせいなのか、動物のおかげなのか、男の子はほんの少し気になりましたが深くは追求しませんでした。

「これがさ…実は悪魔の作りだした鏡のかけらが原因って話なんだ」
「かけら?」
「しかもこいつは気づきにくいうえに、目に見えないんだとさ。氷みたいにすぐ溶けちまうから、取り出すのはかなり難しいらしい」
「…方法はわからないのか?」

盗賊に耳を傾けていた男の子は心持ち声をひそめて尋ねましたが、盗賊は気の毒そうに首を振っただけでした。

結局一晩盗賊の一味と過ごした男の子は、翌朝早くに道案内役の狼を連れて出発することにしました。
あくびをしながら「持って行け」と盗賊が押し付けてきた袋には、王女様が用意してくれた防寒具一式が入っていました。

「もし名前って女が元に戻らなかったらどうするんだ?」
「…なるようにしかならない。けど、俺は名前が好きだから…離れることだけはしないだろうな」
「…………朝っぱらから勘弁しろよ」

盗賊は寝ぼけていた目を見開くと、うんざりした顔になって溜息をつきました。

「…まあいいや、死なない程度に頑張って来い。それと、俺の狼は安全なとこで帰してくれよな」
「ああ、もちろん。ありがとう」

意表をつかれたのか黙り込んだ盗賊は、男の子に“降参”したときと同じように笑って、大きく手を振りました。
彼の盗賊らしからぬ笑顔に見送られ、男の子はようやく捕まえた確かな手がかり――女の子がいるお城へ向かって歩いて行きました。




暇をもてあました五年生の遊び -雪の女王-(5)

さて、女の子がいるお城は狼が男の子に語ったとおり、吹雪いた雪の壁と、身を切るような風の戸口でできていました。
たくさんの人が詰めかけてもまだ余裕がありそうな部屋がいくつも並び、氷でできた床は一見とても美しいものでしたが、このお城には“楽しみ”というものがひとかけらもありませんでした。

「…名前、今日は新しい遊びをしようか」
「なあに?」

氷の少年――お城の主である彼は、部屋の中央で座り込む女の子の手を取ると、腰を抱いてくるりと回りました。

「踊るの?」
「それも楽しそうだけど。パズルは得意?」
「…うーん…得意かどうかはともかく、好きだよ。でも私より――……」

女の子の答えを嬉しそうに受け止めた少年は、ふと遠くへ視線をやる女の子に気づいて彼女の身体を抱きしめました。
急なことに驚いた女の子は、思い出しそうだったことをまた忘れてしまいました。

女の子の顔は寒さで真っ青でしたが、彼女は寒さを感じていませんでした。
それというのも少年が口づけをして、女の子の身体から寒さを吸い取ってしまったからです。

「もうここも、氷になっちゃってるよね」

にっこり笑う少年が女の子の心臓に指先で触れましたが、温かさは伝わってきません。
少年の言うとおり、彼女の心臓は氷のようになってしまったのでしょう。

「ねえ、新しい遊びって?」
「ああそうだった。こっちだよ」

少年の手を煩わしそうに押しのけた女の子が少年を急かします。
彼は気を害した様子もなく、笑顔で女の子の手を引いて部屋を移動しました。

女の子が少年から示されたのは無数に広がる氷のかけらでした。
薄い板きれになっているかけらを組み合わせて、少年の出した課題――文字を作るという遊びです。
悪魔の鏡のかけらのせいで、女の子の目には氷の板がこれ以上ないくらい美しく、大切なものに見えました。

「もしおれの言った文字が作れたら、名前を自由にしてあげる。名前のお願いも一つだけ叶えてあげるよ」
「本当?」
「おれは人間と違って嘘はつかないんだ」
「それじゃあ、私あの白いそりが欲しい!」
「うん、いいよ」

張りきる女の子と指切りをした少年は、彼女に“永遠”という字を作るように言って出かけて行きました。
温かい地方を回り、冬を振りまくためでした。

はたして女の子は少年がでかけたことにも気づかないまま、無数に広がる氷のかけらを前に動けずにいました。
ぴくりとも動かない彼女は、まるで氷の彫像のように見えました。

女の子がようやく動こうとしたそのとき――狼の案内でお城を見つけた男の子は、降りしきる雪の壁も、身を切るような風の戸も、冷たい氷の大広間も駆け抜けて――とうとう、彼女を見つけました。

名前!」

しばらく会わずにいましたが、男の子は女の子の姿をしっかりと覚えていました。

「やっと見つけた」

男の子は彼女に抱きついて、掠れた声で呟きました。
けれども女の子は身じろぎ一つせず、微かな反応も見せてはくれません。男の子は信じられない思いで冷たくなった女の子を抱きしめると、きつく目を閉じて熱い涙を流しました。

男の子の涙は女の子の胸の上に落ち、心臓の中まで染み込んでいきました。
氷の塊になってしまった心臓は少しずつ解けていき、ついには鏡のかけらを流してしまいました。

微かに動いた女の子に気づいた男の子は顔を上げ、彼女を見つめました。
ぼんやりと宙をさまよっていた瞳が男の子を映すと、またたく間に涙があふれ、頬を伝って零れていきました。女の子が涙を流すうちに鏡のかけらは目から抜けて出ていきました。

「久々知くん…」
「…もっと呼んで。声、聞きたい」
「……久々知くん、どこ行ってたの……ううん、私…なにしてたんだろう」

頭を振って周りを見回す女の子は、ようやく目をパチパチさせて男の子をまっすぐ見つめました。
男の子は彼女をひしと抱きしめると、両手で女の子を抱き上げてくるくる回りました。

「く、久々知くん、危ないよ!」
「…名前、キスしてもいいか?」
「え!?」

久々の再開を果たした男の子と女の子は、嬉しそうにくるくる回転しながら部屋の中を動き回りました。
二人があまりに楽しそうなので、氷の板きれまでもが一緒になって踊り出しました。
踊りつかれて倒れた氷の板きれは、女の子が作り出せなかった文字――少年の出題した“永遠”という形を作りあげていました。

これでもう女の子は自由です。少年と約束した真っ白なそりも貰えることになっていましたが、女の子はもらえなくても構わない気持ちになっていました。

「……帰ろうか」
「うん!」

大きく頷いた女の子を見て、男の子は彼女の頬に口づけました。みるみるうちに赤くなり、女の子の顔に血色のよさが戻ってきました。
それから女の子の目と、冷たくこわばっていた手のひらと――

(ちょっ…、久々知くん、そこ、違う)
(そこってどこだ。ここ?)
「きゃあ!?ふ、不破くん!早く、次読んで」

…………読みたくないんだけどなぁ……えーと…冷えきった足にも同じように口づけを落としました。

こうしてすっかり元気になった女の子は元気に動き回ることができます。もうお城の主、氷の少年が帰ってこなくても構いませんでした。
約束通り、少年が出した問題はしっかり完成していましたから咎められるはずもありません。

二人は手を取り合ってお城から外へでました。
残念ながら女の子は過ごした日々のことをあまり覚えていませんでしたが、代わりに男の子の方にはたくさん話したいことがありました。

「今度一緒に会いに行こう」

男の子に協力してくれた王子様と王女様、盗賊の話などをした後に、男の子は女の子の手を強く握って言いました。
女の子はその手を握り返すと男の子に寄り添って嬉しそうに笑い、背伸びをして耳元で何かを囁きました。
彼は驚いた顔をしていましたが、やがて同じようにして言葉を返したのでした。

おしまい。




「――異議あり!!」
「勘右衛門うるさいぞ」
「三郎はいいよな、なんかおいしいとこばっか持ってったし!おれ滅茶苦茶中途半端じゃん!」
名前にちょっかいだして終わってたよな。城に帰ってきてねぇし…お、雷蔵お疲れー」
「のど乾いたー」
「言うと思った、ほら」
「ありがとう八左ヱ門」
「兵助と名前はどうしたんだ、どこかで逢引きか?」
「……あの二人が揃ってる時が一番疲れたよ」




雷蔵は三人から無言で肩ポンされる

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