カラクリピエロ

素直になれない(11)


※竹谷視点





「――昼に言われるのは嫌か?」
「…………や」

別に、と返ってくるのを期待して聞いたのに、か細く聞こえた返事にギクリとした。
上手く聞き取れなかったが、嫌、って言ったような気がする。
…でも名前の表情を見るに本心ってわけでもなさそうだ。
いつもの照れ隠しかと表情の変化を見逃さないようにと思っていたら、名前が伺うように俺を見上げてきた。

「へ?」
「だから!あなたの部屋、連れて行って」
「は?」

――部屋?
好きだって言ったことに対しての返事が俺の部屋へ連れてけって、続きは俺の部屋でってことでいいのか。マジか。

「………………名前、念の為聞くけど、それって俺のこと誘って」
「違うわよ馬鹿!」

……だよな。
わかってたのに期待してしまうのはもう仕方ないことだとしても、名前の言い方だって悪いのに。理不尽だ。

「そんなに怒ることねぇだろ…俺、今お前に触りたくて仕方な」
「そ、そういうことを口にしないでって言ったでしょう!」

わかりやすく顔を赤くする名前を見て、可愛いと思う。
もちろん口にしたのも本音で進行形だ。

俺の心情を汲み取ったのかどうなのか、名前は待ちきれないとでも言うように俺の腕を取り、自分の腕を絡めてきた。

「もう医務室でいいから行きましょう」

そのまま移動を促す名前につられて機械的に足を動かす。
温かいだとか柔らかいだとか、できればもう少し密着してくれると嬉しかったりするんだが。

「あなた自分で気付いてないんでしょうけど、だいぶ顔色悪いわよ。委員会はあるのよね?」

俺に自制を促しておいて名前自身がそれをぶち壊そうとしてるってどういうことだ。試されてるのか?

「今のうちに少し眠っておいたほうが……八左ヱ門?聞いてるの?」

ひょいと俺を覗き込んでくる名前と目が合う。
ドクリと一度心臓が鳴って、名前以外の存在と音が眼中になくなった。

「――名前不足で眠れないんだって言ったら、抱き締めさせてくれるか?」

ぱちりと瞬きをする名前の動きが妙にゆっくりに見える。
見上げてくる名前は何度か瞬きを繰り返し、数歩分俺から距離をとろうとしていたが俺の腕は掴んだままで、その矛盾になぜか笑いそうになった。

「どうなんだよ」

戸惑いがちに、俺の言ったことの意味を探ろうとしているのがわかる。
だけど意味なんてそのままで、あとは答えを待つだけだ。
廊下の壁に手をついて、瞳を揺らす名前を見つめる。

このまま近づいたらあっさり口付けられそうだ。
頬に手を添えて、腰を抱き寄せて柔らかい唇を味わう。

ごくりと喉を鳴らしながら誘惑に耐えていたら、いきなり後ろから肩を叩かれて思わず飛び上がってしまった。

「あー……君たち、ここがどこだかわかってるかい?」
「ぜ、善法寺先輩」
「うん、それでここは?」

勢いよく振りむいた俺に、気まずそうな表情の先輩が咳払いをしながら拳で戸を軽く叩く。
視線を上げれば“医務室”の文字が目に入り、ここに善法寺先輩が居るのも納得した。

「……医務室の前ですね」
「わかってくれればいいんだ。それで君たちは怪我?それとも体調が悪い?」
「いえ、別に――」
「八左ヱ門が寝不足で!」

調子を伺ってくる先輩に返す途中で強引に割り込まれる。
今まで固まっていた名前が我に返ったらしく、俺を差し出しながら善法寺先輩へ訴えていた。

「それで、その、言動が支離滅裂といいますか……少し休ませていただけたらと思いまして」

ちょっと待て。
名前は俺が寝不足なせいで変なこと言い出したって思ってんのか?

不満を覚える俺をよそに、善法寺先輩は名前から伝えられる情報に対して真剣に頷いている。
そういうことなら、という返事にほっとしてる名前は俺を純粋に心配してくれてるのか――それとも俺の追求から逃げられたことに対してなんじゃないだろうか。

「――竹谷、授業は大丈夫かな。先生へ連絡は済んでる?」
「あ、いえ、俺午後は空きで……ということで、大丈夫です、部屋で休みますから!」
「ちょ、ちょっと、八左ヱ門!」

一方的に言い残し、慌てる名前の手を掴んでその場を後にする。
もちろん目指すは自分の部屋だ。

隣で息を整える名前を眺めながら、別に走る必要はなかったんだよなと今更なことを思う。
文句が飛んでくるかと身構えたのに、名前から聞こえたのは俺を心配する言葉だった。

「急に、走ったりして、大丈夫なの?」
「…そういやクラクラするような」

寝不足の弊害か、忘れかけていた頭痛も地味に訴えてくる。
名前は小さく溜息をついて「おとなしく医務室で休んでいればよかったのに」と言うが、俺は――

「…医務室じゃ、名前の答えが聞けねぇだろ」
「っ、」

ギクリと身を強張らせた名前はやっぱり俺から逃げたかったんだろう。
自分の部屋で立ったまま話し続けるのも妙だと思いながら腰を降ろし、名前にもそうするよう促した。

「…………あんなの、どう返せばいいのよ」

ぽつりと聞こえた呟きと、膝上で組まれた両手。
名前はその両手を見つめているのかやや俯きがちで、表情はよくわからなかった。

「――なんで。お前は嫌なら嫌って言うんだろ?」

いつか名前自身が言っていた言葉をぶつけてやると、名前が顔を上げる。
僅かに眉を潜めて不満そうな顔で、言いにくいのか一度視線を逃がしてから再度俺を見た。

「…あんな聞き方、卑怯よ。ずるいじゃない、私のせいで眠れないなんて言われて断れると思うの?」
「…………やっぱ俺、名前のことすげー好きだわ」

約束を持ち出すよりも俺の体調の方を気にしてるのが嬉しくて顔が緩む。
何度目になるかわからない告白が勝手に口からこぼれ、名前の顔を赤くさせた。

「…で、補充させてくれるんだよな?」
「補充ってなんなのよ……だいたい、不足って人に対して使うもの?」
「俺はそれが一番しっくりくるんだって。それで、抱き締めていいのか?」

ずい、と距離を詰める俺に気圧されたように名前が仰け反る。片手を床について俺を凝視してくる顔はさっきよりも赤く、何か言いたげに唇が震えていた。

もう許可はとったようなもんだし、本当は今すぐ抱き締めたい。
だけどちゃんと言質を取っておかないと、あとで困るのはたぶん俺だ。

こっちに動く気がないのがわかったのか、名前は忙しなく視線をうろつかせ、一度口元に手をやったあとで俺を睨むように見た。

「へ、変なところ触ったら許さないから!あと、変なこと言うのも禁止、いい?」

もうちょい表情が和らぐともっといいんだけどな。
でもそうなったら俺がやばいような気もする。
…まあ、名前が折れてからの楽しみに取っておけばいいか。

「…ってか変なことってなんだよ」
「変なことは変なことよ」
「わかんねぇ…」

例えばどんなのだと聞いても答えない名前の手を軽く引く。
ぎこちなくではあるが素直に従う名前に、おかしいくらい心臓が速くなった。

「…やべ、すげー緊張してる」
「うるさいわね、仕方ないでしょ!」
「…ん?」
「そもそも、なんでこんなに焦れったいのよ、前のときは――……ッ、馬鹿!!」
「うおっ!?」

俺自身のことだったのになんで名前が反応するんだとか、名前も緊張してるのかとか、可愛いなとか……そんな諸々が名前の体当たりで吹っ飛ぶ。
俺の胸にすがりつくようにして身を縮める名前を見下ろせば、装束がきつく握られるのがわかってまた心臓が音を立てた。

ゆっくりと彼女の背に腕を回す。
触りたいと散々思っていたのに、実際できるとなったら面白いくらい緊張して、ともすれば震えそうになる自分の手に笑いそうになった。

「……お前って気持ちいいよな」
「変なこと言うなって言ったでしょ!」
「これも変なことか!?」

じゃあ柔らかいとか温かいとかいい匂いなんかも駄目なんだろうか。
変でしょう、と憤る名前を宥めるように背を叩く。
こうして抱き締めているだけでも気持ちいいのは確かだが――油断するとうっかり首筋に口付けそうになったり背中に指を滑らせたくなったり、身体をまさぐりそうになるのは危ない。

それを堪えるために名前の肩に顔を押し付ける。
名前の香りとびくりと震える身体に逆効果を感じながらも離れられないのは、やっぱり中毒性が高いせいじゃないかと思った。

「八左ヱ門、」
「もう少し」
「…………寝不足なんだから眠ったらいいのに」
「じゃあ添い寝してくれ」
「嫌」

即答っぷりに声をもらして笑うと名前が小さく悲鳴をあげて身じろいだ――これ以上は本当にやばいかもしれない。

「ねえ、もういいでしょう?」
「…起きるまでいてくれるなら離す」
「どうして私が、」
「委員会前に起こして欲しいのと、起きて一番に名前が見たい」
「…………」
「いいだろ?」
「…ちゃんと起きなかったら痛い目みるけど、いいのね」
「できればお前の膝枕」
「嫌。布団で寝なさいよ、身体痛めるから」

腕が緩んだのを敏感に感じ取り、俺を押しのけて抜け出しながらの返答に笑う。
いざ名前がいなくなると物足りなくて、少し肌寒いなと思いながら、名前中毒は悪化したんじゃないかと頭の隅で考えた。

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