カラクリピエロ

素直になれない(6)


※竹谷視点





「…お前鬼か」
「はあ!?」

名前が追加した条件に半ば呆然としながら呟くと、思い切り不満そうな顔で睨まれた。
確かに自重しきれなくて何度かやりすぎたけど、だからってそこまで極端になるか!?

「……できないの?」
「………………ああもう、わかったよやってやる!」

僅かに落胆を見せる名前の呟きに頷いたら、俺が名前の身体目当てを認めたも同然だ。
それも確かに含むけど、それだけだと思われるのは気に入らない。既に宣言した通り、俺は名前の全部が欲しい。

「手を貸すときはいいんだろ?」
「そもそも頼まないから大丈夫よ」

…そうだった。
ってことは、今まで以上に酷くないか。
これまではなんだかんだ自然と触れる機会があったけど、しばらくは意識して抑えないといけないわけだ。

「なあ名前、ちょっとだけ、それ待ってくんねぇ?」
「待つって何――」

返事を最後まで待たず、名前を思い切り抱き締める。
驚き混じりに苦しい、と言ってくるのを流してそのまま深呼吸した。
名前は身体を強張らせたものの、それ以上文句は言わずだんまりを決め込む。早く離れろと急かされないのをいいことに、肩口に顔を埋め「さっさと認めろ」と呟いてやった。

+++

条件をのんでやる代わりに、時間があるときは傍にいてくれと言った俺に、名前は意外にもすぐに頷いた。
まぁ返事は「それくらいなら」と若干可愛げのないものだったけど、照れているのがわかったからチャラだ。

「八左ヱ門、部屋を探索してもいい?」
「別にお前が見ておもしろいもんなんかねぇと思うけど」
「それを決めるのは私でしょう」

妙にわくわくしてる名前は俺の返事を了承と取ったのか、さっそく机回りの探索を始める。
散らかりすぎだの汚いだの文句を言いながら、にんたまの友を探し当ててパラパラ捲っていた。

思えば名前はよくこの部屋に来るけど、それは大抵どこそこへ行こう(または連れて行け)という誘いのためで、今日ほど長居したことはなかった気がする。

「八左ヱ門、ちょっといいかな――っと、ごめん!失礼しました!」

戸が開いたと思ったらピシャリと閉められて口を挟む暇も無かった。
それに反応したのは俺よりも名前が先で、にんたまの友を持ったまま閉じたばかりの戸口に走り寄り、去りかけていたらしい雷蔵を捕まえた。

「……サブローの方よね?」
「いや、僕は雷蔵の方だよ」
「? らいぞう?」
「うん」
「どうした雷蔵、なんか用か?」

何度も瞬いて眉根を寄せる名前は雷蔵を掴んだまま何事かを考えている。
黙り込む名前を見下ろし、おろおろしていた雷蔵に声をかければ、あからさまにホッとして苦笑した。

「僕の用事はあとでもいいよ」
「どうせ暇だったから構わねぇって」
「そう?虫食い文書の修復なんだけどさ、そろそろ生物委員会に協力して欲しいって中在家先輩が」
「おー、明日か明後日なら行けると思う」
「助かるよ」

俺と雷蔵とのやりとりの間、名前は静かに雷蔵を観察していた。
視線に耐えられなかったのか雷蔵は困った顔をして名前を見返す。

「…えっと、僕、苗字さんに何かしたかな」
「…………雷蔵?」
「うん、そう。三郎は…あ、あっちだよ」

雷蔵の指差す方を見れば、こっちに歩いてきていた三郎が足を止めた。

「なんだ揃いも揃って…私待ちか?」
「――ええ、待ってたわ」

ずいっと俺たちの間をすり抜けて足早に三郎へと近づいた名前は、やけに穏やかな口調で三郎に微笑みかけていた。

「あなた、よくも私を騙してくれたわね…」
「騙した覚えはないぞ。大口を叩いておいて、八に合わせられなかったのか?それで私に突っ掛ってくるのは筋違いだと思うが」
「それよ、何を根拠に八左ヱ門がMだなんて言ったのよ!」

――おい。
長屋の廊下でそんなことをでかい声で言うな。

今すぐ名前の口を塞ぎたかったが、さっき触らないと約束したばかり。
どうやって黙らせるかを考えて、咄嗟に持っていた手ぬぐいを取り出した。

「私から見たらあいつはドMだ」
「それはあなたの主観でしょう?八左ヱ門は――むぐ、」

三郎に指を突きつけて尚も何かを言おうとする名前に近づいて、手ぬぐいで口を覆う。布の両端を後ろでぎゅっと掴んだところで名前の指が布をひっかいた。
簡単に外れたそれを首元まで下げて、若干荒い息で怒ったように俺を呼ぶ。

「なにするの!」
「お前が触んなって言うからだろ」
「だからって……離して」

手ぬぐいを持ったままの俺の腕を押しのける名前は、自分で自分の首を締めた。

「っ、」
「馬鹿、大丈夫か?」

慌てて布を放して軽く咳き込む名前に手を伸ばし、触れる直前になってそれを止める。
我ながらよく止められたなと思いながら、湧き上がるもどかしさに手のひらを握り締めた。

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