カラクリピエロ

答54.おまけ

※実際に発生したらif冒頭のみ
※久々知視点





息を切らせて医務室の戸を開けた俺に、彼女は目をパチパチさせながら俺を見た。
ドク、と心臓が音を立てる。いつもなら、彼女は…名前はここで優しく微笑んで、嬉しそうに俺を呼ぶのに。

「あ、ごめんなさい。私、保健委員じゃないんだけど…怪我?」
「…………いや、違う」

それだけ、返すのが精一杯だった。
よろけそうになるのを堪えて座ろうとしたのに、身体がうまく言うことを聞いてくれない。
戸口の柱にぶつかって、膝から下の力が抜ける。そのままずるずると座り込みながら、片手で顔を覆っていた。

「具合悪いのかな。私が使ってたところでよければ…その、ただ寝てただけだから、心配しなくても大丈夫だよ」

いつもの声、口調、優しさと気遣い。
なのに、今になって、こんな状態になってから気づいた──俺に対するときの名前は、殊更優しかったんだと。
俺を呼ばない彼女。様子を伺ってはくるが、近づいて来ない名前

当然だ、俺のことを知らないんだから。

勝手に口から笑いが漏れる。
人間どうしようもなくなったら笑うしかないのかもしれない。

俺の様子にどこか怯えた雰囲気を漂わせ始めた名前に、まるで救いの手を差し伸べるかのように、医務室の戸が開いた。

名前、お待た──久々知!?」
「善法寺先輩おかえりなさい。では、お留守番は完了ですね。もう行っていいですか?」
「え?え、あ、ちょ、ちょっと待って、まだだめ!」

明らかに安堵した彼女はホッと息をついて、善法寺先輩を出迎える。
善法寺先輩はそのまま立ち上がりかけた名前と俺を素早く見て、彼女に勢い良く制止をかけた。

「えー…新野先生もたんこぶ以外異常ないっておっしゃってたじゃないですか」
「異常ありまくりじゃないか!」
「でも、それは今すぐどうこうできるわけじゃないし……それより先輩、そこの五年生具合悪いみたいなん──」
名前!!」
「は、はい!?」

強引に彼女の言葉に割り込んで、いいからちょっと待つ、と名前に強く言った善法寺先輩は、依然として座り込んだままの俺の傍に膝をついて「大丈夫かい」と聞いてきた。

大丈夫って、なにがだ。
俺はただ名前の様子を見に来ただけで、前もって聞いていた通りの──ここしばらくの記憶をなくしているという──事実を、たった今身をもって確認したところだ。

“そこの五年生”

それが、今の名前にとっての俺。
痛む心臓の辺りを片手で握り、深呼吸して、大丈夫です、と先輩に返した。

「全然大丈夫そうに見えないよ」
「……戻ります」
「え、でも…」

先輩がちら、と名前を見る。
話をしていかないのか、なにか言わないのか。雰囲気から伝わってくるそれに苦笑して、何も言えないじゃないかと心の中で呟いた。

名前、君、彼になにか聞きたいことないかい?」
「え?ええと……な、なにかってなんですか、善法寺先輩」

突然のふりに戸惑った表情で声をひそめる名前。断ればいいのに律儀に考えだす彼女を見て、くすりと笑いが漏れた。
さっきとは違う、名前を可愛いなと思った拍子にでた自然なものだ。

先輩のせいで笑われたじゃないですか、と小さく文句をこぼす名前は懸命に“聞きたいこと”を探している。

「あ、あの、じゃあ名前!教えて?」
「ああぁぁぁ…なんでよりによってそれ選ぶんだ…!!」
「な、なんですか、先輩がなにか聞けって言ったのに」
「ごめんよ久々知…」
「いいえ、ありがとうございます」

なんだか先輩のほうが泣き出しそうだなと思いながら苦笑すれば、名前はパチパチ瞬いて目元をほころばせた。

心臓が、痛い。
なんでこんなに、泣きたい気分になるんだろう。

「久々知くん、は、良い人だね」
「…………そうかな」
「うん!優しい感じ。あ、私は苗字名前です」
「久々知、兵助です。五年い組」
「そうなんだ、ろ組の竹谷…えっと、竹谷八左ヱ門は知ってる?」
「ああ…友だちだ」
「じゃあちょうどよかった!あのね、伝言お願いしてもいいかな」

名前の後ろで善法寺先輩がハラハラしている。
俺の方を向いている名前にはそれが見えないようだが、それだけに温度差が余計おかしくみえた。

名前はパチンと手を打ち鳴らし、笑顔で悪びれもせず忍たまを利用する流れを作る。
この類のにっこり笑顔と鮮やかな話運びは滅多に接する機会がなかったな、と思いながら頷いたら、名前は気まずそうに視線を逸らした。

「どうした?」
「……あのー、わ、笑わないでね?…その…久々知くん、目力強いなって」
「目力?」
「なんか…じっと見られると、緊張しちゃうみたい」

そう言って照れくさそうに笑う名前を、勢い任せに抱き寄せそうになった。
変わりに手のひらをきつく握る。
ごめん、と謝ると名前は素早く首を振って「私こそ!」と力んだ。

「変なこと言っちゃってごめんね。久々知くん目おっきいし、まつ毛長いし……ああああのね、これは違うの!私よく“なんでそんなこと言うんだ”って微妙な顔されるんだけど、これ褒めてるから!ちょっと羨ましいなぁって思うくらいだし」

焦ったときの捲くし立てるような話し方。必死さのほうが際立って内心が駄々漏れになるそれを聞いていると、やっぱり俺のことは忘れているんだなと実感してしまう。
忘れられたことは悲しい。やるせない気持ちにだってなった。だけど俺はそれを……素の名前を見られたのが嬉しくて、また頬を緩めていた。

「…名前は、そのままで充分可愛いよ」
「は、」
「すごく可愛い」
「う、あ、……の、……え!?」
「…まだ聞きたいか?」
「い、いいえ!!あの、あ、あり、がとう…ございます…」

段々と俯いていく彼女の頬も、耳も真っ赤だ。
赤さが増すにつれて萎んでいく名前の声に、くすくす声が漏れる。

「…久々知くん、からかってる?」
「いや、本音だけど」
「だって私だよ!?」
「……名前だから……なんだ?」
「だ、だからぁ、女らしくないとか口ばっかり達者でとか色気が足りないとかドジとか間抜けとか阿呆めとか、そういうのでしょ!!」

立花先輩からはいつもそういう風に言われているのか。
赤い顔のまま一息で言い切った名前が肩で息をする。
俺たちの会話をハラハラ見ていた善法寺先輩は、こっちを気にしつつも途中から雑務をこなしていたが、名前の台詞が耳に入ったのか、笑いを堪えて細かく肩を震わせていた。

「…でも、俺にとって名前は、可愛い…女の子だ」

かあ、と首元まで真っ赤に染め上げる名前が、言葉をなくして口をパクパクさせる。
それを可愛いと、愛しいと思いながら…同時に──なんだか、泣きそうになった。





好きどころか興味持つ前くらいまで戻ってる。この場合久々知は素直クール的な属性なんだろうか

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