カラクリピエロ

本気にしてください

※浦風視点





ばふっ、と丸めた掛け布団にしがみつき、布団の上をゴロゴロ転がる。
目を閉じれば苗字先輩が瞼の裏に浮かんで、笑顔で僕を呼んだ。

「――う~~~!!」
「…藤内…大丈夫?」

心配そうに聞いてくるのは僕と同じく寝る準備を整え中の数馬だ。
布団から顔を離して視線をやる。数馬は何度か瞬きをして「今日はやらないの?」と主語なしで聞いてきた。
何を、と返そうとしてすぐに予習のことだと思いつく。
だけど僕はそんな気分になれなくて、より強く布団を抱きしめた。

「…………数馬、おれ…勉強が手につかないんだ…」
「えぇぇええ!!?予習好きの藤内が!?」

言うなり僕が転がしていた布団の上にドスっと腰掛けて(僕がしがみついてるのなんかお構いなしだ)動きを止めるとピタッと額に手を当てられた。

「熱なんかないよ!」
「だって、じゃあどうしたのさ」
「………す…な……ひとが……」
「へ?」

ぎゅうう、と思いっきり布団をつかんで顔を押し付けて、ドキドキしながら報告したってのに数馬は「なに?」って聞き返してくる。
僕を見れば言いたいことわかるだろ!?

「好きな人だよ!先輩のことばっかりで予習どころじゃないんだ!」
「……ああ、苗字先輩か。なんで今更そんな風になってるのさ。藤内の苗字先輩好きは前からでしょ?」
「今までとは違うんだ…おれ、もう、苗字先輩をただの先輩として見られないんだよ」

傍にいると、笑ってくれると、嬉しい。
それだけだったのに――『藤内』って、あの声で呼ばれると…ドキドキして、苦しい。
今だって目を閉じればすぐに思い出せる先輩の顔。

「……好きなら、どんな見方しててもいいんじゃないかなぁ」
「…………でも、おれ、弟なんだ」

口にした途端、じわっと涙が浮いて来てあわてて布団に押し付ける。
だけど声の震えは誤魔化せなくて、ぐっと奥歯を噛みしめた。

「どういうこと?」

乗っていた布団から降りて僕の傍にしゃがむ数馬が聞く姿勢をとる。
僕は布団に顔を押し付けたまま、昼間のことを話した。

寝ぼけた苗字先輩に好きか嫌いかを聞かれて“好き”って気づいたこと。

――僕、“いい子”やめます。

いい子扱いをやめてほしくて、そう宣言したのに――

「せ、せんぱいは、僕に、な…っ、なんて、いったと思う!?」
「……、ほら手ぬぐい。ごめんね…とか?」

手渡されたそれで鼻をかみ、両目を押さえる。
寝転がりながらは息苦しくなって、今の顔を見られたくなかったけどもういいやと起きあがった。

「…はんこうき」
「へ!?」
「“反抗期?”だよ!びっくりした顔で…ぎゅってしてさ、ぜ、全然……男として、なんて、見られてないんだーーー!」

もう我慢しきれなくてその場につっぷして泣きだす僕に、数馬がうろたえている気配がする。
声をかけられても返事をする余裕はなくて、思い出したくもないのにその時のことを思い出していた。

勢いで抱き着いた僕に、目を丸くして驚く苗字先輩が僕の背中に腕を回して、ぽんぽんって軽くたたく。そのまま優しく返された言葉が、最初は頭に入ってこなかった。

『じゃあこれは藤内にとっては最後の甘え?』
『ち、違います!!』
『大丈夫、誰にも言わないよ』

そう言って僕の頭を撫でる先輩の手が嬉しくなかったって言ったら嘘になるけど、僕が欲しかったのはそんな反応じゃないんだ。
だっておかしいじゃないか、綾部先輩が同じことをしたら苗字先輩は“離れて”って言う。立花先輩の場合は…見たことないからわからないけど、それでも絶対違うってわかる。

だから先輩にとっての僕は弟みたいなもの、身内、対象外。

「う…っ、」
「と、藤内…」

「藤内ー、お前ここんとこ予習終わ……って、うおっ!?な、なんだぁ!?」

ボロボロっと涙が落ちるのをぬぐったタイミングで、挨拶もなしに入ってきたのは作兵衛だった。
開いた“にんたまの友”を手に戸口付近でたたらを踏む。
僕と数馬を交互に見て、喧嘩か?と眉間に皺を寄せて聞いてきた。

「よかったー、僕だけじゃどうしようもなくて」
「数馬が泣かせたんじゃねぇのか?」
「違うよ!」
「お、おれだって、泣く気なんかなかった!」
「いや思いっきり泣いてんじゃねぇか」

ぐいっと目元を腕で拭って返せば呆れた顔をされた。
数馬は新しい手拭いをくれて(僕のだけど)、作兵衛を交えて僕の前に座った。

「何があった?」
「失恋だって」
「数馬!お…おれは、まだ、諦めたわけじゃないんだからな!」
「えぇー」

もう一度鼻をかんで宣言すると数馬まで作兵衛と同じ顔をする。
まだ対象として見てもらってないんだから、失恋はおかしい。おかしいに決まってる。

「――それって最初から望みねぇんじゃ」
「さささ作兵衛!!」
「おれは…フラれるなら、フラれるで、男としてフラれたいんだ……」
「お前かっこいいこと言ってるようで泣き顔で台無しだな…」
「うるさいな!作兵衛は宿題教えてもらいにきたんじゃないのか!?」
「そのつもりだったけど……そうだなぁ…数馬、あいつら呼んで来てくれ。あと孫兵」
「孫兵はともかく、あの二人部屋にいる?」
「さっき部屋の柱にくくっといた」

わかった、と言い置いてぱたぱた遠ざかっていく足音を聞く。
作兵衛を見ればなんでもないような顔で僕の背中をたたき(苗字先輩のとは違って痛い)、ほら、と飴をくれた。なんでだ。

「しんべヱ…あー、一年にな、言うこと聞かせるときに使うんで装束に入ってんだ」
「おれは一年と同じか…」
「そんだけビービー泣くなんて一年くらいだろ」
「…作兵衛にはまだわからないんだ…」
「ま、そりゃそうだ!元気だせよ、そんで予習好きに戻れ」

うん、ととりあえず頷きを返して貰った飴を握りこむ。
寝る前に食べるのはどうかと思ったから、抽斗の中にしまった。

「…ってそれ、結局おれの予習で宿題どうにかしようとしてないか」
「数馬のやつおせぇなぁ」

あからさまに話をそらしながら“にんたまの友”をペラペラめくる作兵衛に呆れつつ、ちょっとすっきりしてるような気もする。
そっと目を閉じればやっぱり苗字先輩の笑顔を思い出す。今度は『反抗期?』って台詞つきで、ドキドキとズキズキを味わった。

+++

「作兵衛が代表して聞いてくるって言ってたのに、理解できない難しさなのか?」
「なんでそうなるんだよ、そうじゃねぇよ!」
「言っておくが、ぼくたちが揃ったところで設問は解けないぞ作兵衛!」
「藤内、手ぬぐいと傷薬出してくれ。数馬が引きずられて柱にぶつかった」
「いてて…ごめん孫兵、助かったよ…」

一気に騒がしくなった室内で、数馬に肩をかしている孫兵の指示通り救急箱を取り出す。
数馬の持ち物だけど――こいつの出動率は異常じゃないかと思う。

「引きずられたって……この二人に?」
「あ、あはは…次からは先に孫兵の方寄るよ……」

はあ、とため息をつきながら自分で自分の手当を始める数馬に手拭いを差し出す。
いらないと突っ返されてムッとしたものの、使用済みだから当然だった。

「それで、こんな時間に呼び出してなんの用だ?僕は明日の準備とジュンコとの時間を作るために」
「それだよ!」
「は?」
「ほら藤内、孫兵にラブラブの秘訣でも聞け」
「オレらは?」
「数いりゃ一個くらいなんかいい案出るだろ?」

不機嫌そうに眉をひそめる孫兵と、きょとんとした顔の左門と三之助に事情をかいつまんで説明することになってしまった。
おかしい…おれはこんなに大ごとにする気なんかなかったのに…なんでこんなことになってるんだろう。

「…苗字先輩か」
「うん…………へ、変か?」
「? なにが?」
「と、年上、だし……くのたまだし……」

孫兵の呟きに咄嗟に返してから、おかしなことを言ってると思った。
そんなことを気にするなんて、それこそ変だ。

「藤内が好きなら好きにしたらいいんじゃない?僕はジュンコ一筋だけど」
「…そうだな。孫兵には負ける」
「それよりあの人三年生は眼中にないはずだけど」
「…………やっぱり」

首元のジュンコをなでながら言う孫兵に傷口が抉られる。
放置したままだった丸めた布団につっぷすと、そうじゃなくて、とさらに言葉が足された。

「近寄ってきたり、話したりもあまりしない…のは、僕だからか?数馬、ちょっと」
「うん?」

傷の手当を終えて『ろ組』と一緒に宿題に取り組んでいた数馬が顔を上げる。
みんなを呼び集めた作兵衛は唸りながら問題に向き合ってるし方向音痴二人はやってるようでやってないし、こいつら何しに来てるんだ。

「――うーん…意識したことないな。もっぱら苗字先輩の相手をしてるのは善法寺先輩だから」
「数馬が当番のときは?」
「“ごめん”、“ありがとう”、“またね”くらい?」
「藤内って苗字先輩にとっても特別なんじゃないの?」
「けど、それは弟としてだ」

孫兵から見ても“特別”なのかなと思うと嬉しい反面、やっぱり身内としてだろうなって自覚する。

「けどお前、実際には弟じゃねぇだろ」

唐突に後ろから声をかけられて振り返ると、筆を投げ出した(諦めたんだろうか)作兵衛がこっちに向き直った。

「身内っぽい距離感っての利用すりゃいいじゃん」
「どうやって」
「そりゃ…………どうにかしてだよ!三之助、左門、お前らもなんか案出せ」
「いきなりなんだよ…」
「これ終わったらな!」

いきなり無茶を言い出す作兵衛に左門は後でと返し、三之助は溜息をつく。
それからいきなり僕の方を見て、どうだった?と聞いてきた。

「なにが?」
「え、だからさっきの話からしてぎゅーっと抱きしめたんだろ?どうだった?」
「今そんな話してねぇだろ!!」
「作、オレはぶっちゃけこっちのが気になるし、大事だ」
「ぶっちゃけんじゃねぇぇえ!!」

今にも文机をひっくり返しそうな作兵衛を数馬が止める。
孫兵はジュンコに餌をやっているところで、左門はきょとんと顔を上げたところだった。

そんな中で、三之助に言われたことでその時の感触を思い浮かべてしまう。

(……ぎゅーって、そんな思いっきりじゃなかったけどさ)
「藤内、独り占めしてないで教えてくれよ!」
「な…なんか…、ふにゃふにゃ?」
「ぽよんぽよんは?」
「し、したかな……ってそんなの確認してる余裕なんかなかったよ!!」

じわじわせり上がってきていたものが一気に爆発して布団に倒れこむ。
ふにゃふにゃ柔らかくて、ふわっと優しい匂いがして……悔しくて悲しいのに、すごくドキドキもした。

「あ~~~~~~!!三之助のせいで寝られなくなったらどうするんだよもーーー!!」
「左門お前は?なんかないか!?」
「よし。しかし、今なんの話をしているのかわからん!」
「…だからー、先輩に意識させる方法だよ」
「そんなの“好きだ!”って言うしかないんじゃないか?」

左門の意見は直球ど真ん中だった。
そういえば、僕は苗字先輩に聞かれて答えた後、好きだって伝えただろうか。
自覚して、でもあからさまに対象外にされたのがショックで、言ってないんじゃないか?

「…………おれ、苗字先輩に好きって言うよ」
「そうだろ!それが一番わかりやすいものな!」

笑顔で頷く左門に苦笑して、気づかせてくれたお礼を言うと「なんの!」と胸を張られた。
バシバシ背中を叩かれてジト目で振り返れば、作兵衛と数馬。

「藤内、玉砕したら反省会してやっから安心して砕けて来い!」

砕けたくないんだけど。っていうか反省会ってなんだよ。
にこにこしてる数馬に毒気を抜かれながら、複雑な気分で頷いた。





「あ、あああの…先輩!」
「どうしたの?あ、反抗期終わり?」
「僕…いや、お、おれ…っ、苗字先輩が好きです!!」
「え!?ありがとう……わ、なんか…改めて言われると照れるなもう」
「!? せ、先輩違います!そうじゃなくて、」
「私も藤内のこと大好きだよ」
「~~~~~っ!!苗字先輩のばかーーーー!!」

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