カラクリピエロ

好きになってもいいですか

※浦風視点





苗字先輩を一言で表すなら、頼れる人。僕にとってはこれが一番しっくりくる。
それはたぶん、委員会中の先輩の印象が強いからだ。
苗字先輩は僕ら下級生を常に気にかけてくれるし、たまに無茶を言い出す立花先輩にズバッと切り込んでくれるし(立花先輩はそれを楽しんでいる気がするけど)、いつだって自由な綾部先輩を率先して連れ戻してくれるから。

だけど、今日の苗字先輩はいつもと全然違っていた。

「…………苗字先輩?」
「なーあーにー」

作法室の机を挟んだ僕の向かいで、上半身をべたっと伏せた先輩から返ってくるのは間延びした返事。
その声は不機嫌そうで“何かあったんですか”と聞くのを躊躇ってしまった。

これでも苗字先輩が僕(と一年生)を可愛がってくれてるのはわかっているつもりだし、いつだって笑顔で声をかけてくれるから、こんな先輩を見るのは初めてだ。

戸惑っている僕に気付いたのか、先輩が僅かに顔を上げた。
何を言われるのか身構えていたから、ふっと苦笑しながらの「ごめんね」に驚いて、失礼なくらい先輩を見てしまった。

「ねえ、藤内」
「はい」
「慰めて」
「……はい?」

早く、と僕を急かす苗字先輩はまた不機嫌な表情に戻って机を叩く。
隣に来いということかなと思って移動すると、先輩は僕を見て表情を和らげた。
思わずドキッと胸が高鳴る。少しでも喜んでもらえたのなら、嬉しい。

「“僕、苗字先輩がいるから頑張れます”、はい」
「はい!?」
「そこは復唱するとこでしょー?」
(ええ……?)

――さっきから僕は“はい”しか言ってない気がする。

頭の隅っこでそんなことを考えながら、また顔を伏せてしまった苗字先輩に混乱してきた。
綾部先輩を相手にしているときを思い出すのはどうしてだろう。

ともかく先輩には元気になってほしい。
それだけは確かで、今言われたことを何回も思い出し、正しいのかいまいちわからないまま口を開いた。

「ぼ、僕、苗字先輩がいるから、がんばれます……?」
「…………藤内ってほんといい子だよね」

先輩はぽつりと呟くと身体を起こし、僕の頭をひと撫でしてにっこり笑う。

「ありがとう。私も藤内がいるから、まだ頑張れるよ」

僕から手を離して、そのまま立ち上がる苗字先輩。
後ろの方から「次こそ負けない!」となにやら意気込んでいる先輩が部屋を出て行くのがわかったのに――僕は振り向くどころかちっとも動けなくて、先輩の気配がすっかり消えてから苗字先輩がしていたみたいに机に伏せていた。

心臓が、うるさい。

+++

わけがわからなかった。
だって苗字先輩に頭を撫でられるのも、お礼を言われるのも、微笑まれるのも珍しいことじゃない。
それどころか沢山見てるのに、どうして急にこんな風になるんだろう。

あれからいくら考えても答えは出てきてくれない。
だから何度も何度も同じことを考えてしまう。

「…………苗字先輩も、あんな顔するんだ」

ふと不機嫌そうな先輩を思い出して、心臓がトクンと音を立てた。

――藤内、慰めて。

僕にとって苗字先輩は“頼れる人”だ。
けど、あの時はちっともそんな感じじゃなかったのに……幻滅するどころか別の一面を見られて嬉しいと思ってる、それがまた不思議だった。

もやもやしたものを振り払うように頭を振って息を吐く。
作法室にたどり着いて挨拶しながら戸を開けると、また苗字先輩が机に伏せていた。
あの日を再現するような状況にドキドキしてくる。

なんで僕はこんなに緊張してるんだろうと思いながら、控えめに声をかけた――――返事はない。

苗字先輩…?」

返事すらしてくれないなんてそれこそ初めてで、予想以上にショックを受けている自分に驚く。
なんだか不安で少しずつ速くなる心臓を押さえながら回り込んで――パッと口を押さえた。

「――……、」

そっと、ゆっくり息を吐き出す。
微かに寝息を立てる苗字先輩を起こさないように、物音を立てないように膝をついた。

「ん、」
「!!」

ビクッとしながら先輩を見ると、苗字先輩は眉間にぎゅっと皺を寄せてうなされ始めた。

どんな夢を見ているんだろう。

苦しそうな様子に見ている僕まで不安になる。直後に起こさないと、と使命感に駆られて苗字先輩の肩を揺すった。

「先輩、起きてください。苗字先輩」
「う、うう……、」
苗字先輩、委員会始まりますよ!」
「っ、…と……ない…?」

バチッと勢いよく目を開けた先輩に驚いて少し離れる。
だけど先輩はがしっと僕の腕を掴み、確認を取るように覗き込んできた。

「せ、先輩、大丈夫ですか?」
「藤内、私のこと好き?」
「え!?」
「ね、どうなの?好き?嫌い?」

真剣な目と、その質問内容にドクドク大きくなっていく心音。
嫌いなわけない。僕は、

「――すき、です」

言葉にした途端、顔が熱くなっていく。
そうか、僕は苗字先輩が“好き”なのか。
まるで他人事みたいに考えながらも相変わらず心臓はうるさくて、苗字先輩に掴まれたままの腕が気になって仕方ない。

苗字先輩は僕の返事にふにゃりと表情を崩して「よかった」と呟いた。

「藤内に『触らないでください』って手振り払われる夢見ちゃって、それが笑顔でさ、ちょっと怖かったなあ」
「…………へ?」
「藤内はいい子だもん、そんなこと言わないよね」

笑顔でぽんぽんと僕の頭に手を置く苗字先輩の言葉に、一気に体温が下がった気がした。

ぎゅっと手のひらを握って唇を噛んで俯く僕を先輩が覗き込んでくる。

「藤内?」
「…………僕、“いい子”やめます」
「は!?」

驚いてぽかんとしている先輩を睨むように見上げて、思い切り抱きついた。

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