カラクリピエロ

誘惑の前準備

※尾浜視点





おれの好きな人は、おれの親友が好きだ。
おれは彼女の相談相手にも満たない、ただ彼女から親友の話を聞く役だった。

一度、なんでおれに話すの?って聞いてみたことがある。
くのたまでもいいんじゃないかって、少し荒んだ聞き方をしてしまったのを覚えてる。
基本的に彼女から話を聞くのは好きだけど、どうもそのときは自分の気持ちが不安定だったのもあって苛立っていたんだ。

だけど彼女は真剣に考え込んで、ただ一言「優しいから」とだけ返してきた。

『勘右衛門て、呆れはするけど絶対私の話遮ったりしないでしょ?あ、あとあれ。“よかったね”って言ってくれるの嬉しい』

なにそれって呆れるおれに、彼女は本当に嬉しそうに笑うから、ドキッとした。
思えば自分の中に“好き”って気持ちがあることに気づいたのはそのときかもしれない。

――なんて。こんな感傷に浸ってしまうのは、おれがその役から降ろされたから。

もう報告しない、の宣言どおり、名前はおれに兵助の話をするのをやめた。
それだけならまだいい。問題は、おれを避けてること。

兵助に会いたい願望の方が強いせいなのか夕飯時には姿を見せるけど、それ以外は滅多に見かけなくなってしまった。
日課にしている食堂ではさりげなくおれから距離置くし――

「……こういうのは、おれの望むところじゃないんだよな」
「なんだ勘右衛門、なにか言ったか?」
「あのさ、三郎。おれちょっと名前んとこ行ってくるから、あと頼む」
「は!?ちょっと待て、おい!」

僅かに残っていた仕事を三郎に押し付けて、おれは名前を捜しに出かけた。
今の時間帯なら彼女は作法室か飼育小屋かくのたま長屋の自室だ。

一番近い作法室に寄り、室内を覗いたら立花先輩が居て意味ありげに笑われた。

「尾浜だったか」
「? なにがですか」
「先日、可愛い妹分から友人に告白されたらどうするかを質問されてな」
「…………」
名前なら犬の散歩に行くと言っていたから、今頃は裏山かもしれないぞ」
「ありがとうございます」

無償で情報をくれた先輩に頭を下げ、作法室を後にしながら息を吐く。
名前を追い詰めているのはおれで、彼女はおれのことばかり考えているんだと思うと嬉しさで頬が緩んでしまう。

飼育小屋には八左ヱ門がいるはずだ。
案の定、生き物の世話に追われる八に名前の行方を尋ねる。ついでに散歩する道は決まっているとかで、それもあわせて教えてもらった。

「…なあ勘右衛門」
「ん?」
「お前、名前と何かあったのか?」
「あったよ」

けろりと答えるおれに目を丸くする八左ヱ門が慌てて謝ってくる。
なんで謝るんだと聞き返したら、「なんとなく」と頼りない返事を寄越された。

「八の直感かよ」
「…いや、ちゃんと理由あったわ。お前らなんか元気ねぇし、名前は犬抱き締めて一人でブツブツ言ってるし…あれ傍から見てると怖いんだよな……」
「何言ってたかわかんない?」
「俺はあいつにばっかり構ってらんねーの。何があったんだ?」
「おれ、名前に好きだって言っちゃった」
「…………は!?え、それは、お前、どういう」

わかりやすい慌てようを見せてくれる八左ヱ門にケラケラ笑っていたら、急に真剣な顔になった八に両肩を掴まれてしまった。

「あのな勘右衛門、名前は兵助が好きなんだぞ?」
「…なんで八左ヱ門からも言われないといけないんだよ。当然知ってるってば。その上で、お慕いしてますって告白したの」

おれの返事を聞いて、八左ヱ門はジト目でおれを見ながら大きな溜息を吐き出す。
物好き、と呟かれたのをどつくと、背中を思い切り叩かれた。衝撃が強すぎて咳き込む。

「なに、すんだ、馬鹿力!」
「気合入れてやったんだろ」
「…………頼んでないって」

笑って仕事を再開させる八左ヱ門が、ふと森の方を見る。
つられて目をやると明らかに道じゃないところから名前が顔を出した。

「竹谷ー、こっちの方にボール――」

ぴたりと動きを止めた名前と目が合う。
逃げるかと思っていたから、すぐにでも追いかけられるように気構えたけど、名前はぎゅっと胸元を握りその場に留まってくれた。

「…逃げないの?」
「……ごめん」
「謝るってことは、悪いと思ってくれてるんだ」

ビクリと震えて、ぎこちなく頷く彼女を見て我ながら意地悪いなぁと思うけど、少しくらい許してほしい。
これでも好きな人に避けられ続けて少なからず傷ついたんだから。

「ごめん……勘右衛門は、いつも通りでいいって言ってくれたのに、私、全然、だめで……」
「――…、それは、どうして?」

硬く握りすぎて小刻みに震える手を眺めながら近づく。
名前は一度おれを見て、頭を振り「だめなの」と呟いた。

「勘右衛門のこと、ばっかり考えて……こんなの、全然、いつも通りじゃない……」

内容だけを聞いていたら、きっと嬉しい台詞なのに。
すっかり俯いてしまった名前が、消えそうな声で紡ぐ言葉じゃ喜べない。

「ねえ名前

そっと目尻を指で撫で、浮いた涙を掬い取る。
頬に手を添えて顔をあげさせると、不意をついて濡れた目尻に吸い付いた。

「…!?」
「言ったよね、つけこむって。名前がおれのことばっかり考えて、悩んで、苦しんでも……おれ、遠慮しないから」
「かん、え、もん」

おれはおれの好きにするし、できるけど。
名前はおれの気持ちまで考えちゃうから、そうやって苦しんでる。
優しくて、甘い。おれを振り切るなら、とことん嫌ってくれないと。

「……おれ、本気で名前のこと好きみたい」
「っ、」
名前が苦しんでくれて嬉しいって思ってるんだ。おれでいっぱいになればいいって考えてるし、今だって本当はこっちにしちゃおうかなって思った」

――兵助を好きでいいって言ったのは本心なのに。

そんな矛盾を抱えながらも、困ったように目を泳がせる名前の唇に触れる。
途端に赤くなる頬が熱を持ち、身を引こうと動く彼女がおれの手を掴んで剥がそうとした。

「離、して」
名前はさ、そういうのないの?」
「なに、」
「抱き締めたいとか、口付けたいとか、性こ」
「勘右衛門!!」
「……可愛いんだもんなぁ……」

真っ赤な顔で涙目になりながらおれを止める名前に呟きながら、彼女を抱き込む。
おれを引きがそうとするのを無視して感触を堪能していると、いつの間にか足元に犬が群がっていた。

「…………わあ」

名前を覗き見れば、彼女はゼェゼェ肩で息をしながら(ちょっとムラッとしたのは秘密だ)、か細く愛犬の名を呼んだ。

「あーあ。見てこれ、穴だらけ」

名前の手首を捕まえて、強引に彼女から引き剥がされた際に開けられた穴を見せる。
めいっぱい距離を取ろうとしている彼女は、憮然とした表情で「謝らないから」と呟いた。

「まあおれはどこも怪我してないし、いいけどさ。あ、そうだ名前
「なに」
「好きだよ」

びくりと震えて顔を赤くした後、視線を逸らす彼女が「ごめん」と呟くのを聞いてほくそ笑む。
これは結構効くみたいだなと冷静に考えながら、このままおれの言葉が名前の思考を侵食すればいいのにと思った。






「三郎ごめん、まだ残ってる?」
「しっかり残しておいてやった」
「わーい、うれしーなー」
「解決したのか?」
「んー…とりあえず、嫌われる覚悟はした」
「答えになってないだろ」
「覚悟決めたら押すしかないじゃん」
(……だから答えになってない)

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