確率二分の一。用意した台詞は二通り。
――さて、どちらを使うことになるだろうか。
考えながらも手は休まることなく帰りの準備を終えていく。
友人に一時の別れを告げ――どうせ寮に帰ればすぐに再会する――階段を降り、踊り場の窓から外をチラ見した。
昼ごろに降り出した雨は静かに降ったり止んだりを繰り返していたが、空の明るさからするともうじき止みそうだ。
三郎は隣を駆け下りていく後輩からの挨拶におざなりな返事をして、のんびりと階段を降りていた。一番下まで到達すると同時に、持っていた傘を垂直に軽く放る。トン、と先端が着地する音を聞きつつ柄の部分に手を乗せ、視線を出入口であるガラス戸の方に向けた。
退屈そうに待っている名前を認識した直後、ポケットに入れておいた携帯が震える。反射的に取り出して確認すれば目の前にいる彼女本人からのメールで、三郎は自分でも気づかないうちに表情を緩めていた。
――“早く来ないと先に帰っちゃうよ”
文面を読んでから改めて名前を見る。正確には彼女の持ち物を。
変にリズム良く床を叩く傘の先を認めて、三郎は昇降口に備えつけられている傘立てに自分のを突っ込んでから名前を呼んだ。
「名前」
「うわ!?お、おどかさないでよ!」
「先にメールで返事した方がよかったか?」
ニヤニヤ笑う三郎に、名前が憮然とした顔で「別にいらない」と呟くから、三郎はわざわざ返信画面を呼び出して“今お前の隣にいる”と、今となっては全く意味のない内容を送った。
すぐに彼女の携帯が受信を知らせ、なんとも渋い顔をされる。
「……メリーさぶろう」
「あ、くそ、やっぱり送りながら近づけばよかった」
「やめてなんか怖いから。三郎、傘は?」
「お前のがあるじゃないか」
「えー!?私本屋さんに寄るつもりだったのに」
「寄ればいいだろ。いつものとこでいいのか?」
驚きに目を瞬かせる名前にこっそり苦笑しながら、彼女の傘を奪い取る。
名前は三郎を淡白やら薄情だと言うけれど、三郎は甘え下手な彼女の方にこそ一因があると思っている――友人一同によれば“どっちもどっち”なのだが、三郎は認めたがらなかった。
「名前、いつまでぼけっとしてるんだ、行くぞ」
傘を開きながら振り返り、声をかければ弾かれたように動きだす。
隣に納まった名前は三郎と頭上を交互に見て、三郎にはその傘似合わないね、と楽しそうに笑った。
「あ。メール打っていいか?」
「うん。またメリーさんごっこ?」
「いや、忘れものしたからあいつらに頼む。まだ誰か一人くらい残ってるだろ」
「電話すればいいのに」
「(私の傘を回収してくれって?言えるわけないだろう)大っぴらに口にできない物なんだよ」
「…………」
「楽しい想像してるとこ悪いが、いやらしいもんじゃないぞ」
「さ、三郎の言い方が悪いから、」
「…ほんとに想像したのか」
「~~~~っ」
「いてっ、なんだと思ったんだ?ん?」
「知りません。もう、押さないでよ、はみ出る!」
雨の日オムニバス【鉢屋三郎編】
1266文字 / 2013.07.18up
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