オレンジデー
「名前、今日は“オレンジデー”って日らしいぞ。…あ、ありがとう」
ソファに座る兵助くんに淹れたコーヒーを手渡しながら隣に腰掛け、どういたしまして、と返してから首を傾げる。オレンジデーってなに?
「オレンジ食べる日?」
「やっぱり知らないよな――はい」
「え、ありがと……ふふ、いい匂い」
ぽん、と膝の上に乗せられたのはオレンジ(丸ごとひとつ)で、戸惑いながらも口元に寄せる。
柑橘類は香りも味も好きだから、兵助くんの意図がわからなくても素直に嬉しい。夕飯の後にでも切って出そう。
突然のプレゼントに頬が緩んで無意識にオレンジに口づける。さすがに丸かじりする気はなかったけど、なんとなく皮の苦みを想像しながら兵助くんに寄りかかった。
「ほんとは何の日?」
カップを置いてゆるく腕を回してくる彼を見上げて言えば、目元を柔らかく細めた兵助くんが私の頭に口づけを落とす。
くすくすこぼれる笑い声が耳にくすぐったいなと思っていたら、突然持ち上げられて膝の上に座らされた。
驚いてオレンジが手から転がっていく。反射的にソファの方へ放ったのか、床に落ちることはなかったから安心だけど――――向かい合うこの体勢は恥ずかしい。
「あの、兵助くん?」
「バレンタインデーとホワイトデーの仲間だってさ。チョコレートとか、飴の代わりにオレンジで…」
楽しそうに笑う兵助くんが焦らすようにしながら“オレンジデー”について教えてくれてるけど、いまいち集中できない。
恥ずかしさと一緒に湧いてくる、そわそわした感覚。
――抱きついてもいいかな。説明を遮ってキスしたら、兵助くんはびっくりするかも。
じりじり距離を詰めながらもあと一息が越えられない。心臓の音はうるさいし、悶々と考えていたせいで意図せず説明を聞き逃してしまった。
くす、と笑った兵助くんが私を抱き寄せるようにして、先に目を閉じる。
やっぱりバレバレだったことにいささか悔しい思いをしながら、押し付けるだけのキスをした。力加減を間違えたせいでなんだか色気のないものになってしまったけど、気持ちとしては満ち足りたからじゅうぶんだ。
「……俺からもしていいか?」
ぱちっと目を開いた兵助くんは、ふんわり優しく微笑むと、その表情には合わない口づけをしてくる。
――聞いておいて返事をする暇さえくれないのは、ちょっとずるいんじゃないかと思う。
唇をやわく噛まれて、驚いた隙にぬるりと舌が侵入してくる。息継ぎしようとすれば口づけが深まるばかりで苦しい…のに、気持ちよくて…、頭がぼーっとしてきた。
「……ふぁ……ん、く……」
「は……名前、まだ頑張れるか」
ぼんやりする視界の中、目尻や頬にちゅ、ちゅ、と絶えずにキスが落ちてくる。
息を整えながらくすぐったさに身をよじれば、咎めるように首筋を吸われた。
「んっ……も、ちょっと、待って……」
「…うん。わかった」
「わっ!?」
ぎゅう、と抱きしめられたあとに身体が宙に浮く。
咄嗟に兵助くんに掴まると、機嫌良さそうな笑い声とともに耳にキスされた。リップ音が直に響いて恥ずかしい。
腕を回して首に抱きつくようにしても移動する兵助くんの足は止まらず――
「兵助くん?」
「待つよ、ちゃんと。俺は良い子だからな」
にっこり笑っての言葉は、背中がベッドのスプリングに受け止められるのと同時。
笑顔は“良い子”かもしれないけど全面的には同意できないなぁ、と思いながら、兵助くんの口づけを受け入れた。
+++
「そういえば…私もオレンジあげたほうがいいの?」
「うん?」
名前はほとんど眠りに落ちかけた状態で、ふと思い出したようにもらす。咄嗟に内容を理解出来なくて、彼女の頭を撫でていた手を止めた。
ふふ、と穏やかに笑う名前がふにゃふにゃとした可愛らしい笑顔で「オレンジデー」と、やっぱり眠そうな声で言う。
それについ笑いながら頬にキスをして、それじゃあ、と夕飯にさっきのオレンジを出してほしいと提案した。
「それはするつもりだったけど、それだけでいいの?」
「いいよ。結局は口実だからな」
「バレンタインの仲間だっけ。……聞きのがしてごめんね」
照れの混じる謝罪には心当たりがあったけど、そわそわしてる名前に気を取られて俺も説明を放棄してたんだって知ったらどう思うだろう。
返事代わりに名前に軽く口づければ、不満そうにむずがるのが可愛くて、たまらずに抱きしめる。
へいすけくん、と甘く俺を誘う声につられるまま、名前の舌に噛みついた。
▼オレンジデー(4月14日)
バレンタインデー・ホワイトデーに続き2人の愛を確かなものにし、オレンジやオレンジ色のプレゼントを贈る日(by Wikipedia)
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現パロ
1967文字 / 2014.04.14up
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