カラクリピエロ

絡まる

※久々知視点





授業の終わりに先生から用事を頼まれて、二人で資料室までやってきた。
室内は古い本独特の匂いがして、一応掃除はされているはずなのにどことなく埃っぽい。

「私、この匂い結構好き」

面倒なことに巻き込まれてるのに、両腕に資料を抱えた彼女は楽しそうに踏み台を引っ張り出した。
名前に持たせていた資料は軽いもので、棚の上が定位置だから当たり前なんだけどなんとなく気まずい。
名前も同じように考えたのか、足を乗せる前にスカートの裾を気にする様子を見せた。すぐに大丈夫、と判断されたようだが。

(……まあ、高さがあるわけじゃないしな)

せいぜい15cmか20cmくらいで、俺が彼女の傍でしゃがみでもしない限り気にするほどじゃない。
――と思ったのだが、正に名前の足元にしゃがまないとこの資料をしまえない。
なるべく意識しないように、さっさと目的を果たしてしまおう。一呼吸おいて、戸棚の側に膝をつく。
ガタン、と踏み台が揺れる音が聞こえて反射的に視線を上げた。

「わっ」
「ッ、危ない!」

大きく動いた彼女の身体が傾く。
――助けないと。
それだけを考えて名前の腕を掴んで強く引いた。胸に抱き止めた直後、よろけて棚に背中と頭をぶつける。

「~~~~ってぇ…」
「久々知くん!」

目の前がちかちかと点滅しているような感覚と、耳に入る今にも泣きだしそうな呼びかけ。それを聞きながら棚に背を預けた状態で、彼女ごと座り込む。

「…大丈夫か?どこかぶつけたりしてないか?」

ぶんぶん音がしそうな勢いで首を振る名前の様子を確かめてほっとした。

「ごめ…ん、ごめんなさい…」
名前。どうせならお礼がいいな」
「あ。うん…ありがとう」

ふにゃりと笑顔を作る名前の頬を撫で、ゆっくり息を吐き出しながら彼女を抱きしめる。
驚いたように一度震えた後は、珍しく名前の方から擦り寄ってきて俺の胸元に顔を押し付けてきた。

ドクドクと大きく脈打つ心音を聞かれるのは少しばかり恥ずかしい。だけど名前を離す気にもなれず、回した腕に力を込めた。

「久々知くん、背中痛くない?」
「少し。擦り剥けたかな」

冗談混じりで言ってみたら、彼女はビクっと大きく震えて身を引こうとする。
思いっきり眉尻をさげて保健室、と呟くから目尻に軽くキスをして「冗談」と零した。
素早く瞬いて手のひらを頬に当てる名前がじわじわ赤くなっていく。微かに聞こえるうめき声に笑ったら、頭突きをするように俺の肩に顔を伏せてしまった。

「…でも、一応診てもらったほうがいいよ」
名前が診てくれるなら行く」
「それじゃあ――痛ッ」
「え?」

よほど心配してくれてるのか(本当に大したことないんだけど)、特にツッコミもなく名前が顔を上げる。
立ち上がる途中で腕の中に逆戻りしてきた彼女を、驚きながら受け止めた。

「どうしたんだ?」
「いったぁ……髪、引っかかっちゃったみたい…」

頭を抱える名前に言われて自分の胸元を確認すれば、確かに彼女の髪が俺のシャツにくっついていた。
さっき受け止めたときにボタンに絡まったのかなと思いながら、髪を解くべく手を伸ばす。

「髪、切っていいよ」
「だめ。大体ハサミなんか持ってないだろ」
「この部屋の中探せばあるかも――」
「だめ。あってもやらないし、やらせない」
「……じゃ、じゃあ、私やる!」

そわそわして落ち着かない名前に胸のボタンを示すと、名前は距離を詰めて手元に顔を近づけた。

――ふわりと、微かにいい匂いがする。
古い本のカビ臭さにうんざりしていたところだったから、少し心が和らいだ。

名前の肩を抱いて彼女の頭に顔をくっつける。びくっと大きく跳ねた名前は手を止めて、声を震わせながら俺を呼んだ。

「久々知くん、あの、少し離れてくれないと、」
「うん」
「て、手元が、見えないから」
「…俺が代わろうか?」

名前の要求をかわして提案すると、しばしの沈黙の後、頷きが返ってきた。

俺の指先と資料室内、色々なところを彷徨う名前の視線が俺のとかち合う。気まずそうな様子に思わず笑うと、きゅっと唇を噛みしめて顔を赤くした。

「久々知くん、わざとやってない?」
「なにを?」
「……時間、かけてる…気がする」

自信がないのか最後の方は聞き取れないくらい小さい。
さすがに限界かと既にほどけていた髪を解放してやると、名前は何度も目を瞬かせて俺の胸元を凝視した。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「え、わざと?偶然?」
「……どっちだと思う?」

あえて聞き返せば名前が不満そうな顔を見せ、ずるい、と呟くから――笑いながら彼女を抱きしめて、耳元で答えを教えた。

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