カラクリピエロ

ジャンキー


※ほんのりドラマCD「五年生の段」ネタ有り




――ことの発端は、勘右衛門の些細な一言だった。

「兵助さぁ、ちょっと豆腐控えた方がいいんじゃない?」

いつものように、嬉しそうにお豆腐を食べてる久々知くんにまるで水を差すように…だけど声がなんとなく心配しているようにも聞こえて、思わず久々知くんと勘右衛門を交互に見た。
久々知くんはきょとんとした顔で勘右衛門を見返してお豆腐を口に運ぶ。咀嚼して飲み込んで、返事をするのかと思いきや瞬きをしながらもう一口。
しんと漂う無言が気になって、なぜか関係ない私がそわそわしてしまった。

「…………おれの話聞こえた?」
「ちゃんと聞こえてるけど、なんだよ急に」

そう返しながらお味噌汁(これもお豆腐入り)を飲む久々知くんに、勘右衛門は溜息をついて食事を再開させる。
彼いわく、久々知くんのお豆腐依存度が高すぎるんじゃないかとのこと。

「段々悪化してるだろ」
「うーん……そこまで酷くないと思うんだけど」
「……お前、どの口が…携帯食として持ち歩くのはまぁいいとしても丸一日食べないだけでフラフラってやばいだろ、忍務中に切れたらどうすんの」

勘右衛門が一方的に喋り続けるのを耳に入れながら、久々知くんがお豆腐切れになるほど長期の忍務でいないのは寂しいなぁ、なんて全く関係ないことを考えながら食事を終える。
膳を片付け、食後のお茶を淹れて渡せば久々知くんが「ありがとう」と言ってはにかんでくれた。
つられて笑い返した直後、勘右衛門が身を乗り出すようにして腰を浮かせて私を見た。

「そうだ、名前も協力してよ!」
「は?」

ぽかんとしながら勘右衛門の前にも湯のみを置いた私の手を掴んで「兵助のためだから!」と勢いよく言われても…意味がわかりません。

「勘右衛門、名前を巻き込むなよ」
「えー、名前なら喜んで協力してくれると思うんだけど。ね?」

私の方へ視線を戻す勘右衛門に反射的に頷いて久々知くんを見れば、彼はどこか不機嫌そうに溜息をついて勘右衛門に顔を向けた。
張本人である久々知くんを余所に進められていく計画が気に入らないのかもしれないと思いながら苦笑したら、ふいに腕を引かれ、踏ん張る余裕もなくそのまま久々知くんにぶつかってしまった。

「ご、ごめん名前!大丈夫か!?」
「だ、だいじょうぶ…ありがとう」
「…………ごめんな」

半ば体当たりの状態で突っ込んだものの、久々知くんが支えてくれたから全然問題ない。
驚きはしたけど久々知くんが謝ることもないのになぁ、と改めて現状を確認したら彼に抱きついた状態だった。
照れくさくなって誤魔化すように座ったら、そっと手を握られてドキッとした。

「――ったいなぁもう……蹴ることないだろ」
「? どうしたの勘右衛門」
「別になんでもないよな」
「…………いいけど。とりあえず三日くらい様子見しよっか」
「……三日?」
「勘右衛門、こういうのって少しずつ食べる量を減らしていくんじゃないの?」
「完璧中毒患者だな兵助」

三日と聞いた途端テンションが下がる久々知くんを見て思わず聞くと、勘右衛門はハハ、と乾いた笑いをこぼす。
久々知くんがムッとしたのがわかったけど、まさかこの条件で了承するとは思ってなかった。
わかったやってやる、と神妙に頷く久々知くんに、提案した勘右衛門自身も驚いている。

「だって俺は勘右衛門が言うほど豆腐依存じゃないからな」
「…………それ全然説得力ないぞ」

なんだかよくわからないうちに、久々知くんの豆腐依存症を軽くするという名目で、彼が豆腐を食べないよう見張りをすることになった。
そこまでしなくてもいいんじゃないかなぁと思いながらの一日目。
部屋を訪れたら「大体半日くらい経ったかな」と勘右衛門から無造作に高野豆腐を渡された。久々知くん用の非常食とのこと。
“非常食”に思うところはあれど、久々知くんを伺い見れば微笑んでくれた。でも、その笑顔はどこか弱々しい。

「あのさ名前
「は、はい!お豆腐?食べる?」
「………………やっぱり名前も俺=豆腐なのか」

さっと勘右衛門から受け取ったばかりの高野豆腐を差し出したら、どことなく寂しそうに言われてしまった。
――けど否定できない。久々知くんといえばお豆腐だし、私はお豆腐を食べて幸せそうにしてる久々知くんを見るのが好き。だから無理して我慢する姿はあまり見たくないのが本音だ。

「今の久々知くん、元気ないんだもん…」

思わず言ってしまったのを誤魔化そうとしたら指の背でそっと頬を撫でられる。
驚いて久々知くんを見ると、困ったように笑う彼がほんのり赤くなっていた。

「でもここで折れるのは嫌だ。まだ一日も経ってないし」
「…………じゃあ、別の好きなものをおやつにしてみるとか、どうかな」
「――好きなもの」
「そう。私だったら甘いものかな……お饅頭とか、お団子とか。あ、そういえばこの前トモミちゃんに――」

ふっと視界が陰ったと思う間もなく唇をふさがれる。
一瞬だけのそれが上手く脳に伝わってこなくて何度も瞬きを繰り返していたけれど、間近に見えた久々知くんの目が悪戯っぽく細められるのを認識した途端、心臓が跳ねて一気に体温が上がった。
反射的に身体を引こうとしたけど、私の手はいつの間にか久々知くんの手に覆われていて動かせず、逆に距離を詰められる。
目のやり場に困って俯くと下から覗きこむようにされ、笑う久々知くんは妙に楽しそうだ。
囁くように私を呼ぶ声がひたすら甘くて、なんだか胸やけしそうだと思いながら、ぎゅう、ときつく目を閉じた。

触れるだけだった口づけはすぐに深いものに変わって、私は久々知くんにしがみ付いて酸素を取り込むのに必死だった。
口内をくすぐられ、唇を柔く噛まれる。なんだかいつもよりゆっくりで、執拗な動き。
そんなことを感じている自分が恥ずかしくて考えるのを止めたいのに、タイミングを見計らったようにぬるりと舌を撫でられて意識させられてしまう。
勝手に身体が震えて声が漏れる。あまり聞きたくない、誤魔化したいと思っても自分ではどうにもできなくてただ翻弄されるまま。微かに聞こえる触れ合う音がぞくりと肌を粟立たせた。

「……は、……おやつには、贅沢すぎるな……」

ふいに聞こえた呟きと、唇を舐められたことで息が詰まる。
ただでさえ酸欠でクラクラしていたのに、久々知くんは私の事情なんてお構いなしとばかりに小さく笑って長い口づけを再開させてしまった。

乱れた荒い息のまま、久々知くんにしがみついて胸に顔を埋める私の背を撫でる彼はすごく機嫌がいい。
豆腐不足で消沈していた姿を忘れるほどで、時折髪に落とされる唇は恥ずかしいながらも嬉しいけど――――無理無理。もたない。

「く…くくちくん」
「ん?」
「代わり、他のに…」
「…? ああ、豆腐の代わりを他のにしろってことか。無理だな」

明るく即答されて思わず彼の装束を握る指先に力が入る。
顔を上げたら笑顔の久々知くんにぶつかって、つい見惚れた。頬に口づけられ、続けざまに唇にも軽く触れられる。

名前より上のものなんて見つからない」

微笑みながらそんなことを言う久々知くんのせいで心臓が痛い。
顔なんて絶対真っ赤になってるだろうと思いながら逸らしたら、くすくす笑って優しく抱きこまれた。

「あと二日だから」
「わ…わたし、しんじゃうよ」
「……加減する。なるべく」

ぼそりと返された言葉は私の期待したものと違う。
そこは“冗談だよ”って言って禁豆腐生活をやめる宣言をして欲しかったのに。
こうなったら久々知くんに豆腐を食べさせるしかない。衝動的に頭をぐりぐり押し付けながら、私は最初の目的とは逆のことをするための決意をしていた。





「兵助、頑張ってるじゃん。見たとこ元気だしさ」
名前のおかげなんだけど……逆に、前より駄目になったかもしれない」
「どういうこと?」
「…………三禁同時発生」
「あー……“酒”以外か」
「うん」
「もう豆腐食えば?」
「――勘右衛門は結構無責任だよな」
「あははっ」

(…あとで名前に謝んないとかなー)

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