カラクリピエロ

わたしの恋を試してみないか(2)


※竹谷視点





名前って女は大抵笑ってるか怒ってるかのどっちかで、あんな風に膝を抱えて項垂れるような弱い部分なんて見せたことなかった。

自分らしくない、とかなんとか言って部屋を飛び出していった名前は、戻ってきたときにはいつもどおりだった。
思ったことは遠慮せずにずけずけ言うし、三郎に煽られてすまし顔を崩すのもいつもどおり。

――だってのに、俺の脳裏にはさっきのしおらしい名前がチラついて、どうにも調子が狂う。

「八左ヱ門、今日はおとなしいね」
「ん?そっか?」
「そうだよ。いつもなら口挟んでるのに」

僅かに首を傾げる勘右衛門が三郎と名前に視線を移しながら言う。
つられてそっちを見れば雷蔵が苦笑いで二人の間に入るところだった。
肩で息をしている名前が(三郎は何を言ったんだ)髪を揺らしながらこっちを向く。

「だって俺いたら邪魔に――」

最後まで言い切る前に、名前の“余計なこと言うな”って鋭くなった視線に止められた。
こえぇ。やっぱこいつくのたまだよ。

「……竹谷くん?」
「な、なんだよ」

にこっと可愛らしい笑顔につられて勝手に口が笑う。引きつってるけど。
助けを求めようと勘右衛門を見たら、がんばれ、と笑顔の口パク(グッと拳を握るサインつき)で返された。逆の立場になったら覚えてろ。

気づけは名前はだいぶ近くまで接近してて、俺を睨み上げながら「言ったこと覚えてるの?」と小声で言った。
さっきまで笑顔だったくせに、今はその面影さえない。つーか近い。

「聞いてる?」
「ちゃんと聞こえてる」

一歩分距離をとったのが悪かったのか、名前はムッとしてその距離を詰めて――来なかった。

「いった!な、三郎!」
「あまり八をいじめるなよ」

いつのまに。
三郎は名前の結われた髪の途中を掴み、軽く引いたようだった。
名前は僅かに振り返りつつ「いじめてない!」と言いながら足を鳴らす。

「髪!離してよ、痛むでしょ!?」

肩を竦めた三郎の手から名前の髪がこぼれる。
それが全部落ちきる前に、三郎は名前の髪をくるりと指に巻いた。

「ちょっと!」
「枝毛」
「は!?え、うそ…」
「手入れを怠ったんじゃないのか?四年のタカ丸さんにレクチャーでも受けてきたらどうだ」

サボってないのに、とブツブツ言い出す名前は既に俺から髪の毛に意識が移っている。
指摘されたところが気になるのか、手元で確認しながら眉根を寄せた。

「……見つからないんだけど」
「お前の見つけ方が悪い」
「三郎は目ざとすぎるんじゃないの」
「私を誰だと思ってるんだ」
「はいはい変装名人の鉢屋三郎くんです」

これは…三郎に助けられたのか…?
なんとなく腑に落ちないまま顎に手をやると、ポンと肩を叩かれた。

「勘右衛門。お前さっきはよくも」
「まぁまぁまぁ、いいじゃん結局なにも無かったんだから」
「…………まあ、そうだけどよ」
「おかげで三郎が動いたしさ」
「は?」

にこにこしながら三郎と名前をみやる勘右衛門に反射的に問いかけると、何故か驚かれた。

「気づいてなかった…?」
「何に」
「いや、ほら、三郎のあれ嘘じゃん」

もうちょっとわかりやすく噛み砕いて言ってくれ。
そう返すと勘右衛門は無造作に俺の髪をひっぱって、これ、と言いながら笑った。

「…………わかるかよ」

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